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泣きの懇願

「魔王ミリュウ? 魔王ってファミリス・ラリテイのことだろ?」

 と俺は平静を装い尋ねたが、魔王ファミリス・ラリテイがポートコベを目指していることは女神様より聞いている。

 もしや、魔王ファミリス・ラリテイが名前をミリュウと変えているのでは?

 そして、ただの漁民だった彼らを強制的に海賊にして、働かせて、周辺住民を苦しめている?

 俺はハルからの話を聞いてファミリス・ラリテイは悪い魔王ではないと聞いている。だが、彼女は一度人間に敗れている。

 もしかしたらそのことが原因で人間に対し恨みを抱いている可能性もあるのでは? と思ったが、

「あ、いえいえ。魔王というのはただの喩えでして、実際はヒュームの少女です。このくらいの」

 と海賊の(かしら)の男は、土下座の姿勢から顔を起こし、中腰になって、高さ百二、三十センチくらいの場所を示す。キャロやミリくらいの身長だ。

 兎も角、どうやらファミリス・ラリテイとは何の関係もないらしい。

「そのミリュウって言うのが何をしたんだ?」

「へぇ。そのミリュウという少女が白い巨大な狼に乗って現れ、ポートコベの付近を拠点に活動する海賊団たちを潰していったのです」

「狼って海を泳げるのか?」

「はい、海を泳いで渡ってきたようです。それに海賊団も拠点は陸地にありますから――そして海賊団は完全に潰れました。死者こそいませんでしたが、あまりの出来事に、元海賊の皆は世の無常を嘆き、海を捨てて新たな村を作る開拓の旅に出てしまいました」

「なんだ、ミリュウっていいやつじゃないか」

「とんでもないっ! 海賊は一見全員悪人に見えますが、我々漁師にとっては必要悪でもあったのです。ご存知ではないかもしれませんが、船には漁場争いがつきもので、特に海の上では他国の漁船との揉め事はいつものこと。ですが、海賊にみかじめ料を支払うことで、他の国の漁船から我々は守って貰っていたのです。漁船だけではありません、交易船もまた、他の町や国を縄張りとする海賊たちから守ってもらっているのです。その護衛がいなくなった以上、我々は安心して漁ができなくなってしまいます。そこで、我々が海賊となり、失われた治安を守ろうかと――」

「じゃあ、お前たちは正義のために海賊をしていると?」

「あ、あと普段から海賊の奴ら、偉そうにしているし無許可の交易船から荷を奪ったりしてるから、楽そうに生きてるなって思って。他の海賊がいない今ならチャンスだと思い……その魔が差してしまって」

「それで俺の船を襲ったのか。少し同情しそうになったが、やっぱダメだな――というか、そのミリュウっていうのも放っておいたら他の町や国の海賊団を壊滅するんじゃないか? そうしたら他の海賊に交易船が襲われる可能性もなくなるし、漁師同士の縄張り争いだけなら漁業組合でも作ってそっちで解決しろよ」

「それが、そうもいかないのです。ミリュウの一味はどういうわけか、ポートコベ付近の海賊のアジトに居座り動こうとしません。あと三日で、シジモンエビ漁の解禁日でして」

「シジモンエビ?」

 聞いたことのないエビだ。キャロが一緒にいてくれたらどういうエビなのかわかったのだろうが。

「我々ポートコベの漁師は年に一度のシジモンエビ漁で約半年の生計を立てます。その時は毎年隣の町のポートイサカと漁場争いをするのですが、ポートイサカの海賊とポートコベの海賊、双方の目があってなんとか半々のシジモンエビの漁場を確保できるのです。が、ポートコベの海賊がいないとなると、その漁場は全てポートイサカに奪われてしまい、我々ポートコベの漁師は全員生きていけません。我々があなた様の船を借りようとしたのも海賊船の数を少しでも増やし、相手を威圧するためでした」

