ケンタウロスの乗り心地
どう見てもケンタウロスだよな? 赤の他人いや、赤の他ロバかと思ったけれど……どうやら、ケンタウロスに間違いないようだ。
二人用の鞍もそうだけど、ケンタウロスが食べ歩いてきたのだろう、こいつが通ってきたと思われる道はほとんど草や茂みの葉が残っていなかった。こんなロバ、他にいるとは思えない。
「それとも、スロウドンキーって全員食いしん坊なのか?」
俺はアイテムバッグから、マイワールドで採取したトマトを取り出した。
すると、こっちを向いて駆けてきた。
「うおっ」
あまりのスピードに、俺はトマトを投げた。ロバにあるまじき跳躍を見せて、空中でトマトをキャッチするケンタウロス。ロバらしからぬ身体能力に驚愕するが、まぁ思い出してみれば、フェルイトでも魔物をぶち倒していたし、こいつはこんなものか。
「なぁ、ジョフレとエリーズはどうしたんだ?」
返事が返ってこないのはわかっているけれど、やはり何も反応はない。
迷子か?
とりあえずマイワールドに連れて……行くのはダメか。
畑が一瞬にして荒地になる景色が容易に想像できる。そんなことしたら、ピオニアに何を言われるかわかったものじゃない。
かといって、この場に放っておくのも……放っておくのも悪くないな。
こいつなら野生になっても生きていけるだろう。
と思ったが、こいつが歩いてきた道を見て、ため息が出た。
こいつをこのまま放っておけば、僅かに残った森までもが荒野になってしまう気がした。
あのジョフレとエリーズが火事に巻き込まれて死んだとは考えられないし、どこかでバカをやっているんだろう。
ふたりが見つかれば、ミリの情報も手に入るかもしれないし。
ただ、このロバを連れて牛などの家畜を探すのは無理だろう。
「ゴブリン、案内ご苦労だったな。もう帰っていいぞ」
俺がそう言うと、ゴブリンは頭を下げて来た道を戻っていった。
俺はゴブリンソードをアイテムバッグに戻し、ため息を漏らした。
そして、鷹の目で周囲を確認する。
どうやら、ケンタウロスが来た方向は、ドワーフが住むという山のようだ。
連れていくしかないか。
「ケンタウロス、一緒についてこい。お前の主人を捜すぞ」
そう言ったのだが、ケンタウロスはトマトを食べ終えると、すぐに草を食べ始めた。
……こいつ、俺の話を聞いていないのか?
木の棒からトマトを吊るしてケンタウロスに取り付ければ――いや、今のこいつじゃ、トマトを取り出した時点で襲い掛かってくるし、そもそも暴走しているこいつの上に乗る気はしない。
フェルイトで出会った時とくらべ、ケンタウロスの速度はさらに増している。レアメダルをさらに食わせたのか?
確か、従魔ってレアメダルを食べて強くなるにも限度があるって聞いた気がするんだが。
「お前、もしかして実は物凄い魔物なんじゃないか? 競馬に出ることができれば賞レース総なめにできるぞ」
訓練のためにネズミの師匠でもつけてみるか? いや、あの漫画の主人公はロバじゃなくて歴としたサラブレッドだったっけ。
まぁ、そもそもロバは競馬に出場できないんだよな。
「トマト」
ケンタウロスが俺の声に反応した。
言葉を理解したのか? ロバだけど完全な馬鹿じゃないってことか。
「トマトを十個食わせてやるから、俺を乗せてゆっくり歩け」
ケンタウロスはそう言うと、一歩下がり、俺の目をじっと見た。
目は口程に物を言うという諺があるが、ケンタウロスが言いたいことはわかった。
「二十個だ」
ケンタウロスは頷くと、俺の前に座った。
乗れっていうことだろう。
食い意地はデザートランナー以上だな。
一度大食い対決をさせてみようか?
いや、こいつは草食で、デザートランナーは肉食だから対等な勝負はできないか。
「まぁ、フユンよりは扱いやすいか」
あの女好きは絶対に俺を背に乗せないからな。
そう思ってケンタウロスに跨った――その時だった。
ケンタウロスが急に走り出したのだ。しかも、とんでもない速度で。
「うぉっ! おい、止まれっ!」
俺も足の速さには自信があった。しかし、この速度はチーターとかそういうレベルではない、最早チートだ。いや、無職チート、成長チートの俺が言うのもなんだけれども。
そして、あっという間にケンタウロスは俺が行こうとしていたドワーフの山の手前まで辿り着いた。
ケンタウロスの突然の急停止に俺の体は投げ出される。
こいつに乗ったのは失敗だった――ジョフエリ、よくこんな暴れ馬――暴れロバに乗って無事(かどうかは現在はわからないけれど)だったな。
その山の手前の高さ一メートルくらいの柵があった。ケンタウロスなら楽に飛び越えられそうだけれども、どうやらケンタウロスは、森を抜けたんだからトマトを寄越せと俺に言いたいようだ。
このまま以心伝心でケンタウロスと会話できるようになったら怖いな……と思いながら、トマトを二十個、ケンタウロスに渡した。
最初の一個は少し遠くに投げ、それを食べている間に残り十九個を置いたという感じだ。間違っても手渡しで食べさせることはできない。
「あ、あの、そのロバはあなたのロバですか?」
そう声をかけてきたのは、シララキ王国の兵の標準鎧を着た男だった。
国境を警備しているのだろう。
「ええと、俺の知り合いのロバですけど……まぁ、いまは俺が預かっているようなものかな?」
俺がそう言うと、男は竹でできた笛を鳴らした。
その笛の音を聞き、馬に乗った兵が駆けつけてきた。
「大人しくしてください――反逆罪によりあなたを捕縛します」
……はっ?




