デザートランナーを買おう
本日二話目です。
どうやら、この町はいまのところ大きな混乱が起きていないらしい。
戦争から避難する人がいるんじゃないかと思ったけれど、戦場となるのはここよりはるかに北にあるガガリア近郊であり、この町とガガリアを行き来するには大砂漠を越えないといけない。
大砂漠にはサンドワームという魔物や、砂賊と呼ばれる盗賊集団が出るらしく、
そのため、ほとんどの避難民もわざわざそんな危険なところを通らないらしく、この町に来る避難民の数も許容できる範囲内なのだそうだ。
パンの果実と呼ばれるパンのような味の果物を食べながら、俺たちはそのあとも町を歩いた。情報収集というよりは噂話を集めて回っているようなもので、当然、ミリやダイジロウさん、それに魔王軍に関わる情報が集まるわけがない。
「これが物語だったら、『このあたりで妙なことを嗅ぎまわっているのはお前らか』って、ごろつきっぽい奴らが現れるんだけどな。それで俺が返り討ちにして、そいつらから情報が手に入る展開になるわけだが」
「旦那様はそもそも妙なことを嗅ぎまわってないだろ? 戦争で行き場を失った行商人が周辺の様子や戦争の情報を集めるのは当然のことだと思うぞ」
「言われてみればそうだな――それならいっそのこと魔王軍についてのみ調べてみる――いや、でも目立ちすぎるのもなぁ」
「優柔不断だな。旦那様は実に主人公になれないタイプだぜ」
「それは自分でもわかっている」
物語の主人公なら、ここですぱっと決めて行動できるんだろうけどな。
集まった情報としては、
・戦争はいつ終わるかわからない。
・このあたりは戦争に巻き込まれる心配はない。
・北には大砂漠があり、その先のガガリアの町近郊が戦場になる。
・ガガリアの町で傭兵を募集している。
・東の大森林には果実や芋類が豊富でダークエルフが住んでいる。
・ダークエルフは人間と交易をしている。
・国は油を集めている。
という感じだ。
結局、これだけだと俺が取れる手段はふたつ。
傭兵になって戦場に行くか、この国でじっとしているかのふたつだ。
「となると、傭兵かな」
いまの俺なら、百人がかりで襲われても死ぬことはないだろう。
砂漠を越えるのも、本来ならば遭難の恐れで死ぬ可能性が高いが、俺ならばアイテムバッグの中に大量の食料と水があり、いざとなったらマイワールドに避難することができる。
砂漠の魔物なんて経験値でしかない。
「旦那様、砂漠を越えるならデザートランナーを買わないといけないぞ」
「デザートランナー? なんだ、それ」
「砂漠を走る魔物だってさ。砂漠の上は駱駝かデザートランナーでの移動がほとんどなんだってさ。フユンでも越えられないことはないと思うけど、砂漠を越える力強い馬がいるなんて知られて徴収されたら困るだろ? 戦争に馬はつきものだからな」
確かに、油が無理やりに近い形で買い叩かれるんだ。
フユンが無理やり買われたら、俺としてはあんなむかつく馬いなくなってくれて僅かなお金にでも変われば万々歳なんだが、ハルが悲しむもんな。
「あと、砂漠には七カ所のオアシスを通るルートが一番迷いにくいそうだから、そこを通るしかないな。この国の交易所で砂漠越えの地図が買えるから、そこに行こうぜ。最新の砂賊の情報もわかるらしいから」
「ま、待て。なんでそこまで知ってるんだ?」
「なんでって、旦那様があちこちで話を聞いている間に、果物屋のおばちゃんが教えてくれたんだよ。まぁ、旦那様なら砂漠を越えるだろうって思ってたからな。ほかにもガガリアの町の情報ももらったぞ? ガガリアの町の中にはダンジョンがあるんだってさ。伝承モンスターもいて、綺麗な水を大量に与えると砂漠越えに役立つスキルがもらえるみたいだぞ」
……そ、そうですか。
もしかしなくても、俺、情報を集めるのは苦手なんだとよくわかった。
本当に、これまでキャロがいてくれて助かったよ。
