シュメイの正体
道中、サボテーラというサボテン型の魔物に囲まれたときは、針を飛ばされた場合シュメイを守りながら戦えるか? と不安になったけれども、針を千本とか一万本飛ばしてくるようなこともなく、普通に体当たりしかしてこない魔物だったらしいので、遠距離からのスラッシュ攻撃で倒した。
【イチノジョウのレベルが上がった】
サボテンの魔物は経験値のうま味も少なく、上位職のレベルは上がりにくい。
「イチノジョウ様、本当に剣士様だったのですね」
「ん? まぁな。疑っていたのか?」
「はい――剣の柄を見たところ、あまり使いこんでいるように見えませんでしたので……あ、申し訳ありません」
シュメイがまた謝罪したが、俺は「いいよ」と笑顔で返した。その笑顔が引きつっていないか心配だ。
ヤバイ、確かにあまり剣を使わないうえに、剣劣化防止スキルのおかげでより綺麗なままだ。ハルと別れてからは素振りもサボっているから猶更。
剣士を名乗るなら、ある程度傷付けておいたほうがいいのか?
んー、どこか大都市にいって中古の剣を買ったほうがいいのかもしれないな。
そんなことを考えながらも旅は進み、ようやく俺たちは北のガガリアの町へと辿り着いた。
ガガリアの町の入り口は、ハンムノ以上に厳しい検問があった。
弱ったな、油売り作戦はシュメイと一緒だと使えない。
どこから馬車を出したんだって言われかねないからな。護衛はここまでということにして、シュメイとはここで別れるか。
「イチノジョウ様、左の門に向かってください」
「左? 確かに誰もいないが」
門は中央の大きな門、左右に小さな門がふたつある。皆が並んでいるのは中央の大きな門だけだ。右側の門からは衛兵が出入りしているのが見えたので、職員用通用口みたいなものだろう。
そして、左側の小さな門には衛兵がいるが、誰も出入りしていない。
「お願いします」
「……わかった」
シュメイになにか作戦があるのだろうと思い、俺たちは左側の門へと向かった。
「なんだ、貴様らは。ここは――」
と衛兵がなにか注意しようとしたそのとき、シュメイがなにかメダルのようなものを衛兵に見せた。
「し、失礼しました! どうぞお通りください!」
敬礼し、門を開けるのかと思いきや、その衛兵は中央の大門を通ろうとする商人を止めて、大門のほうに俺たちを促した。
こうして、俺たちはデザートランナーに乗ったままガガリアの町へと入った。
「参りましょう、イチノジョウ様」
「あ……あぁ」
列に並んでいる人からの視線が痛い。
テーマパークのジェットコースターの行列に割込みで入ったような気分だ。
さすがにデザートランナーに乗ったまま町の中を歩くのもどうかと思うので、厩舎に預けることにした。アイテムバッグから餌を事前に取り出して、厩舎の人に預けておく。
そのあまりの量に何日預かればいいのか聞いてきたが、それで三日分だけだ。
とりあえず、三日分の代金を支払い、延長するようならまた来ると言っておく。
そして、シュメイと一緒にガガリアの町へと向かった。
「イチノジョウ様は迷宮に向かわれるのですよね?」
「あぁ、まずはそのつもりだ」
砂漠越えに役立つスキルと言うのが気になる。
南大陸は砂漠が多いから、移動するときに役立つだろう。
「そのあとは傭兵にでもなろうかと思ってる……そういえば、ガガリアの迷宮って、女神像の間の女神様は誰なんだ?」
「セトランス様です。砂漠の過酷な環境を生き抜くためには強さが必要ですから、戦いの女神であるセトランス様を信仰なさっている人が多いんです」
「セトランス様か――」
セトランス様とはダキャットで会ったな。
ビキニアーマーの似合う戦う女神という感じの方だった。ハルが信仰している女神でもある。
「イチノジョウ様、ガガリアの迷宮は一般人の立ち入りは禁止されています。どうぞこちらをお持ちください」
