ダークエルフとの出会い
翌朝、宿屋の女将さんに、「夕べはお楽しみでしたね」と変なことを言われたのは、きっと最初にニーテが夜這いをしたときに声が出ていたからだろう。
俺が本当に楽しむときは沈黙の部屋を使うときだけなのに。
俺はデザートランナーを厩舎で受け取り、町の外へと向かう。
厩舎でデザートランナーに乗る練習をさせてもらったが、乗馬スキルのお陰か、楽に乗りこなすことができた。
デザートランナーの最大の特徴は、人間と同じように後ろ足二本足で移動することだ。まるでダチョウみたいだな。
そのため、前足での攻撃がスムーズに行うことができるらしい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
乗馬:補助系スキル【騎士レベル2】
馬に限らず、ラクダやロバなど、人が乗るのに適した動物・魔物に乗るときに効果を発揮。
効果を発揮すると動物の操縦が上手くなる。
ただし、本来人間が乗るには適していない動物の場合、効果は発揮されない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ということらしい。逆に魔物使いの騎乗スキルは乗馬スキルの上位スキルらしく、上位ドラゴン以外のすべての魔物や動物を乗りこなせるのだとか。
俺はニーテを後ろに乗せ、デザートランナーを走らせて町を出た。
ニーテが俺に胸を当てようと必死になっているが、あまり大きくないからか、ほとんど感触が伝わってこないのであまり気にならないのだけれども、しかし、雰囲気に飲まれる。
これからずっとこのままいるというのは、俺の精神衛生上よくないので、町を出て一時間。町の壁もほとんど見えなくなったところで、岩陰に入り、一度休憩し、ニーテにはマイワールドに帰ってもらうことにした。
アイテムバッグから先日釣った中サイズの魚をデザートランナーのほうに投げると、器用に口でキャッチし、丸呑みにしていた。
なかなかに器用な奴だ。
さて、砂漠はここからさらに北か。
「ん?」
俺たちが来た方角――町のほうから馬車が近づいてきた。
馬車に乗っているのは女性だった。
ん? あれはもしかして――
銀色の髪に褐色の素肌。それに近付いてきてわかったのだが、耳が尖っている。
あれはダークエルフか。
凄いな、初めて見た。
……胸がかなりでかいな。ハルやカノン、真里菜よりも大きい。
職業は――これも初めて見た。
【大弓士:Lv39】
いつでも手の届く場所に置いているのは普通の弓のようだけれども、大弓士かぁ。
男としては、あんな大きな胸、弓を引くのに邪魔じゃないか、と口に出したら訴えられても文句が言えないことを思ってしまう。
「やぁ、旅人かね?」
ダークエルフの彼女は
「はい――あ、すみません。じろじろと見てしまって」
「構わないさ。ダークエルフが珍しいのは私も知っている。この国以外で見ることはまずないだろうからな」
妖艶な笑みを浮かべる彼女に、俺は見蕩れてしまった。
大人の女性という雰囲気を漂わせている。一番近い雰囲気を持っているのはクインスさんだろうか? クインスさんより見た目は若いけれども、ダークエルフは長命だと聞いたことがあるから、見た目通りの年齢ではないのだろう。
このまま一緒にいたらどうかなってしまいそうだ。
まさか、魅了士? ――じゃない、大弓士だもんな。
俺は話題を変えようと、彼女の馬車を見た。中は空っぽのようだ。
「え……っと、ハンムノの町まで果物や野菜を売りにきたんですか?」
「ああ、そうだ。この国の人間は私たちを教会に引き渡さないために戦ってくれている。せめて食料だけでも届けられたらと思っているのだ」
「そうなんですか――」
はぁ、もとはと言えば、ファミリス・ラリテイがダークエルフと協定なんて結ぶからこんなことになったんだよな。
ファミリス・ラリテイの生まれ変わりであるミリ、その兄としての責任を取らないといけない気がする。
