油売りのイチノジョウ(になりません)
「マジでこれを着ないといけないのか」
早速海賊のフリをすることを後悔したくなってきた。
海賊といっても色々いるんだし、赤バンダナに横縞のシャツで髭をつけて変装すればいいと思っていた。袖無しの赤シャツに麦わら帽子でもいいとさえ思っていた。
「なんで甲冑なんだよ」
全身甲冑――もちろん和物の鎧武者ではなく、洋物――フルプレート。
一体どこの騎士だよ――っていう感じの青銅の甲冑だ。
「済みません、先生。昔からの慣わしで、海賊のリーダー同士が会う時はこの青銅の甲冑を着る決まりになってるんですよ」
「この季節に鎧甲冑って普通に死ぬぞ?」
レベルを上げても、熱が辛いのは誰もが同じ。
気温は約二十八度とそこそこの暑さだ。なんでそんな暑い中こんな甲冑を着ないといけないんだよ。
「そうだ、お前が中に入って、俺がサポートという形で相手を脅せばいいじゃないか」
と俺は元海賊のハロックに白羽の矢を立てた。
「いえ、あっしたちはもう海賊業とはきっぱり足を洗うと約束したもので」
「お前、こんな都合のいい時だけ――」
と俺はもう一度甲冑を見る。男なら一度は憧れることもあるだろう。だが、しかしである。
「もう一度聞く、なんで甲冑なんだ!? 甲冑なんて着て海に落ちでもしたら、悪魔の実を食べていなくても浮かんでこれないだろっ!」
「いや、海賊のリーダーたるもの度胸と忍耐とカリスマ性が必要だって昔、このあたり一帯全部を取り仕切っていた海賊が決めたんですよ。度胸――先生もさっき仰ったようにこんな鎧を着て海に落ちでもしたらまず助からない。そんな物を着る度胸。忍耐――漁が解禁される日は例年真夏日ですからね、そんな中で鎧を着て動くという忍耐。そしてカリスマ――見ての通りこの鎧は男の憧れを具現化したような姿をしています。これにカリスマを感じない男はいやせん。よって度胸、忍耐、カリスマの三本柱が揃ったこの甲冑こそが海賊のリーダーたる証なんです」
「そんな友情、努力、勝利みたいに言われても……三本柱なら全部揃って叩き割ってやりたいよ」
「ははは、薪にして燃やせばもっと暑くなりやすね」
「うまくない――ギャグで冷めた空気の中でも気温は下がらんぞ」
と文句を言いながらも、とりあえず甲冑への憧れはあるからなぁ。
試しに着てみるか。
俺はハロックに着方を教えてもらい、甲冑を装着した。
思ったより視界が狭く、動き辛い。何より臭い。前に着た男の体臭が残っているんじゃないだろうか。
「浄化っ!」
とりあえず甲冑を綺麗にした。匂いは大分マシになった。
「先生、生活魔法もお使いになられるんですか?」
「あぁ、一応な。生活魔法Ⅲまでだが――」
「生活魔法Ⅲ!? それではもしかして、オイルクリエイトも使うことができるのですか?」
「あぁ、使えるぞ」
俺がそう言うと、ハロックはまたも土下座をして、
「先生、どうかそのオイルクリエイトであっしらの夜の手助けをしてもらえませんか?」
「……オイルを変なことに使うつもりならやめておけ……」
「ま、待ってください。確かに生活魔法は裏では性活魔法なんて言われ方もしていますが――」
「……本当に言われてるのか」
「でもあっしらが頼みたいのは、普通に魚のフライが食べたいからなんです。油は貴重で滅多に手に入りませんからね――」
「魚のフライか……それは俺も食べたい……ていうか食べさせろっ!」
そう言えば、なんで今まで魚のフライを食べなかったんだ? あぁ、そうか――船の上での食事はほとんど果物や野菜、時折干し肉で、釣りをして魚を獲ろうにも全然釣り糸に魚がかからなかったんだった。ちなみに料理はマイワールドでピオニアが担当してくれた。
釣れたての魚を刺身ではなくわざわざフライにして食べる贅沢を味わうのか。刺身だとどうしても醤油が欲しくなるが、フライだとマヨネーズが欲しくなるかもな。
「では、先生、油を用意してくださるんで?」
「ああ――最高級の油を作ってやる――樽を持ってこいっ!」
「へいっ!」
俺のオイルクリエイトだと作れる油の種類はほとんど選べない。
だが、品質を上げる秘策はある。
「先生、樽を持ってきましたっ!」
「よし、離れて見ていろっ! ブーストオイルクリエイトっ!」
と魔力を増幅させたオイルクリエイトを放つと、甲冑の手から大量の油が一気に噴射される。
威力、速度ともに桁違いに上がる魔力増幅スキルを使って食用油を作ったのだ。
味も良くなるに決まっている!
「おぉ、凄いっ! って、先生、もう十分じゃ」
「いや、なんかまだまだ出そうだぞ。ハロック、次から次に樽を持ってこいっ!」
「わ、わかりやした」
結果、空樽が五十、油で一杯になったところで放出が止まった。
……よく空の樽が五十個もあったなぁと感心しつつ、ちょっと調子に乗りすぎたなと反省した。
「イチノ様、それではこちらの今日使う分以外は売っても構いませんね」
と事情を聞いたキャロが笑顔でそう言って交易所に。
結果、一万センス――一万センス金貨を持ってキャロは帰ってきた。
……どう交渉したら無料で作った油が一樽約二百センス(約二万円)になるんだ?
と思ったが、
「いえ、売ったのは値下がりを警戒して五樽だけです。味のわかる交易商の方でよかったです」
なんて笑って言った。
……一樽二千センス(約二十万円)だと……!?
「先生、油屋に転職した方が儲かるんじゃないですか? それをするのなら、ぜひあっしらを雇って――」
「ならない、雇わない」
俺は即座に断りを入れた。
でも、なんで、俺ってこんなに色々とできるのに、いまだに職業は無職なんだろうか?
ちなみに、漁業組合の皆で食べた魚のフライは絶品で、あとでピオニアにも食べさせたら無言でおかわりを要求された。
いくつかはハルたちのためにアイテムバッグに保存しておいた。
※※※
翌朝――俺は甲冑姿で自分の帆船に乗っていた。いつの間にか帆が海賊船のものにすり替えられていたが、それはもう気にしない。直接描かれるよりははるかにマシだ。
ひとりで船を操るのはできないし、キャロを矢面に立たせたくないので、結局ハロックたちを五人を乗組員にして船を動かしている。乗組員はいいのならお前が甲冑を着ろよと言いたいが、それはリーダーが着るものだからと断ってきた。
「でも、さすがだな――これだけ働いていると航海がスムーズだ」
「普通はもっと必要なものですがね――ふたりだけで航海するほうが珍しいですよ」
「それは確かにそうだな」
なんて世間話をしながら、船はまっすぐ西に進む。川を上っているようにも見えるが、内海になっているらしく川ではないそうだ。
そして、船は止まった。
「この先が例のエビの漁場ですので、ここより先に船で行くことは許されやせん。本来ならここに来ることもダメなんですが、先生は海賊ですから法に縛られません」
「という設定な――まぁ、海賊がここまで来ていいって言うのも暗黙のルールみたいなもんだろ」
小舟を海面に下ろし、二人を残して俺たちは海賊同士、最初の話し合いが行われるという島に上陸した。
さて、どうなることやら。
金曜日は体調不良のため休載して申し訳ありませんでした。