潜入の下準備
ハルたちを屋敷に残し、俺と鈴木のふたりはこっそり町の郊外にある安宿に向かった。
鈴木は漫画を読みながら歩くという日本ならマナー違反な動きをしていたが、それを注意する者は誰もいない。
そこで俺を待っていたのは見知った顔だった。
「……お久しぶりです、甲斐性無しさん」
「甲斐性無しっ!?」
いきなり辛辣な言葉が俺にぶつけられた。
しかもそんな言葉を言ってきたのが、ロリっ子だというのだから尚更だ。
彼女はシュレイル――鈴木の奴隷――というより仲間の呪術師だ。
「シュレイル、俺は甲斐性無しなんかじゃないよ」
「……シュレイルの誤解?」
シュレイルは俺の目を見ず、抱きしめている熊みたいなぬいぐるみの頬を引っ張りながらそう言ってくれた。
「甲斐性無しは訂正する」
「わかってくれてうれしいよ」
「じゃあ、無職は辞めたの?」
「辞めたというより、無職の新たな高みに挑戦しているというところかな」
無職はレベル100に到達し、一度は限界に達した。ただ、ミリの突破薬のおかげでいまではその上限も一度消え、新たなステージに踏み出した。
「そうですか……訂正を訂正します」
「訂正を訂正されたっ!?」
どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
「いや、待て。働いていた。最近は……そうだ、海賊として仕事を――」
「……コー兄ちゃん、今すぐ通報する?」
待ってくれ、通報ってなんだ、通報って
って、あぁ、そうか。海賊って普通に犯罪者だもんな。でも、これについては鈴木にしっかり説明しているから――
「ん? あぁ、うん。それでいいと思うよ」
「鈴木いぃぃぃぃぃっ!」
こいつ、俺が渡したニャーピースを読んでいて完全に上の空だっただろっ!
生返事だっただろっ!
その後、本当に通報されそうになったり、鈴木が急に漫画を読んで号泣しだしたりして大変だった。
※※※
なんとか俺の無実を証明してくれた鈴木は俺に漫画を返しながら、
「いやぁ、ごめんごめん。ジャンカスの台詞が感動的過ぎて」
「それは否定しないが――えっと、どこまで話したっけ?」
シュレイルと同じように鈴木の仲間である女性――キャンシーとマイルは別行動をしており、シュレイルは連絡役としてここに残っているらしい。それはわかったが、なんで俺をここに案内したんだ?
「密輸団の仲間になるんだ。ある程度は細工をする必要があるからね」
「細工?」
「職業を変える。奴らの仲間に見えるような職業にね」
「――!?」
もしかして、転職ってことか?
それはマズイ。無職は別の職業に就いたらもう元の職業に――
(って、俺は何を考えてるんだ)
無職であり続けて新たなチートスキルを手に入れるよりも、いまはミリを一刻も早く助ける方が大事に決まってるじゃないか。
「わかった――なんにでもなってやる。ん?」
待て、それでなんでシュレイルなんだ?
職業を変えるだけなら神官のところに行けば十分だ。
そうか、俺はただ職業を変更するわけじゃない。というより、職業を変更しても密輸団はそれをどうやって調べる?
職業を調べることができるのは俺が持つ無職スキル『職業鑑定』だけで、そのスキルを他に持っている者はいないはずだ。その他は、町に入る時に職業を調べることができるが、その時に調べることができるのは、貴族と王族、そして犯罪者。行商人への転職なら神官の出番だし、貴族や王族に転職できるわけない。
となると、犯罪者?
