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ハルの武道会(副将戦)

 ケット・シーの王位決定戦は副将戦が熾烈を極めていた。

 次鋒戦ではステラとマル王子が善戦を繰り広げたが、洗脳されたマルの容赦ない攻撃にステラは追いやられ、彼女の剣が折られたところで降参した。

 後の無い状態で始まった中堅戦は剣士対決。ハルと相手の黒衣の剣士の勝負は文字通り一瞬で終わった。

 気付けばハルの後ろにその黒衣の剣士は倒れていた。名乗りを上げる暇どころか剣技を見せる暇もなく。

 そして、はじまった副将戦。

 カノンの対戦相手は拳闘士――ボライドという名前の筋肉の塊のような男だった。

 最初、男はとても余裕だった。

「(わかっているんだろうな、カノン)」

 と男がカノンにだけ聞こえる声量で言った。

 それに、カノンは無言で頷く。

 この勝負、ヴァルフよりカノンは試合に負けるようにと命令されている。相手の余裕はそこにあった。そして、ボライドは一撃でカノンを地に沈めようとしたが、カノンはその攻撃を紙一重のところで躱す。

 それから二時間――カノンはひたすら攻撃を避け続けていた。

「どういうことだ、カノン! なぜ避け続ける!」

 ボライドが大きな声で叫ぶ。それは周りには、なんで攻撃をしてこないのかと訊ねているように聞こえるだろうが、実際は違う。どうして攻撃を自ら受けようとしないのかと。

 全ての攻撃が当たっていないわけではない。

 体力の消耗を押さえるため最低限の動きで避けるカノンの体には、拳圧によって生まれる細かい傷が次々に刻まれていく。

 いつまで続くのかわからない試合に、次第にケット・シーたちも試合に飽きはじめ、ブーイングが生まれ、暴動が起きるのではないかとも思われた。

 だが――

「黙れ! 必死に戦う戦士を侮辱する奴があるかっ!」

 とマリーナが一喝。

 それにハルが、ノルンが、何より第一王女であるステラが凄みを効かせ、暴動を食い止める。

 この不可解な行動の目的をハルたちはもちろん、マリーナだってわからない。

 だが、彼女は信じていた。その行動に何か目的があると。

 カノンの目が時間を経つごとに輝きを増していくのがマリーナにはわかったから。


 そして、太陽が大きく傾きはじめ、大会の係員のケット・シーたちがかがり火の用意を始めたころ。

「来たっ!」

 終始無言を貫いていたカノンがそう叫んだ。

 その時だ。

 空から無数の蝙蝠が舞い降りて合わさり、人の形になった。


 黒いマントを羽織ったその男は血のような赤い瞳でカノンを睨みつける。

「どういうつもりだ――」

「お久しぶりですね、伯爵」

 カノンは動きを止め、その男――ヴァルフに傅くポーズを取った。

「私の命令を聞かなかったのか?」

「いえ、もちろん聞いていますよ――ですが」

 とカノンは笑顔のまま手を後ろに向けた。

 そして、彼女の手から伸びた黒い刃が、後ろから殴りかかろうとしていたボライドの腹を貫き、彼はその場に倒れた。

「勝者カノンニャっ! 医療班は早くボライド選手を運ぶニャっ!」

「カノンが勝者ニャっ! 早く医療班はボライド選手を運ぶニャっ!」

 審判によってカノンの勝利が告げられ、ボライドは医務室へと運ばれていく。

 そして、カノンはヴァルフに対して言った。

「これから大将戦、あなたの過ごしやすい夜の時間です。是非とも大将として自分の手で勝利を手にしてはいかがですか?」

 とカノンは頭を下げ、舞台を降りた。

「カノン、我は貴様が勝つと信じていたぞ。それより、あの男とは知り合いなのか?」

 マリーナが尋ねたところ、カノンは苦笑し、「昔、ちょっとね――」と言って、そしてがちがちに固まるノルンを見た。

 ノルンはこの中では大会とは一番関係なく、そして力も弱い。ほとんど一般人と変わらない彼女にとって、大将の役割は荷が重かったのだろう。

「カノンさん、来たと仰いましたが、あの人が来るのを待っていたのですか?」

「ん? 白狼族のお姉さんは伯爵のことを知っているの?」

「はい、幼いころに一度見たことがあります。確か、魔王様に仕えていた吸血鬼で、魔王様が言うには信用ならない奴だと」

「正解だよ。絶対に信用してはいけない相手だ」

 とカノンは遠い目をして言うと、ハルは訝しむように言った。

「どうして彼が来るのを待っていたのです? 吸血鬼なら太陽の光が苦手。明るいうちに勝っておけば大将戦は有利に運んだはずなんですが」

「あぁ、そのことね。私が待っていたのは伯爵じゃないよ」

 と言ったところで、審判ふたりが舞台の中央に立った。

「ボライド選手の容態は、命に別状はにゃいそうにゃので、この勝負、改めてカノン選手の勝利とするニャっ!」

「ボライド選手の容態は、命に別状はにゃいそうにゃので、この勝負、改めてカノン選手の勝利とするニャっ!」

 と二人の審判が一言一句同じことを言ったので、ノルンは小さく吹き出した。

「ダメ元で頑張ってきます。相手の選手を殺すのはルール上禁止されていますから、死ぬことはありませんしね」

 とノルンが言うと、カノンは苦笑し、

「あぁ、そのことなんだけど、まだ伝えてなかったね」

 と頬をぽりぽりと掻きながら言った。

 そして、カノンが説明する前に、ふたりの審判が選手コールを行う。

「それでは王位決定戦、大将・ヴァルフ選手前に」

「それでは王位決定戦、大将・ミリュウ選手前に」

 その片方の名前に、カノン以外のメンバーは聞き間違いかと思った。

 だが、それは聞き間違いなどではなかった。

 空から一頭の巨大な白狼が舞い降りたから。

 その白狼からひとりの少女が飛び降りる。

「全く、カノン、ノルン、私に黙って勝手に宿を出るなんて、一体何を考えているのよっ!」

 大将ミリュウは大変ご立腹の様子だった。

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