ニーテと情報集め
ということで、一度シーナ三号はマイワールドに戻ったままにしてもらい、ニーテとふたりでハンムノの町を目指すことになった。
フユンの奴、ニーテが手綱を握った瞬間に大人しくなりやがって。
「マスター、どういう設定にするんだ?」
「設定?」
「あたしとマスターの関係だよ。ホムンクルスとマスターの関係なんてダメだろ?」
確かに、街の入り口などでは関係性を聞かれる可能性もあるよな。
だとしたら、そういう設定も考えておいたほうがいいだろう。
「兄妹の油売り行商人でいいんじゃないか?」
「さすがに似てないだろ。髪の色も全然違うし」
「じゃあ、行商人の若旦那と見習いで」
「若旦那と見習いって、名のある商会じゃないとすぐにバレるぞ?」
「う……じゃあほかになにかいい手は……」
「いつも通りでいいんじゃないか?」
そう言うと、ニーテはそれを取り出した。
ハルが嵌めていた隷属の首輪だ。
ニーテはそれを自分の首に嵌めた。
「よし、これで今日からあたしはマスターの奴隷な――あ、ご主人様って呼んだほうがいいか?」
「お前な……非合法の奴隷はダメだって」
当然、鍵はかかっていないので簡単に首輪は外れる。
「なら、あの手しかないな」
そう言ってニーテはほくそ笑んだ。
最初からそうする予定だったのだろう。
ここがハンムノの町か。荒野の町だって聞いて茶色いイメージだったけど、なんか全体的に白いな。
城壁も真っ白だ。
町の入口は多くの人が列を作っていた、俺たちの馬車もその列に混ざる。
戦争が起こるかもしれないって言う話なんだが、意外と人の出入りは多い。いや、戦争中だからだろうか? 多くの馬車が北西に向かっている。国境町に戦争用の物資を届けに行くんだろう。
ちなみに、馬車と言っているが、馬が引いているのは半分もない。ほとんどは駱駝か、もしくは恐竜みたいな動物に荷を引かせていた。
確か、この北側は砂漠地帯になっているため、普通の馬ではあまり荷を引けないのだろう。実際、馬車も少し変わった形をしていた。
車輪はあるのだが、馬車の底にソリのようなものがついている。
きっと、砂漠では車輪を一度外し、ソリで走らせるに違いない。
砂漠の民の知恵だな、と感心していると俺の番が回ってきた。
「旅の者か?」
「はい――戦争が始まって行き場がなくなり困ってるんですよ」
「そうか――その女は?」
俺の横で手綱を引いていたニーテに視線は言った。
そうだよな、そりゃ聞かれるよな。
「……妻です」
結局、男と奴隷でもなければ妻でもない女が旅をしているなんておかしい――ということになり、奴隷がダメなら妻のフリをすることになった。
ニーテの左手薬指には、俺が作った銀の指輪が嵌められている。
「結婚しているのか? それにしては随分年齢が離れているようだが」
「そりゃ、妻と畳は新しいほうがいいって言うからな! ラッブラブだぜ! 片時も離れないぜ!」
妻と畳は、ってダンナが言うセリフだろ!
