太古の浄化炎
レヴィアタンの攻撃が島を飲み込み、一瞬で島の形が変わった。
「シーナっ!」
あれはもはや雷なんてもんじゃない。全てを飲み込む怪光線じゃないか。
「イチノ様、あの攻撃は地上だけを狙いました! 迷宮は地下深くにありますからシーナさんは無事のはずです」
「わかってる……でも――」
本当に無事なのか?
あの迷宮は普通の迷宮ではない、人造の迷宮だ。パイプのようなものがあちこちから延びている。
あんな雷を浴びて施設の設備が完全に生き残っているとは思えない。あんな地下迷宮、空調が壊れただけで猿たちには命取りにもなるぞ。
レヴィアタンは移動を開始した。
島に近づくつもりだ。
「イチノ様、早く魔法を!」
「わかってる――だが、狙いが定まらない」
太古の浄化炎をいまだに一度も使ったことがない、その速度も炎の大きさもわからない。それにブーストを加えるともなれば、ますます速度がわからない。せめて止まってくれたら――
むしろ俺は最大の好機を逃してしまった。
レヴィアタンが攻撃をする時、一瞬動きが止まる。
あの時ならばなんとかなる。
だが、それを待つわけにはいかない。
次の攻撃がシーナに死をもたらさない保証なんてどこにもないのだから。
ならば、狙うしかないのか――
(マリーナがいてくれたら、あいつの指示通りに撃てばあたりそうなのに)
ないものねだりなのはわかっているが、どうしても外せない状況なだけに何とかしたいと思った。
「イチノ様、敵がいる方角さえわかればいいんですよね。なら、もしかしたら使えるかもしれない作戦があります」
「作戦?」
「キャロが海の中――船の下に潜ります。誘惑士のスキルは日中でも土の中でなら効果が発揮されます――それなら、もしかしたら海面より下に潜ればいけるかもしれません。ここに水をくみ出すためのバケツがあります。これをさかさまにして潜り、空気を確保すれば何分かは潜っていられます」
「キャロ、お前の月の誘惑香は匂いで魔物を誘きよせるスキルだろ! 空気穴を作っている木箱の中とかならまだしも、海の中でその匂いが広がるとは――」
「鮫は一キロ先の血の匂いをも嗅ぎ分けると聞いたことがあります――そもそもキャロのスキルがレヴィアタンに通用するかどうかもわかりませんが」
「……レヴィアタンが向きを変えたらすぐに魔法を放つ。そしたら直ぐに船の上に戻ってこい。レヴィアタンが向きを変えなくても、俺が魔法を放たなくても二分したら船に上がれ。鮫の嗅覚云々が本当だとしたら、レヴィアタンに効果はなくてもさっき逃げ出した魔物たちがその匂いを嗅いで戻ってくる可能性が高い」
「わかりました。この隷属の首輪にかけて、イチノ様の命令には絶対に従います」
キャロは頷き、大きめのバケツを逆さにして空気を確保し、海の中に飛び込んだ。
「キャロ、俺の魔法を放てば船が大きく揺れるかもしれない。頭をぶつけないように気をつけろよ」
「はい、イチノ様もご武運を」
キャロはそう言って、海の中に潜っていった。
船の底からバケツがぶつかる音が聞こえてくる。そこにバケツを固定させたのだろう。
どれだけ時間があるのかわからない。
レヴィアタンが次の攻撃を放とうとする仕草を見せれば、俺は即座に攻撃に移るつもりだ。
そもそも、そのレヴィアタンの攻撃を許してしまったら、俺はこの戦いの意味のほとんどを失うのだから。
そして――一分が経過した。
レヴィアタンが大きく口を開け、角に力を集めた。
ダメだ、もう待てない!
そう思い
「ブースト太古――」
と魔法を唱えようとしたとき、急にレヴィアタンの角から雷が消えた。
そして、向きを変えたのだ。
こちらへと。
(やったぞ、キャロっ!)
