集う運命
「ハルワタートよ、一体どこに向かっているんだ」
ポートイサカの町を出てまっすぐ東に向かうハルワタートに、マリーナの足には疲れが見え始めていた。
町で休んだといえば、ハルワタートが情報を集めている間に定食屋で休んだ一時間のみ。本来なら今日は久しぶりに温かいベッドで眠れるし、海の傍では真水の値段も上がり、お風呂といったものは無いのはわかっていたが、それでもお湯を使って体を拭くことはできると思っていた。そのため、一度張り詰めていた糸が切れてしまったマリーナの足には今までの疲れが一気に押し寄せてきているのだが、それでも彼女は文句だけは言わない。
自分が休憩をしている間もハルワタートが情報を求めて走り回っていたのも知っているし、体力の少ないマリーナを気遣って荷物を二人分持っていることも知っている。
だが、マリーナは心配だった。
ハルワタートの焦りが、何か良からぬことを呼び込むのではないかと。
そして、その予感は的中した。
「今から海賊のところに行きます」
「よし、今すぐ帰ろうではないか」
踵を返して帰ろうとするマリーナのマントをハルワタートが掴んだ。
「待ってください、この町の海賊は人を襲うことはほとんどありませんし、犯罪行為を犯した人もいません。ただ、治安を守るのと引き換えに本来よりも高いお金を貰っているだけだそうです」
「そうなのか……しかしだな……我の仮面には将来を見落とす力があってだな、この先に行くのは危険だと」
「将来を見落としているのなら行っても大丈夫ですね」
「間違えた、見通す力があると言いたかったのだ――」
とマリーナが本気で帰りたがっていたが、
「肚をくくってください。大丈夫です、私たちがこれから行うのは海賊に幾何かのお金を渡して今日行われるポートコベの海賊との会談に赴き、そしてそこでポートコベの海賊の船に乗せて貰ってポートコベに行くだけです」
「二度危ないではないかっ!」
「大丈夫です、話が纏まらないようでしたら全員力づくで納得させますから」
「さらに危ないではないかっ!」
「大丈夫ですよ。私の剣の腕はマリーナさんもご存知でしょう。それに、いざとなったら大魔術師であるマリーナさんの援護もありますから」
とハルワタートが言うと、先ほどまで帰る気満々だったマリーナが、小さく笑い、そして、
「はははは、その通りだ、ハルワタートよ。我の大魔術にかかれば海賊の十や二十など目ではないわ。大船に乗ったつもりで――いや、確実に大船に乗るつもりで安心して進むがよい」
マリーナとふたりきりでいることが多かったハルワタートは、大分マリーナの扱いに慣れてきたようだった。
「それにしても困りましたね。潮風というのはどうも苦手です」
とハルワタートは鼻を押さえて呟く。潮風のせいでさっきから周りの匂いがほとんどわからない。
その時だった。
「あれは?」
西の空に巨大な火球が舞い上がっていく。
そして、消えたかと思うと大爆発を起こした。
「……あれはなんだ? アザワルドの新型花火か?」
「いいえ、わかりません……が、もしかしたら――」
ハルワタートが推測を立てた。
そして、海賊のアジトに辿り着いたハルワタートとマリーナは――
※※※
一方そのころ、ポートイサカの海賊船の船内は静まり返っていた。
特に海賊の船長はこの世の地獄と言った感じだ。
漁場を半分にする――一見それは例年通りであり問題のないことのようにも思える。
だが、彼らはポートコベの海賊がいなくなったと知るや、ポートイサカの町民に対し、
「今度の漁場は最低でも九割、うまくいけば全部お前たちのために確保しよう! なぁに、ポートコベの奴らには漁場の外で群れからはぐれたエビを捕まえさせたら十分だ。その代わり、今年の上納金は昨年の五割増し貰おう」
なんて言ってしまい、本当に五割増しで払わせた。
返せばいいという話であるが、それは面子の問題もあるし、なによりそんな臨時収入、とっくに酒に変わってしまった。
もしもこれで漁場が半分なんてことになれば何を言われるか。
だが、ポートコベの海賊の恐ろしさは、船長自身は気絶していて見ていなかったが、とんでもないものだ。
まともに逆らえば、今度は漁場を全部奪われる可能性もある。
一体どうすれば。
船長が悩んだ末に出した結論は、一度アジトに帰ってから考える……だった。
美味い飯を食って酒を飲めばいい案が出てくるだろう――それはつまり酒に逃げようとしたのだが。
入り江にある掘っ建て小屋のような建物が複数並んだだけの海賊のアジト。
だが、そこには良質な湧水があり、そして何より海が目の前にある。
海賊たちの楽園だった。
船が到着するやいなや、船長の元にアジトで待機させていた部下たちが走ってやってくる。
だが、彼らは今日の話し合いがどうなったのかは知らない。
そして、その話を素面でする気にはなれない。
「話は後だ、まずは酒を用意しろっ!」
「いえ、船長! それが、船長に会いたいと客人がいらっしゃっていて」
「今はそれどころじゃねぇっ! 帰ってもらえっ!」