「どうだ? あたし、これでも役に立つ妻なんだぜ?」
「はいはい、偉い偉い」
俺はそう言って、ニーテの頭を撫でた。
「…………や、やめろよ」
……あれ? なんか反応がいままでと全然違うぞ。
ただ頭を撫でただけなのに。
「お前、もしかして自分からなにかするのはいいのに、なにかされるのは恥ずかしいのか?」
「ち、違うぞ。ただちょっと気持ちよかっただけだ」
「ああ、そうかそうか」
もう一度頭を撫でてやったら、ニーテの奴は面白いように屈辱的な顔をしていた。
俺たちはそのあと、厩舎に向かった。
そこにデザートランナーが売られているというのだが、しかし、厩舎の中は馬と駱駝はいくらかいたけれど、目的のものは売っていなかった。
厩舎の管理をしていた俺と同い年くらいの金髪の男に尋ねたところ、困ったような口調で言った。なんでも、デザートランナーは全て軍が買っていったらしい。これまでの戦争ではそのようなことは一度もなかったから本当に困っているんだとか。
というのも、戦場となるガガリア近郊は砂漠でもなければ森でもない平地で、通常ならば騎士も乗り慣れている馬を使うのがほとんどだからだそうだ。
「余っているデザートランナーはいないんですか?」
「いるにはいるが、かなりの大喰らいでね。すぐに腹が減っちまって、砂漠を渡っているときにでも空腹になると魔物のほうに走って行っちまうんで弱ってるんですよ」
「ケンタウロスみたいなやつか……」
「けんたう……なんですって?」
「いや、俺の知ってるロバに似たようなやつがいたってだけのことです。魔物の肉が好物なんですか?」
「ええ。魔物以外にも肉ならなんでも好物なんですけど、とにかく食べる量が半端ないんです」
「見せてもらっていいですか?」
俺がそう尋ねると、彼は厩舎の裏へと案内してくれた。そこではフユンより少し大きいくらいの一頭の恐竜のような動物がいた。
そうか、町の入り口で見たあの動物がデザートランナーだったのか。
「あれ? 首にしているのは隷属の首輪か?」
「ええ、そうです。隷属の首輪はもともと奴隷ではなく、魔物使い以外の人間が魔物を使役するために使われていました。いまは人間を襲ってはいけないように命令をしています。しかし、それでも完璧ではありませんけどね」
隷属の首輪は、命令違反があると首輪が絞まるようになっている。しかし、その苦しみに耐えれば命令に違反すること自体は可能だ。
「特に、このデザートランナーは腹が減ると主人の命令を無視してでも魔物のほうに行きますからね」
「んー、ちなみに、食べる量ってどのくらいだ?」
「肉でも魚でもいいんですが、一日五キログラムほどです。普通のデザートランナーは三キログラム弱しか食べないのでほぼ倍ですね。その分、力はありますので、砂漠越えも余裕です。あ、魚の場合骨などは取る必要はありません。こいつはそのまま食べますから」
「そのくらいならなんとかなるか」
幸い、アイテムバッグの中には数十キロの魚が何匹も入っている。
値段を聞いたところ、千センスでいいと言ってくれた。かなり安いと思ったけれど、このまま買い手がつかないと、維持費もかかるので絞殺して処分しようと考えていたところだったそうだ。
俺は銀貨を一〇枚渡し、隷属の首輪の鍵を受け取った。
首輪を外したデザートランナーは町の中に入れることができないので注意するように言われた。魔物だから仕方ないか。
今日はもう遅いので明日出発することにし、明日の朝まではこの厩舎で預かってもらうことにした。本来ならば厩舎に預けるのにお金がいるのだけれども、今夜に限ればサービスということになった。
その日はマイワールドには戻らず、宿屋で一泊することにした。
ニーテに夜這いされそうになったが、明日砂漠越えをするための体力が必要で、いまは寝ておかないといけないと説明するとそれ以降変なことはしてこなかった。




