海賊との戦い開始?
海賊との戦いが始まった。
「すみませんでしったぁぁぁっ!」
そして終わった。
十秒もしないうちに、全員が土下座をした。
俺の頭上、木造の天井に巨大な穴が開いているのが原因だ。穴の周囲は黒く焦げているが、火力が強すぎて逆に炎が燃え広がらなかったのは、不幸中の幸いだろう。まぁ、炎が広がったら広がったで、水魔法で鎮火できたけれど。
なにはともあれ、これでゆっくり話ができる。
「で、ここはどこなんだ? さすがに俺たちがさっきまでいたところとは別の大陸ってことはないだろ?」
「はい。ここはニックプラン公国です」
俺が雷魔法で気絶させ、先ほど目を覚まして事情を聴いた海賊が土下座の体勢のまま答えた。
「ニックプラン公国?」
はて、聞いたことがない名前だ。
ここにキャロがいてくれたら、旅行ガイドブック以上に詳しい情報が得られるんだけれども。シーナ三号は、職業や魔物、スキルについては知っているが、地名についてはからっきしだからな。
「ご存じありませんか? えっと、旦那はシララキ王国の貴族様――なのですよね?」
「いや、貴族じゃなくて準貴族な。それもつい先日なったばかりの新参者だけど」
「いえ、準貴族様でも貴族様でも、私たちには変わりないのですが――しかし、それでご存知ありませんか?」
俺が頷くと、海賊の頭っぽい人が前に出て、俺に説明してくれた。
三百年前にシララキ王国の国王の弟であるニックプラン公爵というのがいて、弟思いだった当時のシララキ王国の国王が、領土の一部を弟に割譲したのが始まりなのだとか。以後、ニックプラン公爵はニックプラン公王と名乗り、ここはニックプラン公国となった。
なるほど、そりゃ、シララキ王国の貴族ならば、知っていないとおかしいと思うだろうな。俺は本当に知らなかったけど。
「それで、現在はシララキ王国と戦争しているのですけれど」
「へ?」
俺は間抜けな声を上げた。
そういえば、戦争しているって言ってたけど、確か相手は魔族だったという話だ。
「ここって魔族の国なのか?」
「魔族……ではありません。ダークエルフと協力関係にある国でして」
「ダークエルフと協力関係?」
ダークエルフ……ダークエルフかぁ。
名前だけなら、俺でも知っている種族だ。褐色の肌に白い髪の種族だった気がする。この世界に来たとき、ダイジロウさんからもらった本には、エルフがいるという話は書いてあったし、実際、ダキャットの国境町ではエルフっぽい人がギルドの受付をしていた。
しかし、それもちょっと話した程度で、本当にエルフだったのかは定かではないのだが、ここにきてダークエルフか。
「悪いが、ダークエルフについて詳しく教えてくれ。ダークエルフは魔族じゃないのか?」
「教会は魔族と認定していますが、それは誤解です。十数年前、教会と魔王が対立したとき、魔王、教会ともにダークエルフに協力を求めましたが、ダークエルフは完全な中立を宣言し、どちらにも加担しなかったそうです」
中立宣言か。
勝手なイメージで、ダークエルフやエルフって排他的な種族だと思っていたから、それも無理からぬことか。
「ただし、その中立を宣言したときに魔王とダークエルフの間に不戦条約が結ばれたのを教会側が快く思っていないので、ダークエルフは魔族に認定されたんだと」
魔族と人間との戦いだと聞いていたけれど、ダークエルフは厳密には魔族じゃないのか。
はぁ、魔族から現魔王軍の情報を聞いて、そこからミリとダイジロウさんの目論見を探るという当てが外れたようだ。
いやまぁ、もともと無理のある計画だったし、最初の目的通り、ここからマレイグルリを目指すか。
「なぁ、マレイグルリって知ってるか?」
「え? あ、はい。東国の魔法都市ですよね。噂だけは聞いています」
「そうか。俺はそのマレイグルリに行きたいんだが、どうやって行けばいい?」
「行けませんよ」
「は?」