 借りようとしたって、明らかに奪おうとしていた気がするが。

「はぁ……まぁ、適当に頑張れ」

 なんか面倒なことになりそうだ。

 よし、無視だ無視。放置してそのまま逃げよう――と思ったのだが、今度は海賊たち全員が俺を拝み、

「どうか、お願いです! 今度の漁の時だけでも海賊のフリをして我々の漁のお手伝いをしてください!」

「なんで俺がそんなことを――」

「お願いですっ! どうか、どうかお願いします」

 と全員で泣きついてくる。

 これは……ぐっ。

「……仲間と相談してからだ。あんたたちの言っていることが全部本当だという保証はないからな。それと、俺たちをポートコベに案内してくれ」

 俺がそう言うと、海賊たちは笑顔になり、再度俺を拝むのだった。


 一度船室に戻り、キャロを呼んだ。

 海賊たちの職業を確認したが、戦闘職向けの奴はいないので、キャロが襲われる心配もないと踏んだ。

「シジモンエビですか。最高級のエビですね。普段は海底深くの岩の隙間にいて捕まえることはできないのですが、年に一度産卵の時期にのみ卵を産むため比較的浅い場所にまで移動します。漁はシジモンエビが卵を産み終えてからシジモンエビが再度海に潜るまでの半日の間に行われます。彼らがいう、一年分の稼ぎの半分が一日で稼げるというのは嘘ではありません。ポートコベで獲れたシジモンエビは交易船を使って世界中で消費され、ポートイサカで獲れたシジモンエビは西大陸でのみ消費されるそうです。そのため、ポートコベのほうが輸送費がかかり他の大陸に渡った時に値段が高くなり、ポートコベのシジモンエビのほうが高級品だという風評が広がっていまして、それを快く思わないポートイサカとの小競り合いという名の漁場争いは絶えない――とキャロは聞いたことがあります」

「でも、俺たちは早くハルと合流しないといけないからな」

「イチノ様。ハルさんたちとの合流はおそらくシジモンエビの漁が終わるまで難しいです。ポートコベを行き来するには、一度ポートイサカとの定期船に乗る必要があります。ポートコベは陸の孤島と呼ばれる土地なので」

「なんでそんな場所に町があるんだ?」

「ポートイサカ付近は浅瀬で大型船が入れないからです」

 ……キャロは本当になんでも知っているなぁ。

 今のキャロの説明を海賊たちもうんうんと頷いて聞いている。

「それで、なんでハルたちはポートコベに来られないんだ?」

「そのシジモンエビの漁場がちょうどその定期船の航路にあるからです。シジモンエビが安心して浮上できるように、産卵の時期の一週間前から定期船は運休しているはずです」

「俺たちの船でそのままポートイサカを目指すのは?」

「この時期の漁場の通行禁止は国の法律でも決まっていますので、見つかればよくて船を没収、最悪投獄される可能性もありますが……」

 キャロの顔は、あまりお勧めはしないと言っている。

 つまり、ハルたちが来るとしても早くても三日以上はかかるということか。

「それと、これはお伝えしておいたほうがいいと思いますが、海賊が必要悪だということは、行商人の立場で言わせていただけると事実です。話も聞かずに船を奪おうとするのはやりすぎだと思いますが、船の運航許可証を取らずに運航しているこちらにも落ち度はあります。少ない人数での航行ですから、密貿易の船と思ったのでしょう。海賊にとって密貿易の船は宝の山ともいえます。密貿易を取り仕切るのは海賊であることも多いので、襲えば他の組織の海賊の力を奪うことにもつながりますから」

 とキャロが言うと、海賊たちは何度も頷いた。まぁ、普通の船ならこんな少人数で動かしたりはしないもんな。つまり、俺たちはポートコベの海賊がいなくなったのをいいことに、こいつらの縄張りを荒らして密貿易している男と思われたってことか。まぁ、だからといって許される行為ではないと思うんだが。

「その漁が終わるまで……でいいのか? 言っておくが、俺はそのポートイサカに味方する海賊を壊滅させたり、漁場をお前たちに独占させるつもりはないぞ。もちろん本物の海賊行為をするつもりもない。」

「勿論、それだけで十分です!」

「あと、お前らは二度と海賊行為をしないこと。漁が終わったら来年に備えて協定を結べ。ポートイサカと仲良くしろ」

「それは私たちだけではなんとも。皆の心情も――」

 と俺に逆らおうとしたので殺気をこめて睨みつけてやると、

「勿論皆を説得いたします!」

 こうして、俺は海賊退治していたはずが、いつの間にか海賊のフリをすることになったのだった。

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