鏡石に誓って
「ドクスコ、まだ飲んでるのか?」
「俺たちも混ぜてくれよ。こんなところで足止めされて、飲まずにやってられるか。今日は酒場の酒を飲みつくしてやる」
「うむ、その通りだ。ラガーを貰おう」
今度は人間族の三人組の男たちが酒場に入ってきて、俺と目が合った。
「あっ!」
「「「あっ!」」」
俺も三人も同時に声を上げた。
なぜなら、俺の見知った相手だったから。
「あの時の兄ちゃんかっ!」
「久しぶりだな! こんなところでなにをしているんだ?」
「これも運命の巡り合わせか神の導きか」
そう言ったのは、傭兵試験で一緒になった木こりのおっちゃん、割込み君、歴戦風さんの三人だった。
「いや、なにしてるんだって聞きたいのは俺のほうなんだが。試験に落ちた俺とは違い、三人は傭兵になったんじゃないのか?」
「あぁ、それな。まず、俺たち三人、パーティを組んだんだ」
木こりのおっちゃんが代表して言った。
どうやら、おっちゃんがこのチームのリーダーをしているらしい。
「傭兵試験で俺たち三人だけ合格して、あんたが落ちたって話を聞いて、三人揃って抗議に行ったんだ。さすがに納得いかなかったからな」
割込み君が思わぬことを言った。
そんなことをしてくれていたのか、こいつら。
袖触れ合うも他生の縁とは言うが、試験で同じグループだったというだけなのに。
「其方には極秘の任務が与えられるため、不合格になった。そう聞き、僕たちは三人とも納得したわけだ」
相変わらず一人称と雰囲気が一致しない歴戦風さん。
極秘の任務といっても、正確にはシュメイを戦争から遠ざけるためという偽任務だったんだよな。
その後、俺のことを肴に三人で酒を飲みかわし、気付けば意気投合していた。
三人で戦争に行く準備をしていたのだが、あっという間に終戦。
結果、三人で傭兵として別の仕事をすることになったのだという。
「なぁ、もしかして特別な荷の護衛をしているっていうのはお前たちなのか?」
「あぁ、そうだな。って、じゃあ衛兵が言っていた凄腕の准男爵様っていうのは兄ちゃんだったのか!?」
木こりのおっちゃんが驚き声を上げた。
「ああ、そうなんだ」
「でも、なんで兄ちゃん――失礼しました。シララキ王国の准男爵様がニックプラン公国の傭兵試験を受けて……いや、待て。極秘の任務、そして直後の終戦――まさかすべては准男爵様が……っ!?」
「そこは誰にも言わないでくれ。それと、俺のことは今まで通りタメ口で頼む。准男爵の爵位は確かに貰ったが、成り行きで貰って便利だから使わせてもらっているだけだ。俺自身は偉くもなんともないよ」
「さすがだ……俺、イチノジョウさんのこと一生尊敬するよ」
割込み君がうっとりした顔で俺を見てきた。
「うむ。僕も試験で初めて会ったときから只者ではないオーラを感じていた」
歴戦風さんがそれらしいこと言った。
「なんだ、イチノジョウは准男爵だったのか」
ドクスコは赤ら顔で言った。もう酔い始めているようだ。
「あぁ、そうなんだ。悪いな、ドクスコ。黙っていて」
「それは構わないんだが、セーシュはもうないか? みんな飲んじまってな」
「もう飲んだのかよっ!?」
樽一個分の清酒が瞬殺されていた。
その後、傭兵三人を交えて俺たちの酒宴は続いた。
まぁ、俺は酒はほどほどにして、酒の肴づくりに励むことにした。
こいつらのペースについていったら確実に酔いつぶれるからな。
割込み君は酒場の酒を飲み干すなどと偉そうなことを言っていたが、ラガーと清酒を一杯ずつ飲んだところで泣き出して騒いだあと、寝てしまった。
「鮫の刺身だ。食べるか?」
鮫の白身の部分を刺身にしてみた。
「生魚はダメだろ」
「大丈夫だ、浄化を使ったから寄生虫の心配はない。うまいぞ?」
浄化万能説だ。
塩を振ってみた。
「では少し貰う……んー、ぶにぶにしていてあまり好みではないな」
「そうか? 俺は好きなんだが、こっちの人の口には合わないか。なら、フライにしてみるか」
