大森林へ急げ!
ハンムノの町には立ち寄らず、ひたすら東へと進む。
途中、川で小休憩を入れる。
「よし、釣れたっ!」
鱒のような魚が釣れた。
隠形スキル、埋没スキルで気配を消すことで、魚との距離が近い川釣りでの成功率をさらに上げることができる。
釣れた魚は九匹。うち一匹は結構大きめ。
多すぎる気もするが、しかし、このうち大きな魚を含めて五匹はデザートランナーの胃袋に収まった。
残り四匹は、鉄串に刺し、焼いて食べる。
「これで半分くらいか」
「はい、大森林に入ってからもダークエルフに接触するまで時間が掛かりますが、間に合いそうですね。私が話せばきっとダークエルフの皆さんもわかってくださいます」
水筒の水を飲み、シュメイが使命感溢れる強い口調で言った。
王女であるシュメイがわざわざ訪れるんだ、きっとわかってくれるだろう。
俺もララエルの友という立場ではあるが、信頼度なら彼女のほうが上だろう。
……あれ?
俺はふと不思議なことに気付いた。
「なぁ、シュメイ。お前がダークエルフに話すのなら、わざわざ侯爵様のところに行く必要なかったんじゃないか?」
「え?」
「力ずくで公王軍を止めるつもりはなかったんだろ? それなら、侯爵に助けを求めて一般兵や傭兵を借りる必要もないじゃないか」
わざわざ危険な砂漠を越えるほうが大変だ。
「そもそも、ダークエルフと話すだけなら、ハンムノの町の入り口で行商人のダークエルフが来るのを待っていればよかったんじゃないか? 町の中が目立つのなら、町の外でも会えるだろ? 俺だって町の外でララエルに会えたんだし」
「……気付きませんでした。そういえばなんでなんでしょう?」
「それに公王軍の動き――公王って軍の動きを少し遅らせるくらいは……いや、そもそももっと事前にわかることってできないのか?」
「それは……」
「もしかして、軍が近いうちに大森林に向けて進攻を開始することを公王陛下はすでにわかっていたんじゃないか? それで、ダークエルフのことを大切に思っているシュメイを遠ざけるために侯爵のところに行かせたんじゃ?」
そもそも、王女と一緒にダークエルフのところに行くために選ばれたのが俺ひとりだったというのもおかしい。
となると、侯爵もグルだったのかもしれない。
「シュメイ、実技試験、お前も見ていたのか?」
「……はい、叔父上と一緒に。そこでイチノジョウ様を拝見し、あの方ならばきっと力になってくれると申したのです。叔父上は本当は別の人を供につけるつもりだったみたいですが、私が無理を言って」
というのも、ダークエルフへの侵攻の報せ、届くタイミングが絶妙すぎる。まさに俺たちが出発しようという直前だったもんな。
本当は、侯爵の息のかかった護衛をつけて安全な場所で戦争が終わるのを待たせるつもりだったのかもしれない。
俺の質問の意図を察し、シュメイは俯いた。
「そんな、まさか父上や叔父上までもダークエルフを差し出そうと――」
「いや、公王陛下がダークエルフのことを蔑ろにしているとは限らない。ただ、今回の件はお前を戦場から遠ざけようと考えてのことだったのかもしれない」
だとしたら、公王陛下や侯爵様からしたら、俺ってば本当に余計なことしかしてないな。
でも、悪いがやはりダークエルフを殺させるつもりもない。
「…………」
俯いているシュメイを見ると、ゆっくり考える時間が必要だな。
「今日はここで終わりにしよう」
「しかし――」
「デザートランナーも思ったより体力を消耗している。休ませないといけない。安心しろ、朝まで休んでも明日の夕方には大森林に着く」
俺は魚のはらわたを食い、魚を刺していた鉄串は浄化の魔法をかけてからアイテムバッグにしまう。残った魚の頭と尻尾はその場に捨てたのだが、パクリとデザートランナーが食べてしまった。
旦那、魚は目玉が一番美味なんですぜ、みたいな勝ち誇った顔で俺を見ている気がする。
「よし、戻るぞ」
俺はマイワールドへの扉を開け、デザートランナーと一緒にマイワールドに戻った。
マイワールドに戻ってから、シュメイにはログハウスの俺の部屋で休ませることにした。
そして、俺は海で亀の様子を見ている。
いずれ俺に殺されるとも知らずに、水槽の中で粉砕して混ぜられた小蟹と魔石の餌を食べている。このまま見ていたら愛着が沸いてしまいそうなので、程々にしないといけないな。
「マスター、お疲れ様です」
そう言ってピオニアが持ってきたのはおしぼりだった。
かなり汗をかいたので拭いたほうがいいと思ったんだろうか?