「これは?」
「私の家の家紋の入ったメダルです。これを持っていれば、なにか問題があったときに私の家が後ろ盾になるという意味を持ちます」
あぁ、衛兵に見せたメダルにはそういう意味があったのか。
道理で驚いていたはずだ。
「あまり驚かないのですね。私が貴族だとは話していなかったのですが」
「いや、雰囲気で平民じゃないのはわかってたからな。ただ、この国の貴族様の事情についてはあまり詳しくないので確信は持てなかったんだ」
俺は笑って、そう嘯いた。
本当は職業鑑定スキルを見てわかっていたんだけどな。
「……イチノジョウ様、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「いや、俺も楽しかったよ。おかげで退屈しなかった」
俺はシュメイと握手を交わし、彼女と別れた。
シュメイ……か。
まぁ、もう二度と会うことはないだろうな。生きている世界が違うから。
「迷宮に入りたいんですが」
シュメイの言う通り、迷宮の入り口は衛兵によって監視されており、門は固く閉ざされていた。
「ダメだ、ここは一般人の立ち入りを禁止している」
「これでもダメですか?」
俺はシュメイからもらったメダルを見せる。
「これは――し、失礼しました! どうぞお通りください」
衛兵が最敬礼をして、扉を開けた。扉の向こうには地下への階段があり、迷宮独特の湿気の篭った空気が流れ出てくる。
「あの、ひとつよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「あなたはシュメイ王女とどのようなご関係で?」
「砂賊に襲われているところを助けただけですけど――え? 王女?」
王女って、シュメイの職業は確かに貴族だった。
でも、確か王家の人間って、職業が「王族」になるんじゃなかったっけ?
ハルが「王族は生まれながらに王族」って言っていたような気がする。
悩む俺をよそに、衛兵は緊張が解けたように話しはじめた。
「なんだ、あんたは貴族じゃないのか。シュメイ・ユ・ハリエル王女。公王陛下のひとり娘だよ」
「でも生まれは大森林の近くの町だって言ってたが……」
「生まれはな」
「ここだけの話だぞ」と前置きをし、衛兵は俺に話を始めた。
「彼女のご生母――ルーリア様は元々側室でな。粗相を働いたとして大森林近くにある陛下の別荘に送られたんだ。まぁ、本当のところは正室やほかの側室の策略に嵌まったんだろうがな。そして、その別荘でルーリア様はご懐妊に気付き、シュメイ様を隠れてご出産なさったんだ。もしも娘が生まれたことが知られれば、シュメイ様は王女として国に連れ戻される。そうなった場合、正室やほかの側室がシュメイ様のことを暗殺するかもしれない、そう恐れたんだろうな。陛下がそのことに気付いたのは十年後、ルーリア様が亡くなったときだったそうだ。それから、シュメイ様は王城で暮らしていると聞いていたが」
「随分詳しいんですね」
WikipediaやSNSはもちろん、インターネットすらないこの世界で情報を集めるというのはかなり価値がある。しかも王宮内の陰謀とかそういう話になると、ほとんど手に入らないと思うのだが。
「そりゃそうだ。ルーリア様は元々はこの地のかつてのハイドル侯爵のご息女だからな。いま、ハイドル侯爵の名は息子が継いでいるから、現在のハイドル侯爵の妹ということになり、シュメイ王女はハイドル侯爵の姪にあたる。俺の親父がルーリア様の大ファンでな、よく話を聞かされたんだ。そうか……シュメイ王女を救ってくれたのか、本当にありがとうな」
「でも、なんでその王女が護衛もつけずにひとりでこの町に来たんだ?」
「そんなの俺が知るか。もしかしたらこれから戦争に赴く兵のために激励にいらしたのかもしれないな」
そういう雰囲気じゃなかったんだけどな。