旅の始まり
准男爵を拝命してからのことだが、俺たちをこの島まで運んだ密輸団員たちは全員捕縛されたそうだ。
罪の重い人間は死罪、他の連中も犯罪奴隷になる。
そのうち、パブロフに関しては俺と鈴木の歎願により、完全に無罪とはいかないまでも要観察扱いとなり、奴隷堕ちまではならないそうだ。
偽デスウォーリアー先生、本当は騎士の男――名前はネルソンというらしい――が無傷だったのも大きな要因だろうな。
パブロフがいなかったら、彼は死んでいたかもしれないんだから。
そのネルソンの証言で、俺が犯罪者ではないかと憶測が飛んだけれど、しっかり職見の水晶玉で俺が犯罪職でないことは証明できた。
あの時赤く光ったのはスキルによるトリックだと伝えたところ、すんなり信じて貰えた。
鈴木がステータス偽造で密輸団に入るというのはパウロ伯爵も聞いていたらしく、どうやらそのスキルを持っているのが俺だと思ったのだろう。
その日のうちに、俺は鈴木に別れを告げた。
ミリを追っている。
いまは一分一秒でも時間が惜しい。
「そうか、もう行くんだね。密輸団の褒賞は本当にいいの?」
密輸犯達を奴隷として売った額の半分。
そして、持っていたお宝は全て俺と鈴木のものとなる。
しかし、換金に時間がかかるということで、俺は受け取りを拒否した。
時間がかかりすぎるんだ。査定に一カ月必要だと言われた。
そんなに待っていられない。
待ったり細かい書類仕事は全部鈴木に丸投げ――ただし無料というわけではない。
「ああ。査定額の四割は冒険者ギルドでフロアランスにあるハルのギルド口座に振り込んでおいてくれ」
「わかったよ」
ハルは、冒険者ギルドに登録するときにお金を入れる口座を作っており、どの冒険者ギルドからも入金、振り込みは可能だ。
ただし、振り込みをするには決して安くない手数料がいるので、アイテムバッグを持っている俺はいままで使っていない。
出金するのも、別の町からだと時間がかかるから猶更だ。一応、冒険者ギルドには通信魔道具があるので、数カ月も待つということにはならないけど。
「船はどうするの?」
「そっちはいろいろと考えがある」
「そっか。もしよかったらワイバーンに乗っていかないか? って思ったんだけどね。一週間くらい待つことになるけど」
「悪いな、一緒に同行してお前の大切な三人に嫌な顔されたくないんだよ」
「そんなことはないと思うんだけど」
この爽やかイケメンめ。イケてるグループの中にイケてない男がひとり入る気持ちがわからんのか。
せめて、ハルたちがいたらダブルデート――女性の数が圧倒的に多いのでそう呼んでいいのかが不明だが――を楽しめるかもしれないが、さすがに男ひとりで別の男のハーレムに混ざるつもりはない。
それに、鈴木には見せられないものが多すぎるんだ。
え? 鈴木が隠していた薄い本?
ネルソンに見つかっていたよ。
ネルソンと鈴木との間にどんな交渉があったかは知らないが、ネルソンの家の家宝になるってよ。
んなもん子孫に残すんじゃねぇよ。
※※※
デイジマの港町で、早速准男爵の権力を利用し、俺は漁師と交渉――近くの無人島にまで送ってもらうことができた。
勿論、十分な謝礼は渡している。パウロ伯爵から聖銀貨10枚、1000万センスも貰ったからな。あ、聖銀貨は普通のお店では使えないどころか、各ギルドで両替するときでも贋作鑑定のスキル持ちによる検査が必要のため非常に使うのが困難だと鈴木に教わり、全て金貨に両替してもらった。
金貨1000枚というのはなかなかに壮観で、金持ちになったと実感できるものだった。勿論、金貨もそのままでは使いにくいので、さらに金貨二枚を銀貨に両替してもらっている。
とまぁ、そういうわけで俺には金の余裕があるので、僅か二時間の航海にもかかわらず、俺を運んでくれた漁師さんに金貨……はやはり渡しすぎなので銀貨30枚を支払った。
「ありがとうございます、准男爵様。それでお迎えはいつにいたしましょう?」
「大丈夫ですよ。帰りたくなったら拠点帰還の魔法で帰るんで」
「おぉ、さすがは貴族様です。空間魔法を使えるのですね。それでは、またなにかあったらご利用ください」
漁師のおっさんはそう言って頭を下げて帰って行った。
貴族でも空間魔法の使い手でもないんだが、そこを訂正するつもりはない。
そして、無人島にひとり残された俺は、マイワールドに戻った。
「マスター、お待ちしておりました」
ピオニアが早速出迎える。
彼女はいつもだいたい俺がマイワールドに入ると待ち構えている。
いったい、なんで俺が来る時間がわかるのだろうか?
「ピオニア、例のものはできているか?」
「肯定します。準備できています」
ピオニアがそう言って俺を造船所に案内する。
そこにできていたのは、以前海賊にあげたものよりも小型の帆船だった。
しかし、俺の言った準備とは、この船のことではない。
「しっかり叩きこんでくれたか?」
「肯定します。彼女には航海術をしっかり叩きこみました。問題ありません」
とピオニアは甲板を見上げた。
そこには、麦わら帽子を被った少女がひとり。
「海賊王に私はなるデス!」
そんなことを言うバカ――もといシーナ三号が麦わら帽子を被ってそこにいた。
彼女が手に持っている漫画『ニャーピース』の影響を受けたみたいだな。
海賊でもないのに海賊王もなにもないだろう。
「……シーナ三号、以前にもましてバカになっているような気がするんだけど、本当に大丈夫か?」
「肯定します。技術は保証します」
「そうか……大丈夫か」
ピオニアが大丈夫だというのなら大丈夫なのだろうが。
漫画の台詞を言うってことは、日本語を理解できているということでかなり凄いんだけど。
それでも、これからの船旅、全部こいつに任せると思うと若干不安になってくるな。




