強敵の銀甲冑
甲冑姿で昨日と同じ道を進む。
もうすぐ目的の場所に着くというところで、俺はふとそれを感じ取った。
「今日はもうあちらさんが先に来ているみたいだな」
「先生、お分かりになられるんで?」
ハロックが頼もしい相手を見るような目で尋ねた。
「まぁな。気配探知のスキルくらいは持ってるよ」
俺には狩人の気配探知Ⅱというスキルがある。
気配探知では魔物や人の気配しかわからなかったが、気配探知Ⅱでは相手の強さもだいたいわかるようになっている。
小さな気配たちの前に大きな気配がひとつ。
これは、確かに一筋縄ではいかない相手かもしれないな。
キャロをマイワールドにおいてきて正解だった。
万が一その男が非道な相手の場合、キャロを人質にとられでもしたら大変なことになる。一応気配探知で伏兵の存在は探してみたが、そちらは心配無さそうだ。小さな獣の気配しかしない。
「さて、気を引き締めるか」
剣の位置を確認するように鞘を少し触ると、俺は前に歩く。
「ええ、先生。交渉はあっしらが行いますんで、先生は聞いていてくだせぇ」
「そうか? なら頼むよ――漁場の半分だ。欲をかくなよ」
「へ……へい」
返事が遅れたな。相手を挑発でもして多めに漁場を確保するつもりだったか。
釘をさしておいて正解だった。
俺たちはさらに歩き、昨日の会談場所に辿り着く。
すると、甲冑を着ている相手の姿が明らかに細身――つまり別人であると認識できた。
隠すつもりはないようだ。甲冑の色も昨日の大男の甲冑が金色だったのに対し、今着ている相手の男の甲冑は銀色である。
ちなみに、昨日金色の甲冑を着ていた大男は、
「待ってたぜ、ポートコベのへなちょこ海賊団」
と言って、ゲハハハと俺たちを嘲笑う。
「何を、ポートイサカのへたれ海賊団。お前ら俺たちの船長にびびって助っ人を頼みやがったなっ! 明らかに昨日と別人だろっ!」
「助っ人じゃない、このお方が俺たちの本物の船長だ。昨日はお前らが来ないと思っていたから俺様が代理で出向いたまでよ――話し合いで船長本人が来ないといけないって決まりはないだろ? 現に七年前、ポートコベの海賊は船長が二日酔いだとかくだらない理由で代理を立てただろうが」
「ぐっ」
と一応は筋が通っていることを言った。というか、二日酔いで大事な会議をすっぽかすなよ。
にしても、相手の助っ人船長――銀甲冑は何も喋らないな。精神を集中しているのだろうか、一言も喋らないな。
と俺がその相手の男を見ていると、銀甲冑もこちらを睨みつけるように見てきた。
どうやらやる気満々のようだ。
と睨み合いが続いていると、
「船長、話は纏まりやした。相手の船長とこちらの船長、一対一での決闘。こちらが勝てば漁場は向こう十年漁場を半々で分けること。こちらが負ければ漁場の九割を向こうに奪われてしまいます」
「そうか――」
と俺は呟くように頷く。
今回だけでなく十年間、漁場を分ける提案はハロックにしてはなかなかのものだ。
これで来年からは海賊不在でも漁場を分けることができることになる。
「それと、先生――これは相手からの提案なんですが、武器は同じ物――この青銅の剣をお使い下さいとのことです」
「青銅の剣?」
確かに鞘のデザインを見る限り、相手が持っているものと同じようだ。
「決闘なら条件も同じであるべきだと相手が言うもんで――先生なら問題ないですよね」
「まぁな。弘法筆を選ばず、剣じゃなくて素手での勝負でも勝ってやるよ」
というより、俺としては相手の武器の方が上等なものが使われるんじゃないかと思ってドキドキしていた。青銅の剣を金属鑑定しても、きっちり青銅と出てくるので問題は無さそうだ。
(対等な条件か――相手もフェアなところがあるじゃないか)
と俺は、全部終わっても銀甲冑と握手で終われる試合をしたいと思った。
そして、俺は剣を鞘から抜いて、鞘を地面に落とすようにして前に出る。ここが巌流島だとすれば、俺はすでに敗れているだろう。
だが、生憎戦いの場に遅れてきたのは俺の方だからな。
俺と銀甲冑の間に昨日の大男が立ち、笑いながら、
「準備はいいか?」
と尋ねた。銀甲冑が剣を抜き構える。隙が無いいい構えだ。
俺も剣を構える。
「それでは試合開始っ!」
と宣言したが、どちらも動かない。徐々に俺も銀甲冑も距離を詰めていき、お互いの剣と剣が触れ合った、その時だった。銀甲冑の剣が揺れるように動き、俺の胴を薙ぎ払おうとした。俺は大きく上に跳び、そして剣を振り下ろしてスラッシュを使おうとするが、
「げっ!」
剣の刀身がすっぽ抜けた。んなバカなっ! と思ったら、剣の留め具が外れている!?
さっきまではなんともなかったはずなのに――時間が掛かれば緩むように細工をしてやがったのか?
「なんてことしやがるっ! 卑怯だぞっ!」
ハロックが叫ぶが、大男が、
「確認しない方が悪いっ! いまだ、やっちまえっ!」
と銀甲冑に指示を出した。が――銀甲冑はそれに従わない。
そして、今度は自分が持っていた剣を俺に向かって投げた。
これを使えというのか?
どうやら銀甲冑は剣の細工のことは知らなかったらしい。
こういう男に限って鈴木のように女にモテモテのイケメンだったりするんだろうな――が、今回は助かった。
俺は青銅の剣を抜き、相手はどうやら自前の剣らしい二本の剣を――
「……っ!」
その剣を見て、俺は相手の職業を確認して己のバカさ加減に気付いた。きっと相手も同じように、いや、それ以上のことを思うだろう。できれば自己嫌悪に陥らないで欲しいが――俺は剣を抜き、前に飛び出た。
「二本の剣で真正面から受け止めろっ!」
俺の命令に従い、銀甲冑はその攻撃を真正面から二本の剣で受け止めた。そして相手も気付いたように俺に小さな声で尋ねた。
「……ご主人様……なのですか?」
「あぁ、会いたかったぞ――ハル」
でも、なんでこんなところにハルがいるんだ?
ってハルも同じことを思っているだろうな。
戦いは終わり、茶番が始まるのかな……それとも