囚われのミリ
ミリが目を覚ました場所は、どこかの船室のようだった。小窓があり、窓の外を見ると既に夜になっているらしい。
下を覗くと、ここが空の上だということがわかり、月明かりに照らされた灰色の雲がゆっくりと通り過ぎていく。
「……プチダーク」
と魔法を唱えたが、魔法が発動しない。
そこでミリは自分の腕の違和感の正体に気付いた。
手首にはまっている白色の腕輪。それはミリが――否、ファミリス・ラリテイがかつて作った腕輪であり、その効果は魔力を封じるという単純なものだった。魔法が使える囚人を閉じ込めるために五百年程前に作ったのだが、その後すぐに隷属の首輪が発明され、結局、世の中に広まることはなく、魔王城の奥深くにしまっておいたものだ。
どうやら、ファミリスが倒されてからダイジロウが持ち出したらしい。
「……ねぇ、そこにいるんでしょ? いい加減に入ってきたら?」
ミリは鍵のかかっている扉に向かってそう言い放つ。
すると、鍵が開き、まるでピーターパンのフック船長のような服を着た茶髪の女が現れた。
「随分大きくなったわね、チビダイジロウ」
「そっちこそ小さくなったわね、ファミリス・ラリテイ」
ダイジロウはそう言って笑うと、急にニッと笑い、
「で、どうだった! 日本の生活は! ねぇ、東京タワーの倍くらい高い電波塔ができたって本当なのっ!?」
「あぁ、うるさいわね。黙ってないとその口を縫い合わせるわよ」
十三年前と変わらないそのノリに、ミリは頭を抱えた。
かつてファミリスと、勇者アレッシオは幾度となく戦いを繰り広げた。
その途中で、ファミリスはアレッシオの冒険を何度も助けるダイジロウの存在を知り、略取したこともあった。
そこで、ダイジロウはファミリスが元日本人であり、しかもかぐや姫のモデルになった人間だということを知り、一気に親しみを持つようになった。
ちなみに、その時にファミリスが聞いた話だが、ダイジロウの両親は、ダイジロウが生まれる前に男の子、女の子どちらの名前も考えた。その時の男の子用の名前がダイジロウであり、使われなかったその名前は忌み名として残ったんだという。そして、この世界に転移した彼女の名前がその忌み名であるダイジロウとしてこちらの世界での正式な名前になったのだとか。
「ダイジロウ……待ってくれてありがとうね」
「お別れは言えたの?」
「言うつもりはなかったから。絶対におにいは反対するもの。そもそも、私がこっちに来たのはおにいのためじゃなくて私のためだし」
「……素直じゃなくなったわね、ファミリスは。素直に言えばいいじゃない。大好きなお兄ちゃんが一生過ごすこの世界を残すためにやってきたんだって。でも、本当に笑い草よね。魔王が世界を守るために死のうって言うんだから。教会全部出し抜いて、大好きなお兄ちゃんに黙って――」
「それ以上言ったら殺すわよ」
「ふふ、私を殺せるの?」
ダイジロウがそう尋ねたら、ミリの腕輪から火花が散った。
「こんな中古の道具で私の魔力を封じられると思ったの?」
次の瞬間、腕輪は煙を上げて外れた。
この腕輪は一定以上の魔力を込めることでオーバーヒートを起こして壊れてしまう……はずだった。
「……え?」
腕輪が壊れた。だが、その腕輪の下にもう一つの腕輪があり、それがミリの手首の部分に残っている。
「私が魔道技師だってこと忘れたの? そんな欠陥、とっくに改良済みだ」
ダイジロウが自慢げに言った。
「やるわね、ピンキー」
「ピンキーって言うな。私の名はダイジロウだ」
「あら? 私は好きよ。一に鍵って書いて、ピンキーって名前。絶対に誰も読めないと思うけど」
佐藤一鍵がダイジロウの本名だ。
その名前が嫌で嫌で、平凡な名前に憧れていた。
だから、この世界に来てダイジロウという名前になってとてもうれしかったそうだ。それが男の名前であっても気にならないほどに。
「それで、私がこっちに来ていることは誰が知ってるの?」
「あなたのお兄さんたちと女神を除けば、たぶんアレッシオたちと教皇は気付いているな。それと、現魔王たちも」
「現魔王? あぁ、そんなのがいるらしいわね。なんかヴァルフとかって雑魚なら倒しておいたけど」
「誰それ」
「部下らしいわよ。なんかいろいろと画策していたみたいだけど。昔は私の部下だったらしいんだけど、あまり覚えてないのよね」
「部下の管理くらいはきっちりしな」
とダイジロウが言った時、巨大な爆音が響き渡った。
いったい何が起きたんだと思っていると、
「大変だ、エリーズ! 鍋が爆発したぞっ!」
「大変だね、ジョフレっ! 大爆発だねっ!」
「これはポップコーンを作る大チャンスだっ! エリーズはポップコーンを知っているか?」
「うん、乾燥したトウモロコシを火にかけると爆発するんだよねっ! そういえば、飛空艇内牧場の豚の飼料も乾燥したトウモロコシだったよっ!」
「それだ、エリーズっ! 早速燃える鍋を使ってポップコーンを作るぞっ!」
というバカな声が聞こえてきた。
「部下の管理くらいきっちりしなさいよ」
「……ああ、もう。人手不足だからってあんなの連れてくるんじゃなかったっ!」
ダイジロウはそう言うと、部屋を出ていった。当然、鍵をかけて。
そして、ミリは窓の外を見て小さく息を漏らす。
「鍵なんてかけなくても、こんな腕輪なんてなくても逃げやしないのに」




