妹ルートその5
教会の部隊――というか軍のようなものを、ミリが警戒している。
触らぬ神に祟りなしとミリが言うが、でも、一応は女神に仕える人間だし、そう簡単に襲ってくるとは思えない。仮に襲われたとしても、俺とミリなら十分返り討ちにできると思うが。
「おにい、教会を甘く見たらダメだよ。一度敵に回せば、全人類を敵に回すと思ってね。教会っていうのはね、教えのためなら神をも殺す組織なんだから」
「教えのために神を殺すって、それって本末転倒どころの話じゃないだろ。家を建てる資金を調達するために、家を建てる予定の土地を売るみたいな話じゃないか」
「んー、ちょっと違う気がするけど……」
その場で思いついた喩えを使ってみたが、やはり勢いだけではミリは誤魔化せなかった。
まぁ、ミリは前世は魔王だから、教会に命を狙われたこともあるだろう。というか、確か勇者って元々は教会の人間なのだから、教会に殺されたと言っても過言ではない。それに、ハルを奴隷として売り払い、ハルの父を処刑したのも教会だ。
そう考えると、確かに俺は教会と簡単に馴れ合える間柄ではないだろう。
それでも、フェルイトでは勇者アレッシオに助けられたし、それに勇者の仲間であるダイジロウさんには俺はかなり世話になった――というより、彼がいなかったら俺はこの世界に来てすんなりと世界を旅することはできなかっただろう。
「まぁ、こう言ったら最低な人間に思われるかもしれないけど、俺は教会には感謝しないといけないんだよな」
「教会に感謝って、なんで? もしかして女神に天恵を貰ったから、なんて言わないでしょうね? 教会がなかったら私も前世では死なずに済んだんだから」
「そうだな。だから、教会が無かったらミリが俺の妹にならなかった」
俺は笑ってそう言うと、ミリの頭に手をおいた。
虚を突かれたのか、ミリは目を丸くし、そして子供扱いされたことが恥ずかしかったのか、それとも怒っているのか、頬を赤くして唇を尖らせる。
「おにい、そんな歯の浮くような台詞他の女の子に言ったらダメだよ。勘違いされるから」
「ん? 勘違い? 俺は本当にミリとこういう風に一緒にいられて幸せだって思ってるぞ?」
「……はぁ」
なにかを諦めたようにミリがため息をついた。
「あ、いや。俺のせいでお前が自殺する羽目になったのは本当に悪いと思っているが、そんなため息をつくなよ」
「もう、おにいは一生そのままなんだよね。いいよ。私もそんなおにいとずっと一緒にいてあげるから」
「いや、お前もいつかはちゃんといい男を見つけて結婚しろよ。まぁ、お前みたいな我儘守銭奴の貰い手がいたら――いてっ!」
ミリに向う脛を蹴られた。かなり痛い。
確かに今の台詞はセクハラ親父みたいでよくなかったが。
でも、ミリが本当に彼氏を見つけて、俺に紹介してきたらどうしたらいいのだろうか?
親父代わりに一発殴ってやればいいのか? 「よくも俺の可愛い妹に手を出したな! 黙って一発殴られろ」って。
「私にはまだそんな相手いないよ。それより、おにいはどうなの? ノルンとか、おにいにかなり感謝していたみたいだけど」
「ノルンさんか。はは、ノルンさんは盗賊に襲われたときに助けたから、それで感謝しているだけだよ。俺のほうこそ、ノルンさんにはコボルトに襲われて怪我をしたときに助けてもらったし感謝しているんだけどな」
「じゃあ、おにいはノルンの事は異性として好きじゃないの?」
「ははは、そんなこと思ったらノルンさんに失礼だよ」
と俺は言った。俺が自惚れ屋だったら、ミリをわざわざこんな遠くにまで届けてくれるだなんて、実は俺に気があるんじゃないか? なんて思ってしまうところだろう。でも、俺は冷静に判断できる人間だ。ノルンさんは命の恩人である俺への恩を返すためにここまでやってきたに過ぎないことくらいわかっている。
「そう……おにいはノルンのこと何とも思ってないんだ。とりあえずノルンは見逃してあげてもよさそうね」
ん? いま見逃すとか聞こえたような気がしたが。
まさか、ミリの奴。俺が結婚相手を連れてきたら俺が考えていたように一発殴るつもりか?
