准男爵になっても辞められないようです
いやいやいやいやいやいや。
待て待て待て待て待て待て。
准男爵? 貴族?
いきなり話が突拍子無さすぎてついていけないんだが。
無職の俺がいきなり貴族って、それはさすがになんでも。
そうだ、そもそも俺は貴族になるわけにはいかないじゃないか。何故なら、俺は第一職業を変更するわけにはいかない。
無職から他の職業に変わった場合、再び無職に戻る事はできないのだから。
それに、貴族となるといろいろと制限がつく。たとえば、戦争が起これば参戦しないわけにはいかない。
盗賊や山賊を殺したことですらいまだに夢に見るチキンな俺が、戦争で人を殺せるわけがない……という精神的な弱みを持つが、なまじっかステータスだけは強いせいで、戦争に出てしまえばそれこそ数百、数千、下手したら数万の人を殺しかねない。
そんなのはいやだ。
この話は丁重にお断りしよう。
苦渋の決断ではあるが、致し方ない。
「あの……その話は丁重に――」
「准男爵になれば、封鎖されているゲノッパの港町にも行く事ができるだろう。それに、本来、爵位を持つものは主家、この場合は私の命令があれば参上しなくてはいけない義務もあるが、それも免除しよう。この島の恩人である君への最大の感謝の気持ちだ」
いきなり譲歩来たっ!?
パウロ伯爵の言ったことに俺は顔には出さないが仰天する。
くっ、これで戦争がイヤだから断るという話ではなくなった。
しかも、ゲノッパの港町に行く事ができる……ミリを助け出すためという名目もできた。
かなり追い詰められてきた。
これ、もうダメなんじゃないか?
俺が悩んでいると、鈴木が言った。
「楠君、もしかして職業が変わってステータスが下がる事を懸念しているのかもしれないけど、准男爵は貴族じゃなくて貴族に準じる……つまり、準貴族という扱いだから、職業は変わらないよ?」
「え? そうなのか?」
そう言えば、貴族にできるのは王族か教皇だけだって言っていたな。
俺としたことが早とちりだったようだ。
「うん、市民の間では混同されちゃうけどね。それに、昨日も言ったけれど、楠君の天恵、あれは教会本部に知られたら間違いなく貴族に召し抱えられてしまうけど、ここでパウロ伯爵の配下である准男爵になっておけば、断る口実はできるよね?」
とすれば、何の問題もないんじゃないか?
もう断る理由がなくなった。
「どうするかね、イチノジョー殿」
「謹んで拝命いたします」
俺はそう言ってその場に跪いた。
パウロ伯爵は満足そうに頷く。
「それでは爵位を授ける。順序に倣い、まずは騎士爵から授けよう。“叙爵:イチノジョー”」
「…………」
え? もう終わり?
何も起きないんだけど。
そう思ったら、
「ん? 失敗したようだな」
まさかの失敗だった。
失敗とかあるのか?
「其方の名前はイチノジョーではないのか?」
「イチノジョウでございます」
「おお、そうか。済まない、それでは――」
とパウロ伯爵は再度、儀式――というほど大仰なものではないけど――をした。
「“叙爵:イチノジョウ”」
と言った直後だった。
【称号:騎士爵を取得した】
【称号:準貴族を取得した】
【職業:騎士が解放された】
おっと、思わぬところでカッコいい職業が解放された。
これをレベル50にして、かつ貴族になれば聖騎士になれるのか。
まぁ、貴族にはならないけれど、しかし求職スキルで貴族に一日だけでもなることができたら、そこから聖騎士が解放されるかもしれないな。
一日貴族って変な感じだけど。
「続いて、“昇爵:イチノジョウ”」
パウロ伯爵が再度言った。
すると、
【称号:准男爵を取得した】
と今度は称号だけだが取得できた。
「これにて儀式は終了する。准男爵であるイチノジョウ殿の身分は、これより我が伯爵領が保証する。また、準貴族は様々な特権が享受できる事となる。スズキ卿が認めるイチノジョウ殿なら間違った使い方をしないと信じているぞ」
パウロ伯爵はそう言って、俺に准男爵の証であるブローチと、そして鈴木から話を聞いて用意していたらしい、ゲノッパの港町があるユーティングス侯爵領の領主に当てた書状を渡してくれた。
俺の身分って鈴木ありきなのか。
でも、ありがたい。
これでゲノッパに移動することができる。
船は、ピオニアが造っていた船がまだ残っているはずだし、それで移動できるだろう。
一応、次回からは八巻該当部分に突入できます。
現在発売中の七巻ではこのデイジマを舞台にミリとともにいろいろと事件を解決したり、ジョフレとエリーズがケンタウロスに乗って暴れたり、魔族が暗躍したりといろいろしていますが、それはまた別の話ということで。