「あ、あの、俺の仲間もいちおう行商人の端くれのようなことをしているのですけれど、ダークエルフさんたちが欲しい物ってなにかありますか? ある程度の物ならご用意できると思うんですけど」
「そうか? それは助かるが、私たちが本当に望むものは貴重な品でな。そう手に入らないんだ」
「貴重って、ドラゴンの肝とかオリハルコンとかですか?」
「ははは、そこまでではないよ。ただ、ミスリルという金属でね。私たちダークエルフもそうだが、エルフやドワーフといった妖精族にとってはとても重要な金属なんだ。その流通のほとんどを教会が握っているからな」
「ミスリルですか? それなら――」
と俺はアイテムバッグから箱を取り出した。
フロアランスで山賊たちが持っていた箱だ。中にはミスリルの鉱石がいっぱい入っている。
教会の印が入っているため、売るわけにも捨てるわけにもいかず、錬金術師と鍛冶師を極めたら、ミスリルの装備でも作ろうと思って、ずっとアイテムバッグに眠らせていた。
通常ならば、教会の物を奪ったと誤解されて通報される可能性もあるが、この国、特にダークエルフは教会とは敵対関係なので問題ないだろう。
「これでどうですか?」
「これはまさか――いったい、どこでこれを?」
ミスリルの鉱石を手に取り、驚き、目を見開いた。
「西大陸のフロアランスという町のダンジョンで山賊を退治したときに彼らが持っていたんです」
「そうか……しかし弱ったな」
「え? これじゃダメですか?」
「ああ、これは純度が高すぎる。私にはこれを買うだけの金も、なにか差し出せるものも持ち合わせていない。渡せるのは私の身体くらいなものだが――どうだろう?」
「そ、それはいいです、結構です」
「ははは、冗談だよ。君をからかっただけに過ぎない。まぁ、それで済んだのなら安い物だけどね」
それって、冗談とは言わないですよ。
……本当に、ニーテといい女海賊といい今回といい、ハルがいなくなってから連続して誘惑が続くんだ?
この調子でいけば、そのうち貴族の女の子を盗賊から救ったり、国のお姫様をドラゴンから助け出したりして求婚されるんじゃないだろうか?
ニーテの台詞を借りるわけじゃないが、それは物語の主人公がするべきことであり、俺のような優柔不断な男には似合わない。
「それじゃあ、お代は結構ですので、もしも今度大森林を訪れることがあったら、中を案内してください」
「大森林を案内だと?」
急に彼女の眼付が変わった。
えっと、かなりまずいことを言ったかな?
もしかして、ダークエルフの聖地だから、人間は入ってはいけないとかそういう決まりがあるのか?
「大森林でなにを望む?」
「え? 結構有名な場所みたいなので、観光にいいかなって思って……えっと、ダメなら別にいいです」
「嘘ではない……か。すまない、ダークエルフの男は森の奥で狩りを行っているので村には女しかいない。不心得者の男が大森林を訪れようとするんだよ。君がそういうことをする人とは思っていなかったが、まさか観光か」
へぇ、普段ダークエルフの村って普段は女性しかいないのか。
「君は本当に変わった人間だ。昔会った女を思い出す。彼女も愉快な人だった。よし、わかった。ダークエルフ族長の娘、ララエル・ミ・モダンの名において君が大森林を訪れた時は歓迎させてもらおう。これはその証だ」
彼女はそう言うと、首から下げていた、彼女の目の色と同じ色をした琥珀のペンダントを俺にくれた。
これだけでもかなり貴重な品のように思える。
って、族長の娘さんだったのかっ!?
凄い人に会ったものだ。
「本当に受け取ってもいいんですか?」
「構わない。友の証だ」
「ありがとうございます。では、旅がひと段落ついたら、必ず寄らせてもらいます」
俺はそう言って、ダークエルフ――ララエルと握手を交わした。
ミリを助け出したら一度訪れよう。
ついでに、ミリに謝罪をさせよう。
そう心に誓って。
大晦日ですね。今年最後ではありません、今日はもう一話更新します。
ララエルはここでは顔見せのみです。




