プロローグ
すみません、ちょっと閑話が間に合わなかったので、先に書きためしていた新章のプロローグ部分を書きます。
乗っていた駱駝が泡を吹いて倒れた。
やはり、先ほど射られた矢に毒が塗られていたらしい。使いものにならなくなった駱駝はその場に捨て置き、彼女は荷物を肩に背負うと歩き始めた。
「待っていてください、父上。私――シュメイは役目を成し遂げるために必ず生きのびます」
彼女――シュメイは決意を込めてそう言うと、奥歯を噛み締め、一歩、また一歩と歩を進める。
夏に入ったばかりとはいえ、砂漠の気温はもう四十度に達している。息をするたびに体内に熱が入り込んできた。汗が目に入るが、彼女はその汗を拭うこともなく真っ直ぐ進む。
水袋の中身はもうほとんど残っていない。
近くのオアシスまで約十キロの道を踏破するには、ここで水を飲むわけにはいかない。
夜になると魔物が塒から顔を出し、砂の大地を跋扈する。そこは普通の人間が出歩く場所ではない。そのため、夜が来るまでに安全な場所を探す時間も考えると、休憩する時間もない。
彼女にできるのは、ただ歩き続けることだけだった。
しかし、それすら彼女には許されなくなってしまいそうだ。
振り返ると、砂煙が上がっていたのだ。
デザートランナー――砂の上を走る爬虫類型の魔物が近付いている。
デザートランナーは百年以上前まで野生の魔物として砂漠を荒らし回っていて、当時は砂漠のギャングと恐れられた魔物だけれども、近年は野生のデザートランナーは絶滅し、いまでは駱駝と並び砂漠を進むための騎獣として使われている。
ただ、助けがきた――なんて思うほど、彼女は楽観的ではなかった。
ここは主要な交易路からは外れており、しかもこのあたりには盗賊団″砂の蠍″の活動が目立つと聞く。おそらくあれは――
「ヒャッハー、可愛子ちゃんがひとりでなにしてるんだい」
「お頭、いい女ですぜい。奴隷商に高く売れるんじゃないですかい?」
「馬鹿野郎、まずは俺が味見をするに決まってるだろっ!」
「さすがお頭! ゲスっすねぇっ!」
そう言って盗賊と思われる男たちはデザートランナーを操り、彼女の前に回り込んだ。
「と、通してください。お願いです。お金なら差し上げますから」
彼女はそう言って、荷物にあった貨幣の入っている袋を差し出す。
「おぉ、金か。金もいいな。もらっておいてやるぜ」
盗賊の頭と呼ばれた男はほくほく顔で貨幣の入っている袋を受け取る。
しかし――
「金だけじゃねぇ。荷物も全部素直に差し出したら痛い目を見ないで済むぜ」
盗賊の頭は直後にシュメイの手首を掴んだ。
「離してくださいっ! お願いしますっ!」
「ああ、離してやるぜっ! これを着けたらな」
盗賊の頭は首輪を取り出す。
それは『隷属の首輪』という名の、人を奴隷に堕とすための道具であり、それを着けられて主人の登録をされたら、シュメイはその主人の言葉に逆らえなくなってしまう。
「ダ、ダメです。そんなものを着けられたら――」
「こら、暴れるなっ! すぐに済むからな、へへへ」
シュメイは抵抗するも下種な表情を浮かべる盗賊の頭との力の差がそれを許さない。
(このままでは――)
もうダメ――そう絶望したその時だった。
「あのぉ、お取込み中すみません」
……え?
気の抜けた声にシュメイだけでなく男たちも一瞬力が抜けてしまった。
シュメイはその隙に盗賊の頭の手を振り払うも、その勢いとこれまでの疲労のせいで、その場に尻餅をついてしまう
シュメイたちに声をかけたのは、武器も持たない二十歳くらいの黒い髪の男性だった。彼もまた盗賊たちと同様デザートランナーに乗っているが、いったいいつの間に現れたのだろうか?