結婚前に妹が兄嫁候補を殴るだなんてそんな話は聞いたことないが、俺の予想が正しければ、現在最も危ないのはハルということになる。
まぁ、ハルはミリが前世で可愛がっていた女の子だから、仲良くできそうだよな。それに、金儲けが大好きなミリは、行商人としてバリバリに活躍するキャロとも意気投合できるだろう。
よかった。うちでは嫁小姑戦争とは無縁そうだ。
そう思うと、ハルやキャロを将来の結婚相手として紹介するのも気が楽になってきた。まぁ、キャロが十八歳になるまでは彼女に手を出すつもりがないので、結婚するとしたらその先になるんだけど。
「それにしても、教会の奴等、なかなかいなくならないな。一体、何をしているんだ?」
と思って見ていると、教会の人間が周囲を確認している。
すると、壁の中から、黒い人間の形をした影のようなものが現れた。
そして、教会の部隊はそれを見ると、小さな袋から棺桶のような箱を取り出した。
「あれ、アイテムバッグみたいね」
「そうだな――でも、あの黒い影って魔物なのか?」
「どうだろ。私はあんな魔物見たことないけど」
ミリがそう言ったら、教会の部隊は棺桶のような箱の蓋を開ける。
黒い影は自ずからその箱の中に入っていき、蓋は閉ざされた。
そして、箱を再びアイテムバッグの中に収納した。
アイテムバッグは生きている者を中に入れることはできない。
不死生物も生者とは言えないけれど、動ける状態ではアイテムバッグの中にはやはり入れることはできない。
となると、あれはやっぱり魔物ではないのだろうか?
「……ホムンクルスであるピオニアもアイテムバッグに入れることはできないよね。でも、機械人形のシーナはアイテムバッグに入れることができるから、もしかしたら魔法生命体とかそういうものなのかも。教会が研究しているっていう話は聞いたことあるけど」
「魔法生命体か。それよりは、妖怪変化の類に見えてくるよ」
教会の部隊は漸くいなくなった。
ただ、いつ戻ってくるかもわからないので、俺たちは急いで下層へと急ぐことにした。
これが俺ひとりだったら、あの黒い影が出てきた壁の中を調べるところだったけれど。
ミリが言った通り、触らぬ神に祟りなしだもんな。
そして、最下層のボス部屋の手前で、大量に草が生えている場所を見つけた。
「どれがキリリ草なんだ?」
似たような草ばかり生えていて、どれがどれだかわからない。
食品、金属、鉱物は鑑定できるが、植物鑑定は持っていない。
あのスキルは採取人が覚えるスキルで、キャロが覚えていたからな。
「仕方ない。マイワールドを開いてキャロを呼んで、一緒に探すのを手伝ってもらうか」
「必要ないよ。植物なら私は全部覚えてるから」
とミリが植物を見てまわるが、
「んー、何本か生えているけど、薬にするには品質がいまいちね。キリリ草は魔物の瘴気があれば弱っちゃうのよ」
「なら、種を採取して、マイワールドで育てるか? 一瞬で育つと思うが」
「それもいいけど、ボス部屋の奥の女神像の間にも生えていたと思うから、そっちを調べてからにしましょ」
「ボス部屋か……ちなみに、このダンジョンのボスってどんな魔物なんだ?」
「あ、うん。おにいの大好きな魔物だと思うよ?」
俺はそのボスの特徴を聞いて、俄然やる気を出した。
なぜなら、そのボスというのが、
「ブルーイール。天然鰻の魔物よ」
と俺の大好物だったから。