いざ大海原へ
全員が何も言わずに船に乗るので、俺たちも船に乗った。
船の上には大量の肉が置かれていて、パブロフがひとりでそれを食べていた。
さっきまで除け者扱いされていたのに、なんでひとりだけ食事をしているんだ?
さらに気になることもある。
地下に船があることも異常だったが、そこに水がないことに驚いた。
マイワールドでピオニアが船を造っていた時のようなものだ。
でも、ピオニアの場合は俺の魔法で外に出す術があったから……ん?
「もしかして、転移魔法で船を海に出すのか?」
「おぉっ! さすがは大先生、よくおわかりになりましたね。その通りです」
リーダーの男が大袈裟に俺を褒め称える。
まぁ、それしか考えつかなかっただけなんだけど。
さすがにこの世界で船を持ち上げるエレベータはないだろう。
「俺の知り合いにも転移を使える奴がいるんでな」
適当に言葉を濁して俺が言った。
それを聞いて鈴木が首を傾げる。
「でも、僕の知る限り、転移魔法は距離と質量によって消費するMPが増えるから、船のような巨大な物は転移できなかったはずだけど」
「その通りです、スズキ先生。ですが、それを可能にできる男がいるんです――それがあっちで飯を食べてるパブロフです」
パブロフが?
「ええ、パブロフはニ十歳の時、貯蓄家という職業になり、《魔力貯蓄》というユニークスキルが発現しました」
「魔力貯蓄?」
「ええ。全ての人間はMPを持っています。魔法やスキルを使えばMPが減り、その後は自然に回復していきますが、最大MPを超えて回復することはありません。しかし、魔力貯蓄の持ち主は、MPが最大値の時、回復時のMPの三パーセントを最大MPの百倍まで貯蓄することができる――つまり、パブロフのMPは普通の人間の百倍の魔力があると言っても過言ではありません」
「百倍……凄いな。そんなスキルがあったのか」
魔法使いなら絶対に欲しいスキルだ。
俺が持っていたら、レヴィアタンに対して連続でブースト太古の浄化炎を使う事もできただろうに。
「勿論、欠点もありますよ。MPを十倍くらいまで貯蓄すれば、魔力過多――魔力欠乏の反対の状態になり、二十倍のMPを貯めた頃には脳に障がいが現れ、五十倍のMPを貯めた時には身体機能にも様々な影響が現れます。しかも、この魔力貯蓄は職業を平民に戻しても作用し続けるという非常に危険なものでしてね」
「……パブロフはもしかして――」
「ええ、彼は現在、彼の最高値の六十倍以上のMPを持っています。それだけあれば、船ごと転移魔法で海に転移することも可能です」
そうだろうか?
パブロフってただの平民、しかもレベルは8。
MPはそんなに高くはないはずだ。60倍のMPを持っていたとしても、船ごと転移できるだろうか?
ミリは俺とふたりですらそれほど遠くに転移できないと言っていたのに。
「パブロフは魔術師なのですか?」
「いいえ、ただの平民です。本当は経験値薬を飲ませて見習い魔術師に転職させれば楽になるのですが、見習い魔術師に転職した人間は魔術師登録されて憲兵の目が厳しくなりますからね」
へぇ、普通に見習い魔術師に転職したらそんな欠点があるのか。
俺は正規の方法で転職してこなかったからわからなかった。
「なので、魔力増強薬を飲ませてるんですよ――それを飲めば最大MPが増えます。まぁ、粗悪品なので、副作用はいろいろあるみたいですけどね」
こいつ、そんな危険な薬を飲ませてやがったのか。
なんてやつだ。
「いま、私のことを悪人だと思いましたか? しかし、パブロフにとって私は恩人なのですよ。私が彼を見つけた時、彼は奴隷商に捨てられるところでした。百倍のMPを溜め込んだ状態で、歩くことすらできなかったからです。当然ですよね? 平民の彼にとって、MPを消費する手段がなかったんですから。私が手練手管を駆使し、《転移》の魔法が使えるようになる魔法石を手に入れて彼に使わせなければ、彼はMPを消費する手段もなく、死んでいたでしょうね」
それについては否定できない。
確かに、この男の言っていたことが全て事実だとしたら、彼はまともに生きることもできずに死んでいただろう。
「これでも私は彼のことを丁重に扱っているつもりですよ? なにしろ彼は替えの利かない人間ですから。だから、転移魔法を使う前に、空腹でいたらいけないとこうして彼に最高の食事を与えているのです」
「……確かに、拙者が食べていた食事と同様美味そうでござる」
そう言ったのは――デストロイヤー大先生だった。クビにはなっていないようだ。
なんでも、彼の契約料金を先渡しにしてしまったらしく、ここでクビにしても勿体ないかららしい。
にしても、この大先生、一人称が拙者で語尾がござるなのか。
どこの時代の人間だよ……いや、俺の翻訳機能がおかしいのか?
鈴木もデストロイヤー大先生の言葉を聞いて苦笑していたので、俺だけではなさそうだけど。
「それでは、イチノジョー大先生とスズキ先生。間もなく出港いたします。人によっては転移酔いを起こすこともありますので、転移が終わるまでは食事をお控えください」
……パブロフは食事をしていても大丈夫なのか?
まぁ、運転手が一番車酔いしにくいって話もあるから大丈夫なんだろうな。
その後、密輸団たちが船の整備を終え、五分後。
なんの説明もなく俺たちが乗っている船は大海原のど真ん中にいた。
ただし、目の前に――
「イカ?」
「タコじゃないかな?」
俺と鈴木がそれを見て首をかしげる中、船員たちがその巨大イカ? タコ? を指差した。
「「「「ク……ク…………クラーケンだぁぁぁぁぁっ!」」」」
船首の先にいるクラーケンを見て、密輸団員たちが逃げ出した。
ひとりが船から飛び降りて逃げ出した(陸がうっすら見えているが泳いで行けるとは思えないので無我夢中だったのだろう)が、一瞬にしてクラーケンに巻き付かれてしまう。
「クラーケンならタコだな」
キャロから聞いたことがあるから覚えている。
「そうだね、どうする?」
「当然、船を沈められたら困るからな――今夜はタコ焼きパーティだ!」
俺はそう言って剣を抜いた。
この世界ではクラーケンはタコです。




