妹ルート・その3
俺の暴露は続き、職業を好きに変えられることも話した。
「ミリの職業も魔王から変更できるけど、どうする?」
「んー、ステータスって他の人から見たら第一職業しか見えないんだよね?」
「ん? あぁ、そうだけど」
「なら、ミリの第一職業を平民で、第二職業を魔王にしてもらっていいかな?」
あぁ、そういう方法があったな。
一緒にパーティを組むハルたちにステータスを見られることがあっても、魔王だとバレることはないわけか。
一応、ステータス偽造も使っているのでバレることはないと思うけど、それを看破するスキルがある可能性もあるからな。
「あれ? でも薬師にしなくてもいいのか?」
「うん。私の天恵の薬学なら、材料さえあればどんな薬でも作れるから。おにいも変な病気に罹ったらいつでもミリを頼ってね」
「じゃあ、マナグラスがあればマナポーションも作れるのか?」
「あと水が必要だけど作れるよ。一本一分くらいでね」
とミリが胸を叩いて言った。
薬を全部作れるって、それは確かにチートスキルだな。
しかも、かなり王道のチートスキルだと思う。
「そうだ、おにい。一緒に薬売って暮らさない? ミリが薬作るからおにいが売るの」
「それは魅力的な提案だが――」
俺にはマレイグルリを目指すという目的がある、と告げようとした時、扉が叩かれた。
ノックではない、乱暴な音だ。
「あれ? おにいの沈黙の部屋で音が聞こえないんじゃないの?」
「いや、扉のところをギリギリ設定しているんだ。ノックされても気付くようにな」
以前はそれを忘れて酷い目にあったことがあるからな。
それにしても、いったいなんなんだ?
個室の利用時間ならまだ余裕があるし、そもそも、ギルドの職員ならこんな乱暴な扉の叩き方はしないだろう。
ミリに一言断りを入れて、沈黙の部屋を解除する。
「――いです、助けてくださいっ!」
その切羽詰まった幼い女の子の声に、俺は思わず扉を開けた。
すると、ミリよりも幼い、五歳くらいの茶毛の女の子が部屋の中に入ってきて、俺の後ろに回った。
その彼女を追いかけてきたのは、先ほど俺たちを担当した受付嬢さんだった。
犯罪か何かかと思ったのだが、その心配はなさそうだ。
「すみません、お客様――」
受付嬢さんが頭を下げて俺たちに謝罪する。
「いえ、何があったのか教えて下さい」
「お兄さん、冒険者なんですよねっ! お母さんを助けてくださいっ!」
「そちらのお子様は薬草の採取依頼に冒険者ギルドに来られた方なのですが、その採取対象というのがキリリ草なのです」
「キリリ草? もしかして、この子のお母さんは硬化病なの?」
「硬化病?」
「全身が石のように硬くなっていく病気よ。問題なのはそれが状態異常の石化じゃなくて、遺伝的な病気だってこと。だからキュアじゃ治せないの」
とミリが説明した。なんでも、昔の薬師が自分の体を硬くする薬を開発したそうで、それを使うと一時的にだが体が岩のように硬くなって肉弾戦で無敵の戦士が生まれたそうだ。
だが、その薬には致命的な欠陥があって、その子供や子孫に稀に体が石のように硬くなって最後には動けなくなる奇病が発症するようになったことだ。それが判明してから薬の使用は禁止になったけれども、今でも極稀に発症する人間がいる。そして、硬化病が発症した場合、自然に治療することはない。放っておけば確実に死が待っている。
キリリ草はその特効薬の素材らしい。
もっとも、キリリ草があったとしても、その特効薬を作ることができる薬師はほとんどいないそうだけれども。
「はい。このあたりではキリリ草は船で三時間程東に行った小島にある迷宮の中で見つかるそうなのですが、大変危険な場所であり、しかも素人には見分けがつきませんので、採取にかかる報酬は高額になります。ですが、この子の持っているお金ではその一割にも満たず――」
断られた少女は、冒険者ギルドにいた全員に個人的に依頼を出そうとしたそうだが、冒険者ギルド内で個人的に依頼を出すのはいけないことらしく、受付嬢さんに追いかけられた結果、この使用中の個室に助けを求めてきた。 という話なのだとか。
「……冒険者に直接依頼を出すのはダメなのか?」
「冒険者ギルドは冒険者の互助協会だけどボランティアじゃないの。こういう個室の利用料や、依頼による手数料で成り立っているわ。個人的に依頼を出せばその手数料が冒険者ギルドに入ってこないでしょ? それに、相場より低い金額で依頼を受けるのも冒険者ギルドはしていないの。冒険者ギルドの存在意義というのが、魔物から剥ぎ取ったり採取した素材を買い叩かれないようにするために作られたのが始まりだから」
そう言えば、そういう話をフロアランスで聞いたことがある。
でも、もしもこの子の依頼を誰も受けることができないのだとすれば、この子の母親が待っているのは死なんだよな。
「ミリ……」
「おにい、ダメよ。受付嬢さんの言っていることは正しいし、実際、こんなことはこの世界では日常なの。おにいは出会う人全部助けてまわるつもり? そんなんじゃおにいの体がもたないよ」
「確かに、出会う人全員助けていたら体がもたないよな」
と俺は苦笑した。と同時に、俺のズボンの裾を掴んでいた女の子の手が離れる。
「でも、それは俺に力がない場合だ。残念だけど、俺には助けられるくらいの力がある。それに、俺は冒険者じゃないから依頼を受けて問題ないんですよね?」
と俺は女の子の頭を二回、ぽんぽんと叩いた。
「依頼を受けてくれるの?」
「あぁ。任せておけ……いいですよね?」
と俺が受付嬢さんに尋ねると、彼女は何かを考えるように俯き、そして頷いた。
「本来はそちらの方もミリュウ様のパーティということで許容することはできないのですが、今回はギルドが一切関知しないということでよろしければ」
と受付嬢さんが折れた。彼女もこの女の子に同情する気持ちがあったのだろう。
「わかった。私も行くよ」
ミリがやれやれといった感じで俺の手を握った。
「そうだな、みんなで――」
「おにい。今日は私とデートでしょ。なら、ふたりで行きましょ」
「いや、でも迷宮踏破ボーナスが――」
「おにい。キリリ草を採取して、誰が調合するのかな?」
……うっ、確かにキリリ草の調合ができるのはミリしかいないんだよな。
ならば、ミリの機嫌を損なわないためにもふたりきりで行った方がいいのか。それに、ふたりきりで町を散歩すると約束していながら、それを反故にしようとしているのは俺だし、その埋め合わせを考えるとふたりきりで迷宮攻略も――
「あ、おにいが約束守らずに迷宮に行く件に関しては、後日、清算してもらうからね」
と先回りして言われたのだった。
やれやれ、できた妹を持つと本当に兄は苦労する。