「北はシララキ王国が完全に封鎖。東の死の砂漠は人間が越えるのはまず不可能。先日までは西の海岸から船で行き来できたのですが、いまはもう海上封鎖されているため俺たちの船を出すこともできません」
「お前たちがシララキ王国にいたときは海上封鎖される前だったってことか」
「ええ、戦争に必要な物資がゲノッパに集まってきているって噂を聞いて、その物資を奪って金に換えようと思っていたのですが、海上封鎖が思ったより早く成されてしまい、逃げ道がなくなったのでどうしようかと途方に暮れたところで旦那の船を見かけて襲ったのです。トレールール様の啓示だと思ったあっしらが間違っていやした」
「ん? トレールール様の啓示? どういうことだ?」
「それが、にわかには信じられないことなのですが」
少年がある日転寝をしていると、夢の中にトレールール様が現れたのだそうだ。そして、拠点帰還の魔法を使えるようにしてもらったんだそうだ。
しかもトレールール様は、とある岩礁地帯で待ち伏せをすればいい金になると少年に言った。
最初は笑い話だと思っていた海賊たちだったが、少年が生活魔法の浄化やオイルクリエイトを使ったことですべて信じ、トレールール様が言った通り俺を襲ったそうだ。
「はぁ……なんでまた」
なにを考えているんだ、あの怠惰の女神様は。
でも、俺を襲ったのが女神様の意思だというのなら、俺を襲ったことに関して罰するのもなにか違う気がするな。
「とりあえず、俺に必要な情報、全部吐いてもらうからな」
「は、はい。女も宝も全て差し出します。どうか命だけはご容赦のほどを」
女は差し出さなくていい。
アンジェラちゃんも怯えなくていいから。俺には幼女趣味はない。
あ、キャロは十七歳だから幼女じゃないぞ。
大人の女海賊は――と一瞥した。海賊とは思えないような美女が揃っていたが、首を振った。
「そういうのはいいから」
これ以上厄介事に巻き込まれるつもりはない。
幕間話「五柱の女神」
一方その頃、イチノジョウたちの様子を見ていた五つの存在がいた。
五人は、白い世界に急遽作られた円卓を取り囲むように座り、カレーを食べていた。
その存在とは、コショマーレ、トレールール、セトランス、ライブラ、そしてミネルヴァという五柱の女神である。
「なるほど。緊急招集と言われて来てみたけれど、確かに想像以上だね」
五人の女神の中で一際巨体のコショマーレがため息をついた。
偶然にもイチノジョウがコピーキャットのレベルを上げ、フェイクマジックを入手していたのが今回の招集の原因だ。
フェイクマジックは、攻撃魔法ならば威力が半分になる。しかし、ほかの魔法ならその魔法ごとに効果がことなり、例えば拠点帰還の魔法をフェイクマジックで使用すれば、本来ならパーティと一緒に転移できるところをひとりで転移することになってしまう。
「うむ、妾の目に狂いはない。やはりこれは彼奴の仕業だと思うて間違いないじゃろ」
トレールールが自慢げに言うと、ライブラは鋭い目で彼女を睨みつけた。
「それで私がカレーを作るのとなんの関係があるのですか? トレールール」
「勿論、それは妾が食べたかったからじゃ。のぉ、ミネルヴァ」
「ええ、トレールール、福神漬けよりらっきょう派よ」
話の脈絡も関係なく、ミネルヴァがトレールールの前にらっきょうの入った瓶を置いた。それはミリからもらったものを借りパクしたらっきょうなのだが、ほかの女神はそんなこと知っているわけないし、ミネルヴァ本人も忘れている。
「妾はらっきょうなんぞは望んでおらんのじゃが、いただこう」
「まったく、あなたたちは。少しはコショマーレ先輩とセトランス先輩を見習いなさい」
「すまぬの、委員長」
「誰が委員長ですか、誰が」
ライブラが目くじらを立てて怒ると、いままで黙ってカレーを食べていたセトランスが言った。