しかも、絶対に言ったらダメな奴。
それに、畳ってこの世界の人たぶん知らないから。
ただ、言葉の意味はわからないでもニュアンスだけは伝わったらしい。というより、ニーテが俺にべったりくっついてきたのを見て、軽く舌打ちしやがった。
そのあとも不愛想な兵士は、俺たちの顔をじろじろと見て、なにやら羊皮紙に記入していく。変なこと書いているんじゃないだろうな。
「荷はなんだ?」
「油壺です」
「油か、確認させてもらおう」
兵士は馬車の裏に回り、荷を確認する。当然、嘘は言っていない。馬車の荷台には油壺が大量に入っている。
行商人を装うなら、荷がないと不自然だからな。
すべてオイルクリエイトで作ったものなので、品質は保証できる。
「全部で三千センスだ」
突然、値段を言われた。
入町税か? と俺は金を取り出そうとしたのだが、
「金を払うのはこっちだ。油を全部で三千センスで買わせてもらおう」
「ちょっと待ってくださいっ! これは交易所に売るつもりで」
「戦時中、油は武具の手入れに必要だ。強制徴収されないだけありがたいと思え」
そう言って、兵士は俺に銀貨が十枚括られた束を三つ、俺に渡すと、有無を言わせぬ態度で油壺を馬車から降ろしていった。そして、「通っていいぞ」と空の馬車を中へと誘導する。
ふぅ、まぁこれは海賊の立てた作戦通り、上手くいった。
兵士も油を無理やり、しかも破格の値段で買い取った手前、これ以上俺に関わりたくないだろう。下手に探りを入れて、油を返せと言われるのは困るだろうから。
あの大量の油と容器の壺の値段として三千センスは安すぎるけれど、それでも日本円で三十万円。十分すぎる儲けだ。油は俺の魔力ほぼ一日分を使ったけれど元手はゼロだ。それに壺はなんとシーナ三号が作った。さすがは機械人形というべきか、轆轤も使っていないのに綺麗な形の壺が出来上がっていた。壺を作るための粘土もマイワールドで作った。つまりこれも元手はゼロだ。
「さてと、真面目に情報収集をするか」
自分で情報収集をするのって、そういえば久しぶりだよな。この世界に来た時は右も左もわからない状態だったけれど、暫らくしてキャロが仲間になってからは、情報収集は全部彼女に任せていた。
やっぱり情報と言えば酒場? いや、冒険者ギルドのほうがいいか?
はぁ、こんなことになるのなら、キャロと一緒に情報収集をすればよかった。いや、実は何度か一緒に情報収集をしようとしたのだけれども、そうすると俺が足を引っ張ってしまい、結局ろくな情報が集まらなかったんだったな。
そういえば、あのとき、キャロが情報を集めていたのは交易所と市場だったか。
情報を集めるなら酒場だと思っていたが、確かに市場の商品の品揃えや価格の変動がわかれば、情報らしいものが集まるのかもしれない。
俺は一度、馬車を物陰に回してマイワールドに収納した。
「じゃあさ、じゃあさ、旦那様! まずはこの町の美味しいスイーツを食べようぜ! スイーツ♪」
「なんでお前がここにいるんだよ! もう町の中に入れたんだから、マイワールドで仕事しろよ」
「だって、旦那様。あたしたちは新婚の夫婦で片時も離れないって設定だからな。なのにそのことを知っている兵に見られて夫婦が別行動しているなんて報告されたら、怪しまれるのは旦那様のほうだぜ」
「……お前、だからわざと新婚に見えるように仕向けたのか?」
「勿論だぜ! 今頃気付いたのか? 旦那様は意外と抜けてるな。こりゃ妻の尻に敷かれるのも時間の問題か?」
殴ってやりたい。殴ってやりたいが、そんなところを見られて兵に報告されたら困るからここは我慢だ。
「ところで、お前、情報収集のやり方ってわかる?」
「当然――」
「お?」
「さっぱりだぜ!」
だよな、だと思ったよ。
でも、まぁ若夫婦ふたりで行動しているという設定なら、変な男がひとりで情報収集をするより相手の口も軽くなるだろう。
「そもそも、なんの情報を集めればいいんだ?」
「そこからかよっ! いや、まぁ説明していなかった俺も悪いんだが」
俺はニーテに話した。
いま、最優先で欲しい情報はこの国を脱出する方法。
そして、次に欲しい情報は魔王軍に関する情報だ。
ついでに、この町や周辺の情報も探ることにする。
そのために、まずは市場に行くことにした。
道行く人に市場の場所を聞いて向かうと、すでに多くの人が集まっていた。
「果物が多いな。しかも結構安い」
戦時中だから、食品は値上げしているだろうと思っていたが、果物だけでなく、芋類も豊富で、値段もそこそこ安い。デイジマの市場が品不足で値上げしていたから余計にそう思えてくる。