「一応わかってはいるんですけど、盗賊三人が罪もない女の子を無理矢理奴隷にしようとしている――っていう場面で合っていますよね」
どうやら彼は盗賊ではないようだとシュメイは思った。
シュメイは彼に助けを求めようと思ったが、咄嗟に思い直した。よく見ると、彼は武器となる物をなにも持っていなかったから。
「お逃げください!」
シュメイがそう叫ぶが、盗賊の頭は前に出て武器を構える。
「だったらなんだっていうんだ? おぉ、兄ちゃん」
「隷属の首輪って、奴隷商にしか扱えないって思っていたんだけど、そっちの男が奴隷商なんですね」
盗賊の頭の横にいる男はそう言われ、明らかに狼狽えていた。
図星のようだ。
「な、なぜそれをてめぇが知っていやがる」
「いや、それを話すより、俺、魔物に追われていまして迷惑をかけてしまうかもしれないなと思っていたんですけど……」
「魔物に?」
盗賊の頭が怪訝に思った、そのときだった。
大地が呑み込まれ、そこから巨大な魔物が出てきた。
「そ……そんな――サンドワームっ!?」
砂漠の魔物の主と呼ばれる、全てを呑み込むと言われるサンドワーム。
巨大なミミズのような姿をしていて、彼のものが通った場所には草一本残らないと言われている魔物が何故こんな場所にいるのか、シュメイにはわからない。
「――逃げろぉぉぉぉっ!」
盗賊たちは一目散に、サンドワームが現れたのとは反対の方向に逃げ出した。
「おい、待てっ! そっちはっ!」
男がそう叫んだときだった。
砂柱が上がった。
二匹目のサンドワームが現れて、盗賊たちが一瞬にして呑み込まれてしまった。
一匹だけでも死を覚悟しなくてはいけないのに、二匹目のサンドワームが現れるとは。
「やれやれ、だからそっちに行くなって言おうとしたのに――えっと、君はこの辺りの人かな?」
そんな絶望しかないその光景に、男は面倒そうに頭を掻いた。
ひとりだけまったく違う景色を見ている――そんな雰囲気を漂わせている。
そう思ったところで、シュメイは男に質問されていたことに気付いた。
「え? はい――そうですけど」
「サンドワームって、この辺りの大地の守り神とかそういう話はあったりする? フェルイトじゃイトミミズっていう似たような魔物が、大地に恵みを与える大切な魔物だったりするんだけど」
「いいえ、そういう話はありません」
「そっか――じゃあ殺しても問題ないな」
彼がそう言った直後のことだった。
シュメイは、きっとこれは夢なのだと思った。
なぜなら、次の瞬間、二匹のサンドワームは一瞬にして凍てつく氷の中に閉じ込められてしまったのだから。
突如、シュメイの意識が揺らぐ。
もう彼女の疲労は限界だった。
夢でもいい、彼女はそう思い、朦朧とする意識の中、鞄から手紙を出した。
「……どこのどなたか存じ上げませんが――お願いです。この手紙を――ハイドル侯爵の元へ――届けてください」
男が手紙を受け取ると、安心したのか、シュメイはゆっくりと目を閉じた。
「お願いします――このままでは魔王が――魔王が」
※※※
いや、ハイドル侯爵って誰だよ。
という質問をする前に、名前も知らない、アラビアンナイトの世界から抜け出してきたような衣装の金色の髪の少女は倒れてしまった。
まだ砂漠越え初日だっていうのに、なんでこんなことになったんだ?
俺はそうため息をついて、そもそもの原因を考える。
悪いのは誰だ? と思ったところ、一番の原因はやっぱりトレールール様だよな。
はぁ。本当なら、いま頃はゲノッパの港町で情報収集をしながらのんびりしているはずなのに。
本当に、どうしてこうなったんだ?
「なぁ、ハル、キャロ、真里菜。お前らと一緒に旅をしていた頃が懐かしいよ」
俺はそう愚痴をこぼし、彼女たちと別れたあの日のことを思い出した。