「そう言うな、ライブラ。こうして女神が五人も揃うことなど、そう滅多にあることではない。交友関係を深めるいい機会でもある。雑談もまた仕事のうちだ。それに、ライブラのカレーは確かに美味だ」
「私だけの手柄ではありません。今回は特別にコショマーレ先輩が野菜を用意、セトランス先輩が肉を用意してくださったお陰でこのカレーができたのです」
豊作の女神でもあるコショマーレは、自分の空間に農園を持っていて、そこで野菜を育てている。そして、セトランスもまた修行場と称し、自分の空間に魔物を飼い、日々戦っている。農園で取れたばかりの野菜、魔物を狩って手に入れた肉。どちらも味は申し分ない。それをライブラがミリグラム単位で調合したスパイスで作ったカレーが不味いわけがなかった。
普段は死にたいオーラで満ちているミネルヴァが、ずっと微笑んでいるのがその証拠だ。
「それで、あの失礼な坊や(イチノジョウ)があの子に見込まれたっていうのはわかったけれど、でもなんで今更――」
とコショマーレが話を本筋に戻す。
「元魔王がなにか知っているのでは? あやつ、ダイジロウというもうひとりの異端と手を組み、なにやら裏で画策しておるようじゃし」
トレールールが愚痴をこぼすように言った。
女神たちはダイジロウとミリュウの様子を探ろうと試みているのだが、しかし彼女が乗っている飛空艇には特別な結界が施されているらしく、女神であろうとも飛空艇の中を観察することはできなかった。
いちおう、飛空艇の様子は常時確認しているが、いまのところ何カ所か町に立ち寄り、食料や魔石を補給しているほかには、目立った動きはない。
「ダイジロウか。確かにあれは厄介だね。十二年前、ファミリスの魂を日本に送り返した張本人だし――それになにより、銃を武器に選ぶところはいただけないね。遠距離攻撃は許せても弓か魔法まで、それ以上はもう武器ではなく殺す道具でしかない」
カレーの後に出たラッシーを飲み、セトランスは布で口を拭った。
少々物足りないが、本来女神という存在は食事は全て嗜好品であるので、おかわりを求めるのもはしたないと思った。
これもまた修行と。
しかし、先輩思いのライブラはそれをすぐに見抜き、カレーライスのおかわりをよそった。
「あまっていますから、どうぞお召し上がりください」
「ああ、ありがとう。ライブラ」
セトランスは微笑み、ライブラのカレーライスを受け取る。
それを見ていたふたりもまた動いた。
「妾もおかわりじゃ!」
「私もおかわり」
トレールールとミネルヴァが空になった皿を出した。
「あなたたちの分はありません」
「ライブラ、皆で食べるほうが美味いぞ」
セトランスに言われたら、ライブラも引き下がらざるを得ない。
「仕方がありませんね」
と言って、ふたりのカレーライスのおかわりをよそった。
話が進まないことにコショマーレが嘆息をつくけれど、でも確かに現状、情報の断片しか集まっておらず、あれこれと憶測を立てることはできても動けないのが実情だ。なにより、この件に一番詳しいと思われるテトが参加していないのが辛い。
「トレールール。テトはなぜこないって言ったんだい?」
「積み本が溜まっているからじゃと言っておった」
「それなら仕方がないね」
コショマーレはため息をつく。
さすがにテトの邪魔をするわけにはいかない。
「ところで、トレールール。あの人間の少年が拠点帰還の魔法を使えるのは、あなたの仕業ですね」
「うむ。彼奴が望む展開を用意するために夢の中でちょちょいとな――妾の思った通りのなったわ」
「まったくあなたという人は――これに関してはあとで罰を与えないといけませんね」
「な、なんでじゃ!?」
トレールールが狼狽え、それを見たミネルヴァが彼女にそれを渡した。
「はい、らっきょう」
「いらぬわっ!」
結局、トレールールは今日の会議で使った食器を冷たい水で洗うという、本当に子供向けの罰を受けたのだった。