俺には浄化の魔法があるんだが――いや、甘えよう。
おしぼりで顔を拭くだけでもかなり気持ちいい。
顔がシャキッとなり、気持ちが切り替わる。
汗を拭くというよりかは、気持ちを切り替えるために用意してくれたんだろう。
「サンキュな、ピオニア。シュメイの様子はどうだ?」
「だいぶ落ち込んでいるようです」
「そうか――」
いちおう用意した果物は食べているようなので心配はないだろう。
「自分のためとはいえ、信じていた父親に裏切られたんだ。仕方ないか」
俺はそう言って立ち上がると、軽く準備運動をした。
「デザートランナーとシュメイを頼む」
「マスターはどうなさるのです?」
「ちょっと走ってくるよ。速度特化にした俺なら、デザートランナーが走るより速いだろ」
俺がマイワールドへの扉を開けようとすると、ピオニアが俺の袖を掴んだ。
相変わらずの無表情でなにを考えているのかはわからない。
「どうした?」
「無理をなさらないでください」
「……? 珍しいな、ピオニアがそんなことを言うなんて」
「マスターミリュウがいなくなってから、マスターはいろいろと焦っているようですので」
……確かに、いろいろと焦っていた。
でも、それはミリが苦しんでいるかもしれないのに、俺だけがぼーっと生きていていいのかって不安になるからだ。ただでさえ、俺が不慮の事故で死んでしまったせいで、ミリには日本での楽な生活を捨てさせることになってしまったんだから。
「マスターが死ねば、マスターハルワタート、マスターキャロル、マスターマリナ、全員悲しみます」
「わかっている」
「マスターが死ねば私とニーテも魔力切れで動けなくなります」
「……わかっている」
わかっているが、わかっていなかったのかもしれない。
そうだよな。こいつらは俺が魔力を補給しなかったら死ぬんだよな。
そりゃ責任重大だ。
「無茶をするつもりはないよ。レヴィアタンの戦いのあとでキャロにもかなり怒られたからな。本気でダメだと思ったら今度こそマイワールドに避難する」
「――お願いします」
ピオニアが俺の袖を離したので、俺はマイワールドの外へと出た。
外はすっかり夜になっていたが、暗視スキルのおかげで視界も良好だ。どうやら、焼き魚の匂いを嗅ぎつけて獣がやってきたらしい。
そうだ、職業を侍からあれに変えてっと――
「さて、行くとしますか」
俺は走った。と同時に迫りくる虎のような獣五匹を蹴り倒した。
【イチノジョウのレベルが上がった】
【サンドアーティストスキル:砂固めを取得した】
【サンドアーティストスキル:土砂掘りを取得した】
【剣聖スキル:影剣を取得した】
なるほど、砂固め、触れた砂を固めることができるこのスキルは、砂漠を走るときに足が沈むのを防止できる。確かに砂漠を越えるには便利なスキルだ。
倒した虎のような獣はデザートランナーの食事にするためにアイテムバッグに収納、そして俺は再度職業を速度特化に戻し、東に向かって走り始めた。
しっかり働いているって気になるな。
こんな誰かのためにできる仕事ならいつでも大喜びだ。
「……あ、侯爵様から報奨金もらうの忘れてた」
三時間くらい走って気付いた。
しまった、これじゃ働いているんじゃなくて、ボランティア活動じゃないか。
シュメイはお金……持っていないよな。
まぁ、いい。ボランティア活動、上等じゃねぇか!
お金をもらわずに誰かのために何日も時間を使う。
そんなの、仕事で日々時間を費やす正社員には無理なことだ。
「無職の生き様、ボランティア道と見つけたり!」
それらしいことを言いながら、俺は闇夜の街道をひたすら東に走ったのだった。
……道、これで合ってるよな?




