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空間を突き破りし船

「本当に、ファミリス様……なのですか?」

 痛みに耐えながら、ハルワタートはミリにそう尋ねた。

「ええ、前世はね。なんなら、ハルワと私しか知らないことをもっと言いましょうか? 庭にハイロ実の種を植えたわよね。でも、カラスが次の日に掘り返しちゃってあなた泣いてたわよね」

「……本当に、ファミリス様……なんですね。なんで……こんなことを……」

「そんなの、私からおにいを奪ったあなたたちを痛い目に合わせるために決まってるでしょ」

 ミリはそう言って笑った。

「私ね、おにいのことが大好きなの。おにいのことが大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで……そんな私からおにいを奪ったのよ、ハルワたちは」

「違いますっ! ご主人様は何かあるごとにミリさんのことを気にかけていましたっ!」

「そうでしょうね。でも、逆にだからこそそれが辛いのよ。私はおにいの横に立つことができないの。どれだけお金を稼いでも、どれだけ不良を倒しても、どれだけ一人前に振る舞っても、おにいにとって私は守るべき妹なのよ。何をしても、どんなに頑張っても――わからないわよね。おにいに守ってもらう立場に甘えることしかできない私と違って、あなたたちはおにいに守られる立場を選んだんだから」

 ミリの目には怒りというどす黒い闇のオーラが浮かんでいる。

「違います――私はご主人様を守るために、ご主人様との絆のためにこの首輪を――」

「それって、おにいのことを信用していないだけなんじゃないの? 奴隷じゃなかったらおにいに捨てられるんじゃないかって。一緒にいられないんじゃないかって。本当に横に立ちたかったら、おにいを守りたいのならハルワはとっくに奴隷の立場を捨てるべきよね」

「それは――」

 それは、ハルワタートが背け続けてきた事実だから。

 ハルワは不安だった。成長し続けるイチノジョウに、自分の力はどこまで必要なのか?

 戦いしか能がない自分にとって、今の自分は不要なものなのではないかと思っていた。

 だが、今は違う。

「私は、ご主人様の横に立ちたい。ご主人様を守りたい。そのためにここに来たのですっ!」

 イチノジョウが突然転移陣の向こうに消えてしまったとき、ハルワタートは悔やんだ。

 一緒にいながらにしてイチノジョウを守れなかった自分の存在が。

 あの時の後悔を二度としたくない。

「口だけだと何とでも言えるわよっ! 実際に私がファミリス・ラリテイだと知って何もできないあなたにおにいを守ることなんて――」

「いいえ、守ります――絶対に」

 ハルワタートはそう言って牙を剥くと、自分の肩に刺さる闇の剣に爪を立てた。

「私に牙を剥くつもり? 魔王であった私に。私への忠誠は嘘だったの?」

「ファミリス様への忠誠は本物でした。あなたのためになら死んでもいいと思っていました」

「そう、ならば私のために死になさいっ!」

 ミリは魔法でもう一本の闇の剣を作り出し、トドメとばかりにハルの心臓にその剣を投げようとした。

 その時だった。


 一本の風の矢がミリの作り出した闇の剣に突き刺さり、闇の剣とともに砕け散った。

 マリーナが暴れるフェンリルの背から振り落とされないようにバランスを取りながら風の弓で矢を放った。しかも、その距離は優に三百メートルはある。そんな離れた場所から、しかも揺れるフェンリルの背の上で闇の剣を撃ち抜く矢を放つなど、大道芸を極めたマリーナにしかできない妙技である。

「イチノジョウの妹君よっ、ハルを舐めてもらっては困るな。そして――」

 ミリがマリーナに気を取られたせいで、後ろから近づいてくる蹄の音に反応が遅れた。

 逃げたはずのキャロがフユンを操り、ミリに対して体当たりをしたのだ。

「ハルさん、大丈夫ですかっ!?」

「ありがとうございます、キャロ」

 ハルワタートは起き上がり、自らの肩に刺さった闇の剣を抜くと、その手に持った。

 肩から溢れ出る血が獣の血のスキルに反応し、赤く光る。


 そして、次の瞬間、立場は逆転していた。

 ハルワタートがミリを押し倒し、その闇の剣の刃をミリの首に押し付けていた。

「離しなさい、ハルワ」

「それはできません。私のご主人様はイチノジョウ様、ただひとりです。あなたが私やキャロやマリナを傷つける恐れがある以上、あなたを自由にするわけにはいきません。魔法を使わないでください――傷つけたくありません。ご主人様が悲しみますから」

