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レベルを上げても勝てない敵

 小船から陸に上陸して歩く。当然、甲冑を着ている。

 視界も悪く、歩くたびにガチャガチャと音を立てているので五月蠅い。狭い視界の中に、とても懐かしい、この世界に来て最初に殺したウサギの姿が映ったが、鎧の音に反応して逃げ出してしまった。


「先生、大丈夫ですか?」


 先頭を歩くハロックがこちらを見て尋ねる。


「思ったより暑くはない……がとにかく歩きにくい――って木の根に躓きかけた」


 舗装されていない道で視界も悪く、とにかく動きにくい。


「我慢してください、もうすぐそこですから」

「その台詞十分前にも聞いたぞ――予定の時間までまだ時間あるんだろ? ちょっと休もうぜ」

「そうですか? あ、水をどうぞ」


 と(スト)(ロー)のささった水瓶を俺に渡してくる。


「鉄仮面は外さないでくださいね。島に上陸してから甲冑を外すのはダメって決まりですから」

「……トイレに行く時はどうするんだ?」

「我慢してください」


 そう言われて俺は微妙な顔で水瓶を受け取ったが、結局水を半分だけ飲んで残りをハロックに返した。


「もうよろしいですか? この町では水は高級品なんですが」

「全部終わってから貰うよ……」


 万が一トイレに行きたくなったらマイワールドへの扉を開けてあっちの世界でトイレを済ませよう。

 そんなことを思いながら少し休み、再び歩き始める。目的の場所である広場についたのはそれから三十分後だったが、ポートイサカ付近の海賊はまだ来ていなかった。


「というか、あいつら来ないんじゃないか? ポートコベの海賊が全滅したって噂が既にポートイサカに伝わっていたら来ないだろ」

「いえ、今日ここに来なかったら漁業監視の権利を放棄したと見做されるので絶対に来ますよ」


 とハロックの部下が言ったので、早く終わらせて欲しいと思った――その時だった。

 来た。

 海賊が――ではない、尿意が来た。


 トイレに行きたい。


「ハロック、ちょっとそこまで海賊たちを探して――」


 探してくるふりをしてトイレに行く。

 そう言おうと思った時だった。


「おぉ、なんかいやがるぞ親分」

「ガハハハ、本当だな――といってもどうせ漁師崩れの寄せ集め海賊だろ。生まれながら海に生きる俺様がガツンと言ってやるぜ」


 と偉そうに語るでかい甲冑姿の海賊の職業を見たが――


【斧士:レベル31】


 だった。海賊ではない――斧の使い手。レベルは冒険者としては一流を名乗ってもいいくらいだろう。

 まぁ、このあたりの海賊は盗みや殺しはしなくて漁場の管理をしたりするのが主だから海賊ではないのも無理はないだろう。


「よし、話し合いの時間だが、もう結果は決まっている」


 と斧士の海賊が言い出した。近付くとその大きさがよくわかる。身長二メートル、体重百二十キロはありそうな巨漢の男だ。

 そうだ、結果は決まっている。例年通り半々だ。それで話し合いを終えて、こいつらにはマイワールドで作ったワインでも渡して帰ってもらおう。

 そして俺はとっととトイレに行きたい。


「あぁ、そうだな。漁場は例年通り半々で」

「ガハハハ、違うよ。今年の漁場はポートイサカが全てもらい受ける。お前たちは漁場の岩で指をくわえて見ていな!」


 とリーダーの男が言って俺を見下ろしてきた。


「何をふざけたことを言っているんだ! 漁場は半々、これでもこっちは譲歩してやってるんだぞ!」


 とハロックが腕を前に出して震わせ、挑発するように叫んだ。


「ふざけてなどいない。こっちが何も知らないと思ってるのか? ポートコベの元々の海賊共が引退したってのはこっちも知ってるんだぜ? 何しろ奴等はポートイサカを通って内陸に向かったんだからな。お前等はその残党かそれとも海賊を騙る偽物だろ? そんな奴と話し合うつもりなんてこっちは最初から――」

「ぐたぐたのたまってんじゃねぇぞ。ハロックが言っただろ、こっちは半々で譲歩してやるって言ってるんだ。とっととそれで決めやがれ」


 と俺は尿意を抑えるのに夢中で怒りを抑えられずに、低い声で言った。大きな声を出したくない。


「ガハハハ、口だけは立派だが、震えてるのか? しょんべんちびっちまいそうなのか?」

「ふざけてるんじゃねぇぞ。笑い方がずっと一緒じゃねぇか。なんだ、腹の中に笑い袋でも仕込んでるのか? 話し合う気がないなら帰れ」

「帰るのはお前のほうだろっ! いい加減に海賊ごっこはやめにして――」


 と男が掴みかかってきた。

 もう限界だ! 怒りが、ではない。尿意が。

 もちろんすぐに漏らしてしまうというわけではないが、甲冑を脱ぐ時間等を考えるとそろそろとヤバイ。

 俺はこの会談を終わらせるべく、殴り掛かってきた男の懐に潜り込みそのまま持ち上げた

 甲冑の重さを含めたら百三十キロはあるが、そんなの関係ない。

 俺はそのまま頭上の男をぐるぐる回し、そして放り投げた。


 甲冑が岩にぶつかる。


「へこんでたら悪いな。でも先に殴り掛かってきたのはお前のほうだぞ」


 俺はそう言うと、前にハロックに仕掛けたのと同じように魔法を唱えようと思ったが、


「せんせ――親分。魔法は海ではなく空に放ってください」

「……それもそうか。じゃあ――」


 と俺は今回は杖を使わず、


「太古の浄化炎エンシェントノヴァっ!」


 と空に巨大な炎を飛ばした。

 ポートイサカの海賊たちは驚き声も出ず、ハロックたちは二度目でしかもいまは味方とあってニヤニヤと笑っている。


「こいつはもう伸びているからこれ以上の話し合いは無理だろ。明日同じ時間に来な。それともここで拳と魔法で語り合ってもいいんだぞ?」

「「「「……お、覚えてやがれっ!」」」」


 なんとか海賊たちから出た言葉はそんなやられ役の台詞だった。

 そして去っていく海賊たちを見送った俺は、


「さすが先生っ!」

「じゃあ、ハロック! 先に船に戻ってるからなっ!」


 と全力で走りつつ、船まで行くフリをしてマイワールドに入っていった。

 キャロと一緒にカードゲームで遊んでいたピオニアに、


「マスター、ここは駆け込みトイレではありませんよ」


 と嫌味を言われたが、仕方ないじゃないか。

 いくらレベルをあげても生理現象だけは我慢できないんだから。

 まぁ、ポートイサカの海賊もあれだけ脅してやれば漁場の半分は譲る気になるだろう。

 全部寄越せと言っているわけじゃない、例年通りのことなんだから。

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