突然の進軍
「――お久しぶりです、イチノジョウ様」
頭を下げるシュメイを見て、俺も立ち上がって頭を下げた。
「お久しぶりです、またお会いできて光栄です。シュメイ様」
「敬語はおやめくださいと申したはずですよ」
シュメイがそう言ってきた。
とはいえ、王女にため口は許されるのか? とハロルド侯爵の顔をちらりと見る。
彼は笑顔で頷いた。
タメ口で話していいということだろう。
「悪かったな。でもいいのか? この町に来て知ったんだが、王女なんだろ?」
「やはりバレてしまいましたか。しかし、おそらく私が王女でいられるのも後僅かです。私はこの国を裏切るのですから」
「裏切る? まさかシララキ王国に亡命をするのか?」
「いえ、そうではありません。この国は――国王陛下はシララキ王国と和平を結ぼうとしています」
「良い事じゃないか」
和平が結ばれるのなら、俺もわざわざ傭兵になる必要はない。
そのまま商人としてシララキ王国に戻り、東のマレイグルリを目指すことができる。
あれ? でも和平って、そもそもこの戦争はシララキ王国側、いや、正確には教会がダークエルフを魔族と認定し、一方的に起こした戦争じゃないのか?
国はダークエルフを守るために戦わざるを得なかった、そういう話のはずだ。
そこに和平ということは――
「まさか――」
「はい、この国のダークエルフ、その死体すべてを教会に差し出すことで」
「――っ!?」
つまり国はダークエルフを裏切るってことか?
いくら戦争を回避するためとはいえ、なにも悪いことをしていないダークエルフを犠牲にすることはないだろう。
「もちろん、それは父上の本意ではありません。この国はこれまでダークエルフと共存することで繁栄してきたのですから。ですが、王は絶対ではないのです。特に戦時中は軍が大きな力を持ちます。中央軍派閥の貴族が全員一致でダークエルフを見捨てることに決めたのです」
「それで陛下はシュメイを使い、私に相談を持ち掛けてきたのだ。傭兵を使い、ダークエルフを国外に逃がせないかと。この国の傭兵ギルドは軍ではなく私が管理しているからね」
だが、シュメイが護衛として連れて来た者もまた軍派閥の人間だったらしく、裏切られて砂賊に襲われたそうだ。
「しかし、残念ながら傭兵になった者を自由に動かすことはできても、部隊を動かす権限はない。そして傭兵は全てどこかの部隊に所属させなくてはいけない」
「つまり、俺を不合格として自由に動ける状態にし、ダークエルフを助けるために動いてもらいたい――そういうことですか?」
「話が早くて助かる。無論、礼金は十分に支払おう」
はぁ、俺が試験に落ちたのはそういうカラクリがあったのか。
就職試験――じゃなくて傭兵試験に落ちたのはショックだが、しかしそういう理由ならば納得できる。
「すみません、イチノジョウ様。このようなことに巻き込んでしまって」
「ダークエルフには友人もいるからな。彼女たちが死ぬのは俺も耐えられないよ」
謝罪するシュメイを慰めるように、俺は言った。
面接でのダークエルフに関する質問は、俺にダークエルフを助ける意思があるかどうか問うためのものだったのだろう。
ララエルとは一度会っただけだけれども、友達になった。
厄介事に巻き込まれるなんて御免だし、ミリを助けるためにも急いでマレイグルリを目指さなくてはいけないのだけれども、しかし友達のピンチを放っておくなんて俺にはできない。
まぁ、助けると言っても、俺たちがするのはダークエルフに現在の状況を伝えて避難してもらえばいいだろう。森の奥深くに避難すれば、軍隊もそう易々とダークエルフを捕えることができなくなるだろうし。
「出発は早いほうがいいだろう。いつ出られる?」
「ありがとうございます! イチノジョウ様! 早速着替えてきます!」
シュメイはそう言って奥の部屋に向かうと、僅か七秒で以前、俺と砂漠で出会った時の恰好で戻ってきた。早着替えスキルでも持っているのだろうか?
「では、参りましょう」
とシュメイが言ったときだった。
「侯爵様、大変です」
傭兵ギルドのギルドマスターのひとりが室内に乗り込んできた。
「なんだ、いったい!?」
「元帥様より、傭兵部隊を大森林に進撃するように命令書が届きました。公王軍も三日後には大森林に進撃を開始するようです」
「なんだとっ!?」
「そんな……」
シュメイがその場に頽れてしまった。
砂漠を越えるには一週間かかる。
砂漠を越えてから大森林に向かっていたら絶対に間に合わない。
「冒険者ギルドのメッセージ伝達をするような道具はないのですか? それがあれば、ほかの協力者にダークエルフたちに現状を知らせることも可能では――」
「この国にある通信魔道具による通信すべてに軍の検閲が入る。軍を出し抜いて行動するようなことはできない」
「くそっ、なにかいい手はないか?」
拠点帰還の行き先を調べてみる。
ララエルの名前が記されていれば、一気にダークエルフの森にまで飛んでいけるんだが、どうだろうか?
