レベル99の向こう側
気が付いたとき、湿った大地の感触とともに俺の後頭部に鈍い痛みが蘇る。
重い目蓋を開けた先に浮かぶのは、白い空間――一瞬、死んでしまったのかと思ったが、そうではない。
ここはマイワールドの中だ。
と意識が覚醒していく中、俺の顔をピオニアが覗き込んだ。
「マスター、目を覚ましましたか?」
抑揚のない声に、俺は質問で返した。
「俺はどのくらい寝ていた?」
「249秒程です」
約四分――決して長くはないが、レヴィアタンに島を蹂躙されるには十分な時間を与えてしまったことになる。
「マスター、目を覚まして早速ですが、マスターキャロルの介抱をお願いいたします」
「キャロの?」
と俺は自分の横にキャロが苦悶の表情を浮かべているのに気付いた。
「キャロ、一体どうした!?」
「隷属の首輪が絞まっているのです――早く隷属の首輪に手を当てて首輪を緩めてください」
「わ、わかったっ!」
俺は急いで彼女の首輪に手を当てた。
すると、彼女の表情はすっと和らいだ。
「一体、何が――」
「奴隷が主人を殴ったのです。このくらいの罰は当然発生します」
「…………そうだった」
忘れていた。キャロは奴隷なのだ。主人に逆らうことは絶対に許されない。
それでもキャロは逆らった――その代償が、これだったのだ。
「直ぐに回復魔法を――」
「マスター、お待ちください。マスターの魔力の残高もほとんど回復していません。今回復魔法を使えば――」
「わかってるよ。ただ、情けない話、ここで何もしないくらいなら気絶したほうが遥かにマシだ」
と俺はキャロにプチヒールをかけ、盛大にぶっ倒れた。
さらに俺が目を覚ましたのは二時間後だった。
キャロはまだ目を覚ましていない。外の様子がわからないのが辛い。
もう外は夕方になっているかもしれない。
そう思った時だった。
「久しぶりだね、坊や」
目の前にコショマーレ様が現れた。
本当に突然の来訪に俺は驚きながらも、どこかほっとした感じがした。
「お久しぶりです、コショマーレ様」
「おや、私を見てオークだの言わないのは初めてじゃないかい?」
「そうですね……今はそういうことを思っている余裕もないので」
「そうかい……坊やたちの戦いはちょっと見させて貰ったよ。悪いね、現世のことはあまり力になれなくて」
「いえ、女神様には女神様のルールがあるそうですから、それに関しては何も申す事はありません」
本音で言えば、レヴィアタンの雄を女神様が倒した時、どうして雌を倒さなかったのか、という疑問はあるが。
「そっちもいろいろと事情はあるんだよ」
とコショマーレ様は俺の考えを読み、申し訳なさそうに言った。
「いえ、本当にこれは俺の慢心と力不足が招いたことですから」
「レヴィアタンは死んだよ」
「……え?」
レヴィアタンが死んだ。その言葉に俺は絶句しかけた。
「どういうこと……です?」
ようやくの思いで紡いだその言葉に、コショマーレ様はさらに続ける。
「魔王ファミリス・ラリテイが復活してね、弱ったレヴィアタンにとどめをさしていったよ。ついでに坊やのご執心だった機械人形も連れて行ってね」
「……よかった」
魔王ファミリス・ラリテイが復活したという驚きよりも、シーナが無事だということがわかり、俺は安堵した。
「魔王ファミリス・ラリテイは今、ポートコベに向かっている。坊やにもこれからそこを目指してもらいたいんだよ」
「わかりました。魔王はハル――俺の仲間の恩人ですし、ただの悪人でないことは俺も知っていますから。今回の件もお礼を言いたいですし、元々ポートコベを目指すつもりでしたから。コショマーレ様はそのことを俺に伝えるためにいらっしゃったんですか?」
「いや、もうひとつの厄介なことがあってね」
「そういえば、俺がレベル90になったとき、変なスキルを入手しているんですけど――」
「それもこっちでは把握しているよ――今は詳しくは言えないけれど、転移陣を使わなければ問題ないスキルだから、暫く転移陣を使わない生活をしておくれ」
やっぱりこの島への転移はあのスキルが原因なのか。
「前置きを言わせてもらうと、私たち女神が設定している全ての職業のレベルの限界は99なんだよ。99までレベルが上がる職業はごく一部に限られているけどね。例えば無職や平民もレベル99までしか上がらない設定にしていたはずなんだよ」
「そうなんですか。じゃあ、もう少しで無職はカンストできそうですね」
「その様子だと、坊やは気付いていないみたいだね」
「気付いていない?」
「坊やの無職のレベルが99になっているんだよ」
「……え?」
嘘だろ、俺、気付かない間に無職カンストしてたのか?
と自分の職業を確認した。
【無職Lv99 火魔術師Lv60★ 水魔術師Lv60★ 風魔術師Lv60★ 土魔術師Lv60★】
本当だ、レベル99になっている。スキルを覚えなかったから気付かなかった。
……ってあれ?
「気付いたかい? その通りさ。限界値であるはずの無職のレベルが99になったのに、限界を迎えていない。これは非常に厄介なんだよ。一体、レベル100になったら何が起こるのか? そもそもレベル100になる時が来るのか。女神の私にだってわからない――もちろん坊やの成長を止めるつもりはない。こちらとしては情報はひとつでもあったほうがいいからね。ただ、これだけは覚えておきな。レベル90になった時に覚えたスキルのように、全てのスキルが坊やの味方をするわけではないことを」
全てのスキルが俺の味方をしない……
「坊や、今なら間に合うよ。職業変更スキルで無職スキルを外すことができる。どうするかは坊や次第だからね」
そう言うと、コショマーレ様は姿を消した。
最後に、
「暫くはゆっくりと休むんだね」
と言い残して。
そして俺は――
あとは武道会を2、3回してエピローグして、長い今章も終わりです