「そう……私よりもおにいのほうが大事――ハルワ、それは本当ね」

「ええ、勿論です」

「本当はもっとあなたのことを痛めつけたかったけど、もう魔力切れね。ならば――何があってもおにいを守りなさい」

 ミリがそう言って笑った。


 次の瞬間、景色が変わった。

 ハルワタートに押さえつけられていたはずのミリは、ハルワタートから離れた場所に立っている。

 そして、離れた場所にいたはずのノルンやカノンはハルワタートたちの近くにいて、フェンリルとフユンは何事もなかったかのように遠くで草を食べている。

「これは一体――」

 ハルワタートは自分の肩を見た。怪我がないどころか、服も破れていない。

「全員で夢でも見ていたのか?」

 マリーナが言った。

「ええ、その通りよ。闇魔法の最上級魔法『幻惑劇場』。空間内にいる者を幻の中に引きずり込む魔法よ。カノンだけは気付いていたようだけどね。あなたたちが見ていたのも感じていたのも全部幻ってわけ」

 とミリはそう言って小箱を取り出して、その中のスイッチを押して投げ捨てた。

『幻惑劇場』は大量の魔力を使う割には幻を見せるだけで、戦いでは『眠り(スリープ)』のほうが使い勝手がよく、しかも精神的な隙をつかないと効果を発揮しない。

 暗黒の千なる剣ダークサウザンドソードで攻撃し、それを防いだことによる一瞬の隙をついて成功した魔法だった。

「全魔力使ってこれが限界って――本当に情けないわね」

 ミリはそう言ってその場に座り込んだ。


「一体、なんのためにこんなことをしたのですか?」

 倒れるミリにキャロが尋ねた。

 ミリではなくノルンが答える。

「きっと、ミリちゃんはみんなの覚悟を確かめたかったんだよ。お兄さんに甘えてばかりではない、お兄さんと一緒に生きていく覚悟があるのかどうか、ミリちゃんは妹として知りたかったんでしょ?」

「ノルンは本当に楽観的ね。そして本当にバカね。私はただ腹いせにみんなを痛めつけたかっただけよ」

 ミリが呆れるように言った。

 その時だ。


 地面が揺れた。

 そのあまりの揺れに、キャロやノルンが四つん這いになってしまう。

 カノンは翼を出してマリーナを持ち上げ、ピオニアとシーナはテーブルから落ちたカップやお皿などが割れないように受け止めていた。

「地震かっ!?」

 カノンに持ち上げられたマリーナが声を上げる。

「地震があるはずがありません。ここはマスターが作り、私が火山活動まで管理する完全な世界ですから」

 ピオニアがそう言って、上空を見上げた。

「何者かが空間を破り、入ってこようとしています」

「本当にここまで来るのね――」

 ミリがどこか諦めたようにそう言うと、一本の薬瓶をハルワタートに渡した。

「これ、おにいに渡しておいて。あと教会には関わらないように言っておいて。それと……私のことはもう忘れなさい。あなたも、そしておにいも。おにいのことを守りたいというのなら絶対に」