郷に入っては郷に従えというし、日本の料理ばかり押し付けず、しっかりとこっちの人の口に合った料理も作ろう。
「オイルクリエイトっ!」
オイルを生み出すと、ぶつ切りにした鮫の肉を溶き卵、小麦粉、パン粉を使ってからっと揚げた。
「鮫カツお待ちっ!」
「イチノジョウはオイルクリエイトも使えるのか。あとで防具などの手入れに使う油も作ってもらっていいか? 勿論、金は払う」
「あぁ、油壺ならいくつかあるからそれを売るよ」
「それは助かる――んっ! このフライはうまいな! ところでこの白いソースはなんだ? 凄く旨いな」
「タルタルソースだ。作り方はあとで教えてやるよ」
卵とピクルスで作ったタルタルソースは鮫フライによくあうからな。
「イチノジョウは本当になんでもできるな。どうだ? 用事が終わればこの村に住まないか? 族長の位を譲ってもいいぞ」
「嫌だよ、族長とか面倒だし」
「だな、本当に面倒だ。イチノジョウ、ちょっと付き合ってくれ」
「……? あぁ、わかった」
外はもう夜になっていた。
ドクスコはそう言うと、俺を伴って酒場を出た。長いこと飲んでいたのだろう。
外はもう夜になっていた。
「こっちだ、ついてきてくれ」
ドクスコが向かったのは村のハズレにある――おそらく墓場だった。
綺麗な石がいくつも置かれていて、名前が彫られている。
その中でも一番新しく、そして一番大きな墓の前で俺たちは止まった。
鏡石というのだろうか、とても綺麗に磨かれており、月の光をも反射していた。
しかし、妙な事にその墓には誰の名前も彫られていない。
「これは墓なんだよな?」
「あぁ、そうだ。儂の友たちの墓だ」
ドクスコはそう言うと、その墓にセーシュをかけた。
友たちという複数形の言葉。
そして、墓の新しさ、名前の彫られていない墓標。
それだけ聞けば、誰の墓かわからないはずがない。
「もしかして、ダークエルフたちの墓なのか?」
「……あぁ、この村にもよく来ていたからな。惜しい奴らを亡くした」
ドクスコはそう言って俺の方を向く。
「イチノジョウ。その首飾り――ララエルのだろ?」
俺がつけていた琥珀の首飾りを見てドクスコは尋ねた。
その通り、俺がララエルから貰った首飾りだ。
俺が答える前にドクスコが続ける。
「最初は、お前がララエルたちを殺して奪ったのかと思った。だが、少し話して違うとわかった」
「ああ、これは俺がララエルから貰ったんだ。友の証としてな」
「そうか……それは儂が手習いの細工職人だった頃に、初めて作った首飾りだ。大事にしてくれていたが、それを手放すということは、きっとその時にはもう自分が死ぬことを悟っていたのだろう。殺されて奪われるくらいなら、イチノジョウにあげよう……そう思ったんだろうな」
「……かもしれないな」
俺とドクスコはそう言って、夜空を見上げた。
三日月が輝いている。
本当は、ララエルたちが生きていると伝えてあげたい。しかし、それはやはり許されないだろう。ドクスコは信用できると思うが、それでもリスクは少ないほうがいい。
ダークエルフが生きていることを話すということは、彼女たちが守り続けてきた黄金樹について話す必要もあるからだ。
だから、俺が言えるのはこれくらいだろう。
「森の中で死体は見つからなかったんだろ?」
「あぁ、森はダークエルフが呼び出した謎の炎の魔物により焼失した。あまりの高温の炎のせいで野生動物や魔物すらも死体が残っていなかったそうだからな」
「なら、もしかしたらまだ生きているかもしれないな」
「……あぁ、だといいな。じゃあ、これは墓ではない。ダークエルフたちが戻ってくる標として残しておこう」
ドクスコは笑って、残った酒を飲み干したのだった。
そうだな、もしもダークエルフたちがこの世界に再び受け入れられるようなことがあれば、ここで全員で酒を酌み交わそう。
俺はこの鏡石にそう誓ったのだった。