ここで、俺の中で点と点が一本の線で繋がった。
ロリ少女――そして犯罪。
「お前、俺にこのいたいけな少女を襲えっていうのかっ!」
「そんなわけないだろっ!」
鈴木が即座に否定した。
だよな、そんなことを言うのなら、俺は鈴木の奴をぶん殴っていた。
結果的にシュレイルに嫌われるだろうが、しかしやはり許せないと思う。
「襲うなら僕が襲ってるよっ!」
「――それ、大きな声で言うなよ。で、どうするんだ?」
「楠君、君はステータス偽造っていうスキルを知っているかい?」
「ん? あぁ。最近聞いたばかりだが」
ミリが持っていたスキルだ。
ステータスを偽造し、他人から見えるステータスを偽造してしまう。
そんなスキルだったはずだ。
ミリはそれを使って、自分が魔王であることを隠していた。また、その効果は仲間にまで効果を発揮する。
「もしかして、そのスキルをシュレイルが?」
「そう――しかも彼女はステータス偽造Ⅲのスキルを生まれながらに持つ一族なんだよ」
「ステータス偽造Ⅲ? それってどんな効果があるんだ?」
「そうだね、詳しく説明すると、ステータス偽造は本来パーティメンバーのステータスしか変更できない。でも、ステータス偽造Ⅱは自分やパーティメンバー以外のステータスも偽造できるようになる。ただし、術者と一定の距離以内にいないといけない。少なくとも十メートル以内にはスキルを使った術者がいないとステータス偽造は解けてしまうんだ」
「……それで、ステータス偽造Ⅲは……」
いくら離れていてもステータスが偽造できるってことか?
たとえば、全ての王族貴族の職業を平民に変えれば、それだけで世界はパニックになる。
もしかして、シュレイルの村が襲われた理由って、シュレイルのそのスキルが理由なんじゃないか?
「そう、楠君の思った通りだよ。一度ステータスを偽造した後、離れていても二十四時間以内ならステータス偽造は解除されなくなる」
――思ったよりもしょぼかった。
いや、でもまぁ、便利と言えば便利か。特に今回のような潜入捜査なら。
「つまり、シュレイルのスキルを使って、俺の職業を盗賊に偽造すれば、密輸をしている一味のところに潜入できるってわけか」
「その通りだよ。ただ、パーティメンバー以外のステータス偽造は一度にひとりまでしかできない。ハルワタートさんたちは奴隷だからバレないとは思うけど、人数が多いと相手も警戒するだろうし」
「つまり潜入は俺と鈴木のふたりでするってことか?」
「うん、本当は僕ひとりで行くつもりだったんだけどね――ところで楠君。ひとつだけ聞いていいかな?」
「何をだ?」
「どうしてそこまで南大陸に行く事にこだわるんだい? 時間をかければ普通に交易船が出るのに――」
「あぁ、それか。どこから説明したらいいのかわからないが、妹が連れていかれてな」
「義妹が連れていかれた? 君、結婚したのかい?」
鈴木が不思議そうに尋ねた。
義理の妹じゃない、本物の妹だ――って、あぁ、そうか。
本来、この世界に妹がいるなんてありえないもんな。
「そうじゃない。あいつは、俺を追ってこっちの世界にきやがったんだ」
「それは――本当なのかい?」
「残念ながらな」
鈴木も知っているのだろう。日本人がこの世界に来るということは、一度向こうの世界で死ぬってことだ。
自分の意思でこっちに来るってことは、つまりは自殺をしたっていうことになる。
信じられないのも無理はないだろう。
「でも、それでもあいつは俺を追ってここまで来た。だから今度は俺が追わないといけないんだ」
「わかったよ。でも、それなら攫った相手を指名手配した方がいいと思うけど」
「それがそうもいかない。証拠もないし、相手はこの世界じゃ大物だ。それに、妹を攫った相手なのはわかっているが、俺はあの人のことをまだどこかで信じているんだと思う」
「大物って――それは誰か聞いていいのかい?」
「ダイジロウさんだよ――俺たちにこのアイテムバッグを託してくれたあの女の人だ」
「ダイジロウさん……そんな……」
鈴木は信じられないと言った様子で言った。
「ダイジロウさんが女の人だったなんてっ!?」
驚くところそこなのかっ!?
いや、俺も驚いたけれどな。