レヴィアタンはまっすぐこちらに向かってくる。
これなら、攻撃の速度も敵の速度も関係ない。
まっすぐ敵目掛けて撃てば当たるのだから。
「キャロ、しっかり捕まってろよっ! 絶対溺れるんじゃないぞ!」
俺はそう叫び、
「ブースト太古の浄化炎」
と魔法を放った。
直後、体からエネルギーが根こそぎ奪われていく感覚に襲われた。
これまで感じたことのない、魔力枯渇の時よりもひどい脱力感。
と同時に、杖から放たれたのは、小さな小さな炎の粒。
速度だけは目にもとまらぬ速さだが、あんな炎になんの意味が――と思ったときだった。
その炎がレヴィアタンに当たった。
そして、起こったのは衝撃だった。爆発や爆風ではない、
周囲の空間全てを吸収し、解き放つビッグヴァンのような破壊力に船が大きく後ろに流された。
「キャロ――!」
「イチノ様っ!」
流される波にキャロが流されそうになるが、彼女が伸ばしたその手を俺が掴む。脱力感で今にも気を失いそうだが、最後の力を振り絞って一気に船の上へと引きあげた。
「倒したのですか?」
いまだに爆炎の中にいるレヴィアタンを見て、キャロは言った。
「もちろんだ。あれで生きているようなら、もう勝ち目は――あ……」
そこで俺は気付いた。
レベルが上がっていないのだ。
火、水、風、土の魔術師のレベルは既に限界まで達しているが、無職のレベルはまだ上がる余地がある。
レベルが上がらないってことは、つまり――
ボスだから経験値が入らない仕様であってほしいと願ったが、それは無駄だった。
晴れゆく炎の中から、その巨大な体が現れたのだから。
生きている。かなり弱ってはいるが、まだ生きている。
「……傷が塞がっていく」
自己再生をはじめているのか。
ならば、倒せるのは今しかないんじゃないか?
「もう一度、同じ魔法を放つ」
「無茶です、イチノ様っ! 魔力が持ちません! イチノ様の今の状態では魔法が発動するかどうかわかりませんし、発動したらどうなるのかもわかりません! 魔力ブーストは確かに魔術師にとっては大勝負の時に使う切り札のようなものですが、同時に危険な魔法でもあります! イチノ様がもし死んだら――」
「キャロはマイワールドから出られないし、ピオニアも困るとは思う……が、でもトレールール様がいる。あの人はおそらく結構サボって俺の世界に来ると思うからな。だから、困ったらトレールール様に頼めばなんとかなると思う――さっきのレヴィアタンの攻撃を見てわかったよ。あんなのが多くの人がいる大陸にまでいったら何千、何万の人が死ぬことになる」
俺はこの世界にきて、成長チートの力と無職チートの力でなんでもできるようになった。いや、できるようになったと思っていた。
だからこそ、ここで俺がやらなければ誰がやるっていうんだ!
「覚悟しろ、レヴィアタン! ブースト――」
――ダンっ
鈍い音が俺の後頭部を襲い、弱っていた体に大きなダメージを与える。
倒れざまに見たのは、涙ながらにオールを持つキャロの姿だった。
「イチノ様、ごめんなさい。でもキャロはイチノ様に生きていてもらわないといけないのです」
彼女はそう言うと、俺の体をひっぱり、マイワールドへと入っていく――と同時に、俺の意識もまた闇に落ちていった。
※※※
突如消えたふたりの人間らしき影と、先ほど自分を襲った炎。そして、自分の意識を操った謎の匂い。その全てに警戒していたレヴィアタンは、また新たな気配が現れたのに気付いた。
「巨大な爆発があったと思ったら――どうしたの?」
と言って人間の少女が島で笑っていた。
レヴィアタンは牙をむく。
姿形こそ違えど、それが自分を封印した魔王を名乗る人間だと気付いたから。
そしてレヴィアタンは雷を放とうとするが、
「角が再生しきっていないあなたじゃ、私の相手は力量不足だったわね。暗黒の千なる剣」
と彼女――転生した魔王ファミリス・ラリテイ――楠ミリは巨大な闇の剣を放ち、レヴィアタンの体に突き刺していき、そのたびに闇がその体を飲み込んでいく。
そして、最後に静かな海と焼け焦げた島――無人の小船だけが残ったのだった。