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そこにいるはずのない人

 入り江に上陸した俺たちは、そのまま徒歩で移動を開始した。

 船をそのままにしておくのは不用心な気もするけれども、まぁ荷は何も積んでいないし、漁師たちが残って見張りをするそうなのでいいだろう。

 裏切られたらその時はその時で対処をするつもりだ。


「キャロ、大丈夫か?」


 と俺はキャロに手を出した。

 滑りやすくなっている岩場では、これまでの靴では滑りやすく、油断したら俺も転びそうになる。


「はい、イチノ様――キャっ」

「キャロっ! うわっ!」


 キャロが岩に滑って転んでしまい、手を握っていた俺まで一緒になって転んでしまう。

 そして――

 俺の顔がキャロのスカートの上に、正確に言うと、一番乗ってはいけない場所に頭を置いてしまい、


「あ、あの……イチノ様」


 とキャロが何か覚悟を決めたような顔で目を閉じる。

 頼むからこんなところで覚悟を決めないでくれ。


「悪いっ!」


 と俺はそう叫んで起き上がった。


「先生、姉さん、いちゃつくのでしたらいい宿を紹介しますよ?」

「うるせぇっ! っていうか、俺のことを崇めるにしてもキャロに姉さんはないだろ」

「イチノ様、漁師の皆さんが私のことを一人前の女性と認めるのは、船乗りに小人族ミニヒュムが多いからなんです」

「そうなのか?」

「はい。小人族ミニヒュムは星を見て現在の位置を正確に割り出しますし、雲や風の動きを読むのが得意で嵐を予見します。キャロは半分は人間族なので、その力は中途半端にしかありませんが、それでも海沿いの町では小人族ミニヒュムのこともその年齢通りに見てくれます。キャロのことも十七歳のひとりの女性として見てくれますからイチノ様がキャロのことを部屋に連れて行っても、その……イチノ様のことを幼女趣味だなんて思ったりしないと思いますので」

「……一緒の部屋では寝るけど、寝るだけだからな」


 キャロの誘惑が日ごとに増している気がする。俺も意識的にキャロをひとりの女性として見るようにはしているが、それでもやはり妹と重なってしまうし、なによりハルへのうしろめたさがある。


「……そうですよね、確かにハルさんと合流するまでは卑怯ですもんね」


 俺の心を読んだのか、キャロはそう言って立ち上がると、


「イチノ様、やはり足場が不安定なので手をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 と手を差し出した。


「あぁ、喜んで」


 俺はキャロの手を取り、ふたりで漁師たちの後を追った。

 海岸沿いの坂を上り、崖にある小さな洞窟を抜けると眼下にポートコベの街並みが広がっていた。

 海沿いに作られた町の海岸沿いには小さな船が無数に止められている。そんな中、一隻の船が港に到着したようだ。ちょうど漁から帰ってきたところだろうか? ゴマ粒みたいだが多くの人がいるのを確認できた。


「なんだ、エビなんて獲らなくても普通に漁業としても成り立ってるじゃんか」

「先生、あれは南大陸との交易船です。見てください、大勢の人が船に乗り込んでいるでしょ?」

「言われてみれば確かに――」

「交易船は南大陸への連絡船も兼ねています。船に乗って七日後には南大陸ですね」

「じゃあ、あの船が今日出たとしても戻ってくるのは十四日後か?」

「いえいえ、潮の流れや風向きもありますから、この時期ですと十七日はかかります」


 あぁ、風向きとか潮の流れとか完全に忘れていた。


「先生、町の向こうに大きな一本の杉の木が見えますか?」

「ん? あぁ、丘の上にある木だな」

 草に覆われた大きな丘に一本しかない木だからいやでも目立つ。あれがどうしたのかと思ったら、


「あの丘の向こうに、元海賊のアジトがありまして、そこを現在もミリュウがアジトにしています。くれぐれも近付かないようにお願いします――おそらく先生でも戦えば無事ではすみませんから」

「……わかった。俺も自分からあえて戦いに身を投じようとは思ってないよ」


 もちろん負けるとは思わないが、ミリュウがやっているのは海賊退治――それは公には正しい行いだ。必要悪すら良しとしない――本当に正しい行い。これから必要悪になろうとしている俺が倒していい相手ではない。


「ところで、なんでそのミリュウが今もあの場所にいるってわかってるんだ? 偵察でも出したのか?」

「いえ、ミリュウの手下らしき女性が日に一度町に来て買い物をしては丘の向こうに帰っていきますので」

「……それならいっそのこと町に住めばいいのに……悪いことをしているわけでもないんだし。なんでそんな不便そうなところに今も住んでるんだ?」

「さぁ、それは私たちにもさっぱりで――」


 確かに、それを言い出したら、そのミリュウが海賊退治なんて始めた理由すらわからないだろうし。

 考えても意味はないのかもしれないな。


 話はそのあたりにして、俺たちはそのまま町へと降りていく。

 普通、町に入るときは入町税を取られるのだが、なぜか税金を取られなかった。というか門番もいなかった。平民レベルを上げるチャンスだと思ったのだが。

「ポートコベへは陸路で行くのは困難ですからね。普通は入町税込みの船代を渡して船に乗って入りますから、入町税のみで取る習慣がないんですよ」

 といつもながらキャロのわかりやすい説明に納得した。

 ちなみに、交易船等はあらかじめ交易許可書を買うときに税金も払っているそうで、漁師の言う通り何の許可もない俺の船がポートコベの港に行けばなんらかのトラブルが起こっていた可能性もある。税金を三倍払えとかなら喜んで支払うけど。

 町の中も潮の香りで満ちているが、まぁ無人島に転移させられてから地下迷宮でレベル上げをしているとき以外はずっと潮の香りの中にいたので全然珍しくはない。

「意外と大きな建物が多いな」

「建物の大半は倉庫です。南大陸との唯一の玄関口ですからね。あと、商会の本部などを設置しているところも多いです。彼らが支払う税金のおかげで、我々漁民の支払う税金が安く済んでいるので非常に助かってますよ」

 と漁師が笑いながら言った。

 流石は大陸の玄関口だな。

「この港からは南大陸にしか行けないのか?」

「いえ、この西大陸の最西端にある町、イグラーシブと、最北端にある町ノースライカにも行けます。ノースライカは西大陸唯一の北大陸への玄関口ですから、この港にも北大陸の品がいくつか集まってきますよ」

 との漁師の説明に、さすがは地元民だ、よく知ってるなぁと感心した。

 確かに、なんとなくいろんな文化が混ざり合った異国情緒あふれる町のようにも思える……ってあれ?

「イチノ様、どうかなさいました?」

 俺が立ち止まって通りの奥を見ていたので、キャロも立ち止まって尋ねた。

「知り合いを見かけた気がしたんだが……うん、たぶん気のせいだ」

 もう姿は見えなくなったし、気のせいなのは間違いないからわざわざ追いかけて確かめる必要もないだろ。


 こんなところにフロアランスの自警団であるはずのノルンがいるわけないもんな。

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