ミリとシーナ
レヴィアタンの死を見届けたミリは、振り返って島を確認した。
雷による攻撃により、島の形はすっかり変わってしまっていて、かつて見た面影は何一つ残っていない。
(凄い威力……復活したてとは思えないわね。一体、誰がレヴィアタンに攻撃をしたのかしら)
勇者アレッシオ、魔術師ハッグ、ふたりの顔が浮かんだが首を横に振る。
あんなことをできるとしたら、もっと厄介な、あの変態魔動技師であるダイジロウくらいだと彼女は直感した。
一体、どこからどうやって攻撃をしたのかはわからないが、もしもそうであるならこの島から早く立ち去りたい。そう思いつつ、彼女は島の中心を目指した。
排水システムの故障か、人工泉はすっかり枯れ果て、地下に続く入り口が露わになっている。
ミリは地下に続く穴を見ると、空間からフェンリルを呼び出し、その背に乗った。
「降りなさい」
その命令に、フェンリルはミリを乗せたまま壁を駆け降りる。
そして地面に激突する寸前、フェンリルの姿は虚空へと消え失せ、ミリは大きく横穴に跳んだ。
まるで何事もなかったかのようにさらに横穴を奥まで歩き、そこからさらに上に続いた穴を見つけて跳躍。
そこには多くの木が生え、猿の魔物たちがミリを出迎えた。
その魔物たちはまるで新たなボス猿が誕生したかのようにミリを土下座して出迎えたが、ミリはそれを無視して迷宮の奥へと進む。
(あちこちの損傷が酷いわね。崩れることはないと思うけど、迷宮として機能するのは難しくなっているわ)
明かりが残っているだけでもまだマシだと、ミリはさらに奥へと進む。
魔物の姿はない。そもそも、レヴィアタン亡き今、たとえここが迷宮の機能を残していたとしても魔物が湧き出ることはなくなっただろう。
ミリはそのまま真っ直ぐ進み、隠し部屋の中に入った。
そこに待っていたのは、かつてと全く変わらない姿でいた作業人形だった。
彼女はミリを見ると、口を開き、
「978-4ー7753」
と数字の羅列を口にした。
「……え?」
ミリは彼女が何を言っているのかわかり、そしてわからなくなる。
「お答えください。正しい答えが出ない限りマスターとは認められません」
なおも、作業人形は続けた。
それに対し、ミリは拳を振るわせ、
「主人の魔力もわからないのっ!」
と首の後ろに水平パンチを喰らわせた。
「……魔力認証。グランドマスターと把握。お久しぶりです、グランドマスター」
と作業人形417号は抑揚のない声で言った。十数年ぶりの再会にも全く動じていない。
「久しぶりね、シーナ」
「グランドマスター。残念ながら417号の名称はすでに設定されています。正しい呼称でお呼びください」
「ここに他に誰か来てマスターになったの? ……まぁ、いいわ。それで新しい名前って」
「シーナ3号です」
「なんで3号!?」
「ファミリス・ラリテイ様、ダイジロウ様もシーナ3号の名前をシーナと設定なさったので、区別するために3号と追記しています」
「ダイジロウ……そう、シーナの二人目のマスターはダイジロウだったのね……確かにあの変態ならシーナの暗証番号の解析くらいできるかしら」
まさか、417号が暗証番号を尋ねられてそのまま答えたとは夢にも思わないミリはそう言って小さく頷く。
「ダイジロウが管理しているってことは、三人目もダイジロウの知り合いってことよね……んー、となるとやっぱりレヴィアタンを痛めつけたのはダイジロウってことかしら」
「グランドマスター、訂正します。三人目のマスターはダイジロウ様を一方的に存じているだけの方で、知り合いではありません」
「え? そうなの?」
「それより、グランドマスター。質問をしてもよろしいでしょうか?」
「シーナから質問? 珍しいわね。いいわよ」
「レヴィアタンは消滅したのですか?」
「ええ、私がやっつけたわ。でも、ずいぶんと弱ってたわね。今の私だと本当なら封印もできないはずだったからかなりラッキーよ。レベルも一気に10以上あがったし」
「そうですか」
とシーナが少し笑った――そういう風にミリには見えた。
「ところで、シーナ。ここに宝玉が封印されていたはずだけど、それって知ってる?」
「肯定します。マスターダイジロウより授かっていました。今朝前マスターにお渡ししました」
「ちょっと待って、今朝って言った? その前マスターは朝までここにいたの?」
「肯定します。レヴィアタンが復活する前に避難していただきました」
シーナが肯定したため、ミリは考えた。
ということは、状況的に判断するとあのレヴィアタンにあれだけダメージを負わせたのはその前マスターという可能性が一番高い。
だが、レヴィアタンを倒してから周囲数キロの範囲に影を伸ばして索敵を行ったが、島の中、外には人のようなものは見当たらなかった。
あったのは無人の小船だけ。
その小船にわずかに魔力の残滓があったことから、転移魔法かなにかで逃げたのかと思っていたが。
「一体、何者なの、その前マスターって」
とミリが呟くと、シーナはそれを質問と受け取った。
そして、それに答えた。
「名称はイチノジョウ。職業は無職。二十歳の男性です」
その言葉に、ミリは固まった。
静寂が場を支配し、時間にして一分後、ミリは正常に戻った。
「おにいがここにいたの?」
「否定します、ここにいたのはイチノジョウという男性です」
「だから――あぁ、もう! イチノジョウって人はどこに行くって言ってた?」
「西大陸のポートコベに戻ると仰っていました」
「ポートコベ……大丈夫。おにいはまだ死んでいない。必ずおにいはポートコベに行くわ」
これは一之丞も知らなかったことだが、作業人形417号にはマスターが死ぬと、自動的に次に417号を発見した人間をマスターにするという機能が組み込まれている。そのため、ダイジロウは417号のマスターになる時、暗証番号を必要としなかった。
そしてダイジロウは、暗証番号に対して質問された時、その答えを言うようにと417号に命令していたのだ。
その方が面白そうだからと言って。
そして、先ほど暗証番号を質問されたことにより、ミリの兄、一之丞の生存が確認されたことになる。
「シーナ、早速ポートコベに先回りするわよ。あんたもついてきなさい」
「よろしいのですか?」
「もうレヴィアタンは死んだからここにいる必要もないでしょ! それより、おにいに追いつくのが先決よ! あんたの力、目一杯使わせてもらうわ」
と言って、ミリはシーナの手を掴むと、転移魔法を使ってひとまずノルンたちに合流するべく、コラットへと戻ったのだった。