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マイワールド
転移不可(ミリュウ)
フロアランス・マーガレット洋服店(マーガレット)
マイワールド(ハルワタート)
フロアランス・マーガレット洋服店 (ノルン)
マイワールド(キャロル)
マイワールド(マリナ)
公都コロン(シュメイ)
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ララエルの名前はないが、代わりにシュメイが追加されていた。
公都コロンには転移できるようだ。
あれ? ミリの拠点がデイジマ冒険者ギルドから転移不可になっている。
しかし、これっておそらく公都コロンのシュメイの部屋に転移するってことだよな?
俺ひとりなら、隠形と埋没のスキルを使って脱出することはできるが、シュメイと一緒だと無理かもしれない。
ダメで元々、やってみるしかないか。
「シュメイ、まだ間に合わないと決まったわけじゃない。泣いている暇があったら行くぞ」
「はい――イチノジョウ様」
拠点帰還については知られたくないので、侯爵様には嘘を言ってシュメイを連れ出すことにした。
そして、人気のないところに移動してシュメイに思いついた方法を打ち明けた。
「シュメイ、俺には拠点帰還って生活魔法が使えるんだ。それを使えばお前の部屋に一瞬で移動できるようだ。一緒に転移するために、一度冒険者ギルドに行ってパーティ登録をしないといけない」
「拠点帰還!? やはりイチノジョウ様はあの時私を助けてくださった魔術師様なのですね!?」
「え? なんでそうなるんだ? 別に剣士でも生活魔法は使えるだろ。あれは迷宮踏破ボーナスで貰えるわけだし」
「いえ、そういうわけでは――しかし私の部屋ですか。私の部屋から脱出するのはかなり難しいかと思います」
「だよな、でもほかに転移できる場所がない――いや、待てよ」
一カ所あるじゃないか。
「もっと確実な方法があった!」
俺は厩舎に向かい、デザートランナーを引き取るとそれに飛び乗りふたりで町の外へ向かった。
ある程度馬車を走らせたところで、
「シュメイ、これを体のどこでもいい、貼ってくれ」
俺はマイワールドに入るための許可シールをシュメイに渡した。
シュメイは特になんの質問もせずに、そのシールを自分の手に貼る。その間に俺はデザートランナーにもシールを貼っておく。
そして、俺はマイワールドに入るための扉を開いた。
「ここに入るんだ」
「は、はい」
驚きはしたが、彼女は俺の言葉に従った。
もっと疑う心を持ってもいいと思うのだが、いまは話が早くて非常に助かる。
「ここはいったい――」
さすがに驚くよな
砂漠を越えたとはいえ、荒野のど真ん中の町にいたんだ。
それが、急に現れたのは砂浜の真ん前なんだから。
「ここのことは詮索しないでくれ。そして、誰にも言わないでくれ」
「わ、わかりました」
シュメイが頷いた。
大丈夫、ダークエルフのために必死になって動く彼女のことは信用できる。
海の横には大きな木製の水槽がおかれていて、そこには亀がいっぱいいた。
餌は小海老を砕いたものが使われているらしい。
「お、マスター、また新しい女を作ったのか?」
亀に餌をあげていたニーテが俺に気付き、声をかけた。
「うるさい。ニーテ、暫くシュメイを頼む。すぐに扉を開けなおすから、シュメイはデザートランナーと一緒にその扉を通って出てくれ! デザートランナー、亀の餌を勝手に食うんじゃない」
亀の餌入れのバケツに口を突っ込むデザートランナーに注意をし、俺はニーテとシュメイの返事を待たずに魔法を唱えた。
「フェイクマジック――拠点帰還アンジェラ!」
突然、景色が変わった。
俺は海賊のアジトに転移した。
「なっ! また出たっ!」
怯える海賊共――
「わ、悪いことはあれからなにもしていない! 大人しく近海で漁師の真似事をしてたんだ! だからアジトを壊さないでくれ」
と言いながら土下座する海賊たち。
悪いが事情を説明している暇はないので、アジトを出て海賊から見えないところへ。
「マイワールド!」
扉を開くと、デザートランナーとシュメイが出てきた。
「イチノジョウ様、ここはいったい?」
その質問は当然だよな。
「ハンムノの町のすぐ西にある海賊のアジトの近くだ」
「そんな――一瞬で!? 拠点帰還を使われたのですか?」
「似たようなものだよ。言っておくが、海賊に友達はいないからな」
ネルソンも海賊といえば海賊だけど、あいつも知り合い程度だし。
パウロ伯爵の部下でいえば先輩になるが、爵位は俺のほうが上だし、関係性を説明するのは難しそうだ。
「公都よりは遠いが、ここからなら、明日には大森林に着くだろ。案内を頼む」
デザートランナーは力持ちなので、俺たちふたり乗せても速度は変わらない。
俺はデザートランナーにさらにイカ足を一本食わせてやった。
デザートランナーはそれに気を良くして、東へと向かった。




