拠点帰還の秘密
スマホで時間を確認し、夜中の二時になったところでマイワールドに帰還。
結構疲れたが、三時間で二百キロは走ったと思う。
これ、日本に戻ればマラソン選手として世界に注目されるな――いや、その前に実験素体として某国に拉致される可能性もあるか。
「ひとっ風呂浴びるか」
俺はそう言って、温泉施設に向かった。
男女分かれており、当然男湯に入った。
脱衣カゴに服を入れて中に入る。
「………………え?」
「………………あ」
目が合った。
裸のシュメイと。
控えめながらも出るところはわずかに出て、引っ込むべきところはしっかりと引っ込んでいるプロポーションをしっかりと見てしまった。
「なんで、シュメイが男湯にいるんだ!?」
しっかり見てしまった後、俺は後ろを向いてタオルで尻を隠した。
「イイイ、イチノジョウ様、すみません、ここ殿方の湯だったんですか?」
「そう書いてあっただろ」
「す、すみません。あ、あの――」
「ああ、大丈夫、ほとんど見えなかったから」
本当はばっちり見えたのだけれど、言わぬが花だろう。
混浴温泉が男のロマンって思っていた時代もあったけれども、実際こうして鉢合わせると緊張しか生まれないな。
「悪い、ゆっくりしていてくれ。俺はあとで入るから」
と出て行こうとしたが、俺の指をシュメイが掴む。
「あ、あの。お背中、お流しします」
……シュメイ? 短時間の間にニーテに毒されたのか?
当然、ここは断る流れなんだけど――彼女の声が震えている理由を考える。
裸を見られるのが嫌で声が震えているのだとしたら、いますぐ立ち去るべきだろうが――しかし、そうじゃないだろうな。
「うん、頼んだよ」
俺は温泉の洗い場にある椅子に座って、そうシュメイに頼んだ。
ちなみに、洗い場には鏡が置かれているのだけれども、俺は自分の尻を隠していたタオルで隠したのは当然の処置だ。
「では、失礼します」
「おう……っ!?」
背中に来たこの感触、タオルじゃない。
シュメイの奴、手で直接洗ってきた。なんてことを。
普段からピオニアに背中のマッサージをされている俺だが、しかし背中を素手で洗ってくるなんてなんて奴だ。
「あの、イチノジョウ様、私、殿方の体を洗うのは初めてでして――間違っていないでしょうか?」
「間違っては、いないと思う」
「そうですか、安心しました」
シュメイはそう言って首筋に手を伸ばして洗ってくれる。
幸い、下のほうに手が伸びることはなかった。
「ピオニア様に伺いました。イチノジョウ様は走って大森林に向かってくださったのだと」
「ん? あぁ、デザートランナーに乗ってばかりだと体が鈍るからな。実は俺の本当の夢は世界一のマラソン選手なんだ」
「そうなのですか。イチノジョウ様ならきっとなれると思います」
いや、いまのは冗談なんですけど。
できれば笑って欲しかったんだけどな。
「シュメイ、そういえばなんで俺が氷の魔法でお前を助けた魔術師だって思ったんだ? 拠点帰還が使えるってだけじゃわからないだろ?」
「やはりイチノジョウ様だったんですね!?」
「まぁな。本当は隠しておくつもりだったが、マイワールドまで知られたから今更隠す必要もないしな」
「そうなのですか――えっとですね、私、一目惚れだったのです」
「一目惚れ?」
「はい、悪党に攫われそうになったところを助けてくださった魔術師様――イチノジョウ様を見て、まるで物語の王子様のようだと思って一目惚れしてしまったのです」
「それは……ありがとう」
嬉し恥ずかしい感情が込み上げてくる
「そうか、拠点帰還って一定以上の好感度が高い異性の友達の家にしか転移できないから、ただの用心棒として思っていた俺の拠点帰還の一覧にシュメイの名前が載っていることはおかしいと思ったのか」
「いえ、あのときもイチノジョウ様のことはとてもお優しい方だと思っていましたが、あの、拠点帰還の一覧に登録される条件をご存知ないんですか?」
「……だから、好感度が高い人――」
「はい、ただし友情などではなく、恋愛の好感度です。具体的には、キ、キスをしたいくらいだと思っている人が登録されているって聞いたことがあります」
「え!? キス!?」
ちょ、ちょっと待て。
拠点帰還を使用したときの一覧は確か、
――――――――――――――――――――――――
マイワールド
転移不可 (ミリュウ)
フロアランス・マーガレット洋服店 (マーガレット)
マイワールド(ハルワタート)
フロアランス・マーガレット洋服店 (ノルン)
マイワールド(キャロル)
マイワールド(マリナ)
公都コロン(シュメイ)
――――――――――――――――――――――――
だったよな。いや、おかしくないか? ノルンさんとか真里菜とかそういう態度全然見せていない気がする。いや、もしかして、え? あれ?
あぁ、そうだ。一番最初にミリが入っていることが大問題だ。
マーガレットさんに関しては……もうなにも考えたくない。
「そりゃないよ。だって、転移先の一覧に妹の名前もあるんだぞ?」
「それなら、妹様もイチノジョウ様のことが好きなんですよ」
「そんなわけないよ。いつも俺のことをバカにしてるし。しいて言えば――」
俺のために後追い自殺するくらいしか……ってあれ?
普通の妹って、兄のために後追い自殺なんてしないよな? アザワルドに転移できるって確信を持っていたとしても、数百億円の資産を失って不便な異世界に転移なんてしないよな?
もしかして、ミリの奴、俺のことがめっちゃ好きなんじゃないか?
普通に惚れている奴のためでもここまでしないだろ。
「……マジか」
「気付いていらっしゃらなかったのですね」
シュメイが苦笑し、お湯で俺の背中を洗い流した。
浄化をしたときのようにさっぱりした。
「妹様はいまどちらにいらっしゃるのですか?」
「ちょっと離れた場所にいるんだ」
「そうですか。それでは今度会ったときは優しくしてあげてくださいね。決して結ばれることのない恋をするのはとても辛いですから」
そう言って、シュメイは俺の背中にもたれかかった。
彼女はわかっているのだろう。
シュメイの気持ちに俺が応えられないことに。
「あぁ……そうするよ」
俺が頷いた。
さて、そろそろ風呂に浸からないと体も冷えてくるな。
シュメイには女湯のほうに行ってもらおう――そう思ったときだった。
「マッスターっ! 風呂にいるんだろ! 約束通りあたしのおっぱいで背中を流してやる――あ、マスターが男湯に女を連れ込んだぁぁぁ!」
男湯に乱入し、ひとりで大騒ぎしてきたニーテを俺は思いっきりひっぱたいたのだった。