 ミリはそう言ってニッコリと笑った。


「ファミリス様、何を――」


 ハルワタートの問いは最後まで言えなかった。

 次の瞬間、空から飛んできた鎖がミリの体に巻き付き、その小さな体を持ち上げていったから。

 そして鎖の先に空間の歪が現れ、飛行船のような空飛ぶ船が現れたから。

「まさか、あれは飛空艇かっ!?」

 マリーナが声をあげた。

 いったい、誰が、何の目的でこんなことをしているのか。

 ハルワタートたちは剣を抜いた。

 その時だった。


 飛空艇の甲板部分から二人の影が現れた。

 その影はハルたちを見て、

「おぉ、ハルにキャロ、久しぶりだなっ! ジョーはいないのか?」

「ノルンもカノンも久しぶりっ! みんな元気にしてた? ジョーはいないの?」

 とバカみたいな声をあげた。

 そのふたりは、ハルワタートたちも、そしてノルンも何度も顔を合わせたことがある者たち――ジョフレとエリーズだった。


「ジョフレさんに……エリーズさん……一体何をそこで」


 よく見ると、ジョフレとエリーズだけではない。さらにフリオ、スッチーノ、ミルキー、ケンタウロスまで飛空艇の甲板にいた。

 そして――


「ええい、ここは私の登場シーンだろっ! 乗組員は黙っていろっ!」


 女性の者と思われる怒号が飛び、ジョフレたちが「はい、船長っ!」と敬礼して姿を消した。

 その代わりに、ひとりの茶髪に眼帯をして、ツバの広い海賊帽子を被った女性が姿を現せた。


「お騒がせしたなっ! 旧き盟約に従い、魔王ファミリス・ラリテイの身柄は私が預かっていくっ!」


 そう言った彼女は、鎖で簀巻きにされ、気を失っているミリを見せる。


「あの眼帯……む、ただものではないなっ! 名を名乗れ」

 マリーナが妙なところで張り合って声をあげた。

 その時、


「なんだ、これはっ!?」


 イチノジョウが現れた。


   ※※※


「なんだ、これはっ!?」

 そろそろミリの話し合いも終わるだろうと思ってマイワールドに戻った俺を待っていたのは、空に浮かぶ巨大な船を、その船の甲板にいる見たこともない女海賊のような女性。そして、その女性の横で簀巻きにされているミリの姿だった。

「何をしているんだっ! ミリを返せっ!」

「まったく、うるさいな。ファミリスの身柄は私がもらい受けた。このまま帰らせてもらおう」

 女はそう言うが、このまま帰らせてたまるかっ!

 船を撃ち落とし、墜落前にミリを救い出す。

 魔力は完全には回復していないけれど、そのくらいはできるぞっ!

「ブーストファイヤっ!」

 俺はそう言って火の魔法を放った。

 巨大な火の球が空飛ぶ船の前方にぶつかろうとした。

 だが――

「バリア展開っ!」

 女がそう言うと、空飛ぶ船に半透明のガラスのようなものが生まれ、俺のブーストファイヤを防いだ。

 と同時に、ガラスのようなものも割れてなくなる。

「ほぉ、私が作った高性能バリアを破壊するとは――ただものではないな。名を聞こうか」

「俺は楠一之丞。そこのミリの兄だっ!」

「そうか、兄か。なるほど……くっくっくっ」

 女は愉快そうに笑うと、

「いいか、一之丞、これはファミリスも望んだ結末だ」

 と言って背を向けた。

 飛空艇が旋回し、空間を破って去っていく。

 このまま逃がしてたまるかっ!

「くらえ、ブースト……」

 と魔法を唱えようとして体に酷い虚脱感が襲った。

 魔力切れだ……くそっ。

「ミリィィィィィィっ!」

 消えていく空飛ぶ船に向かって俺は叫んだ。

「いったい、なんなんだ――あいつは誰なんだ、ハル、何があったんだ」

 俺は何がなんだかわからずに叫ぶ。

 すると、ハルは空を見上げたまま言った。

「ご主人様……彼女は――あの方は――」

 そして、虚ろな瞳で彼女は謎の女の名前を告げた。


「あの方は、ダイジロウ様――かつて勇者とともにファミリス様と戦った仲間のひとりです」


 ……何だって!?

 あの人がダイジロウさん……なのか!?


 突然の出来事の連続に、俺の混乱が最も極まった時、


「ようやく尻尾を出したようじゃの、メティアスめっ!」


 突如として、女神トレールール様が現れ、さらに俺を混乱させたのだった。

ダイジロウ=女性というのは初期設定から決まっていました。なので、ハルやミリといったダイジロウと面識のある人はダイジロウのことを「彼」と呼んでいませんでした。

と新しい登場人物(?)も出てきたところで、もう少しでこの章も終わりです。


それと、12月1日から電子書籍版

『成長チートでなんでもできるようになったが、無職だけは辞められないようです1~4』

が販売開始いたします。5巻は1月発売予定で、そちらも電子書籍版が紙媒体の本と同時販売となります。


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