「ニーテ、なにか食べるか?」
「いいのか? じゃあ、おばちゃん。なにか甘くて生で食べられる果物ある?」
ニーテは、果物を売っていたおばちゃんに気さくに声をかけた。全然物怖じしない奴だな。
俺はその間に隣の露店で売っていた干し肉を見る。これとかハルが喜びそうだから、少し買ってアイテムバッグの中に入れておくか。
いちおう、ハルたちには余分にお金を渡しているんだが、金庫番のキャロと生真面目なハルのコンビだ。かなり節約する旅になっているだろうから、買い食いはしないだろう。
肉も意外と安いんだが、どうやら魔物の肉らしい。海上封鎖の影響か、海から近いのに魚は小魚がほとんどだった。
「このあたりの穀物は芋類が多いんですか?」
「そうだね。小麦もあるにはあるんだけど、いまは輸入ができない状況だから、森で自生している芋を売ってるのさ」
「森? 近くに森があるのですか?」
「あるよ。ここから東に大森林と呼ばれるダークエルフの聖域があるのさ。そこで採れた芋や果実、野菜などがこの町に持ち込まれるのでこのあたりは穀物が豊富なのさ」
「そうなんですか――あ、この芋ください」
俺は五センス払ってサトイモっぽい芋を十個ほど買うことになった。
油があれば素揚げにできて美味しいんだけどね、とおばちゃんが残念そうに言ったので、こっそり情報料として油を譲ったところ、芋の代金は無料になった。
「ありがとうね、実はこのあたりでは昔、サボテンから油を搾油してたんだけど、その油もいまは軍用に徴収されてね。本当に助かるよ」
「そうなんですか――やっぱり戦争って油をそんなに使うものなんですね」
「いや、これまでも小競り合いのような戦争は何度もあったんだけど、ここまで油が不足するのは今回が初めてなんだよ」
いつもと違うのか。
とすると、別の町に油を持って行っても高値で売れる可能性があるな。あと、海賊たちの子供を役人に引き渡さなくてよかった。そういう現状なら、あの少年がオイルクリエイトを持っていることを知られたらMPが尽きるまで毎日油を作らされただろうからな。
「旦那様、決まったぜ!」
「ほら、旦那様。若奥様が呼んでるわよ」
とおばちゃんに言われたので、少し照れながらそこで話を切り上げて元の店に戻った。
ニーテはレモンを一個ずつ両手に持ち、俺に見せてきた。
「レモンって、すっぱいだろ」
「これはレモンじゃなくてライムだぜ」
ライム?
形は確かにレモンよりはライムだけど、色は黄色なんだが。
「旦那様、ライムは黄色いほうが甘いぞ?」
「そうなのか?」
「ああ、試してみようぜ」
お金を払い、店のおばちゃんにライムをふたつに切ってもらった。
……っ!?
あまり酸っぱくない、というより本当に甘いな。俺が知っているライムとはまったく別物だ。
「これも、東の大森林で採れたのかな」
「ああ、そうだよ。ダークエルフ様が届けてくれるのさ。本当にありがたいね」
「ダークエルフが?」
「そうさ。ダークエルフ様は昔から東の大森林に住んでいてね、果実や芋類を売りに来て、狩りの道具や薬の素材を買って帰っていくのさ」
へぇ、だから戦争中でも果物や芋が安いのか。
中立だって話で人間に興味がないのかと思ったけど、意外と人間と共存共栄しているようだ。
「ところで、俺、旅の商人なんですけど、戦争に巻き込まれちゃって。なんとかこの国から出る方法はないですか?」
「国から出る方法ねぇ。公王様はもうすぐ戦争は終わるって宣言しているけれど」
「もうすぐ戦争が終わるんですか?」
「そう言っているだけさ。戦争がいつまでも終わらないって言ったら私たちは不安になるからね」
「そうですね」
どうやら、戦争の終結に過度な期待はしてはいけないようだ。
ほかになにかいい方法はないか? と思っていたところ、
「そうだ、国から出る方法はあるよ。傭兵になって敵軍に攻撃を仕掛けたらいいのさ。そして国境を越えれば合法的にシララキ王国に行けるよ。ガガリアに国中から傭兵が集まっているそうだからね」
「ああ、その手がありましたか」
「冗談だよ、冗談。そんなの命がいくつあっても足りないからね。可愛い奥さんを大事にしなよ」
おばちゃんはそう言って、俺にライムを一個渡してくれた。
優しいなぁ、と思ったら、
「はい、一センス」
と代金をしっかり請求された。
まぁ、情報料と思って銅貨をおばちゃんに渡す。
「こっちはおまけね」
とライムをもう一個もらった。
「よかったな、旦那様」
「ああ、あとで食べるか」
ライムは確かに俺が知っているものよりも甘くて美味しかった。