「そう言ったんですが、そいつはめっぽう強い女でして、素手で武装したあっしら二十人を無傷で制圧してしまいやして」
「なんだと……?」
その瞬間、男にある悪魔の閃きが舞い降りた。と本人は思っているが、それは誰にでも思いつく策だった。
「直ぐに行く。案内しろ」
「へいっ!」
そして、船長はいつもの食堂に案内される。
そこで待っていたのは、白狼族の女剣士と、へんてこな仮面を着けた女魔術師、そしてどちらも奴隷だった。
「おい、強いのはどっちだ?」
ふたりに聞かれないように小さな声で船長は部下に尋ねた。
「白狼族のほうです」
「そうか」
と男は豪気な笑みを浮かべ、待っていた二人の女性の前に立つ。
「待たせたな。俺様がこの海賊団の船長だ。船長でもお頭でも好きに呼べ。名前で呼ばれるのは好かんから名乗らないぞ」
「わかりました、船長さん。私はハルワタート、旅の剣士をしています」
「我は大魔術師マリーナだ。覚えておくように」
「そうか。それで、俺様に用っていうのはなんだ?」
「実は我々は主人の命令でポートコベを目指しています。どうか船に乗せていただけないでしょうか?」
その話を聞き、船長はやはりなと思った。
この時期に訪ねてくる奴らは、ほとんどが海賊を連絡船代わりに使おうとする奴らだ。普段なら金が貰えるから喜んで引き受けていたが――
「悪いがそれはできねぇ。今年のポートコベの海賊にちと厄介な奴が紛れ込んでいやがってな。本来ならばこちらが八割、向こうが二割の漁場になると決まっていたのに、半々にしろって言いやがる。そんなことされたら国内のシジモンエビの流通が途絶えちまう。奴らは国外に輸出して金儲けすることしか考えていない酷いやつらだ。そういうことで、交渉はお流れ。明日も会談はあるんだが、とてもではないが、海賊同士で渡しの仕事もままならないのよ。悪いが帰ってくれ」
「そこをなんとか――話し合いの島まででもお願いします。あとはこちらでポートコベの海賊たちと交渉しますから。お金ならお支払致します」
「……方法がひとつだけある。海賊同士で揉め事が収まらなかった場合、二種類の方法で決着をつけることができる。海賊全員での総力戦。もしくは船長同士の一騎討ちだ。その勝負に負ければ、相手の条件を一方的に飲まないといけなくなる、海賊にとって諸刃の剣のような決闘法だ。勿論、条件は試合前に決めるがな」
と船長は笑った。
「お前さん、船長としてこの一騎打ちに出てみないか? 勿論リスクはあるが、お前さんの腕ならば負けることはない。負けても文句を言う奴なんて誰もいねぇ。勝負に勝てば相手の海賊船を頂くとだけ言っておけばいいだろ。相手は強さに絶対的な自信のあるやつだから、勝負に乗ってくるだろ」
「……その話、全て本当でしょうか?」
「勿論だ」
ハルワタートは少し悩み、マリーナにアイコンタクトを送って頷いた。
「わかりました。私が一騎打ちに応じましょう」
「おぉ、そうか。そうと決まれば今夜は祝杯だっ! 野郎ども、すぐに酒を持ってこいっ!」
「私はお酒はお断りします。寝床を提供していただきたいのですが」
「そうか、わかった。俺たちの宿舎を使うといい。おい、誰か! 先生たちを宿舎に案内してさしあげろっ!」
こうしてハルワタートたちもまた明日の会談に臨むこととなる。
※※※
一方その頃。
「ジョフレの兄貴、仕事ってなんすか」
フリオたち一行はケンタウロスが曳く荷車に乗っていた。
五人での移動がメインとなったため、ケット・シーの村で調達したのだ。
五人乗れば三百キロは余裕で越える重量だが、ケンタウロスの力の前では空荷も同然だ。
「乗組員だよ、乗組員! 船に乗るんだ! 俺たちはこれから南大陸に行く。ポートイサカで知り合いの船に乗せてもらうんだ」
「でもこの時期はシジモンエビの漁で連絡船が出ていないだろ」
スッチーノが先程の国境町で売った金羊毛の売上金を勘定しながら呟くように言った。
彼の勘ではジョフレたちについて行けば何らかの金になると踏んだのだが、当てが外れたかなと思っていたら、
「大丈夫だよ。この時期でも動く船があるんだ。さっきこれに連絡があってな」
とジョフレが出したのは、仲良しリングというかつてイチノジョウに預けていたパーティを強制結成するための指輪だった。
「指輪に連絡って、ミルキーの札みたいなものっすか?」
ミルキーの職業である魔記者のスキルによって作られる札の中には遠く離れた人間と会話できるものもある。ただし使い捨てだが。
「似たようなものだね。でも千キロ以上離れていたら使えないそうだけど」
エリーズが言うと、
「へぇ、便利なものだな。いくらで売れるだろうか」
とスッチーノが皮算用を始めた。
「それで、その相手って誰なんっすか?」
「おう、それはな――」
とジョフレがその名を告げた次の瞬間。
ミルキーが奇声を上げてその場に倒れた。
珍しく鼻血も出さずに、満面の笑みを浮かべて。
でも彼女がそうなるのも無理はない。
なぜならその名は、ミルキーのもっとも憧れる同人誌作家の大先輩、ビッグ・セカンド。
本名ダイジロウというかつて勇者と一緒に魔王を倒したその人なのだから。