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嵐の前の

 帆船の外への出し方としてピオニアが推奨したのは、満潮の時に小船を沖まで進め、そこでマイワールドに入る。

 そして、干潮の時に扉を帆船の下に出し、海へ落とす方法だ。

 ただ、扉を大きくすると僅かの差だがMPを消費するらしいので、これから戦いを待ち受けている俺としてはあまり好ましくない。

「あの、ピオニアさん……沖に出るための小舟というのは一体どこに?」

「それでしたら帆船に積んでいます」

「え?」

 と思って帆船のデッキからぶら下がっている縄梯子を伝って上がると、確かに小舟が積んであった。帆は無く、手漕ぎのボートだが、結構頑丈にできている。少なくとも大きな公園にある池のボートよりは頑丈そうだ。

 これならば海に出ても大きな波が来ない限り沈むことはないだろう。

「ピオニア、この小舟を使わせてもらうよ! 問題ないな」

「はい、大船に乗ったつもりで使ってください」

「大船に乗ったつもりで小舟に乗るって変な感じだな」

 船をロープに括り付けて降ろそうかと思ったが、考えてみれば扉をここに作ればいいだけだから、あえて帆船から降ろす必要はなさそうだ。

 何はともあれ、船の確保はできた。

 後、問題なのは――俺の実力だけか。

 これに関してはいまさらじたばたしても仕方のないことだ。

 俺はデッキの上から飛び降り、アイテムバッグの中にある包丁などの調理器具を取り出し、

「時間あるし、ちょっと早いが昼飯にするか。魔物が現れるまではまだ時間もあるし」

「そうですね――と言っても私ができるお手伝いは限られていますが」

 うん、キャロはお世辞にも料理が上手とは言えないからな。

「キャロは気にせず――そうだな。トマトを摘んできてくれ」

「はい、それならできます」

 うんうん、採取人としてのレベルを上げてくれたまえ。

 その間に俺はスープでも作るとしますか。

「マスター、お手伝いしましょうか?」

「あぁ。それなら、干し肉を食べやすい大きさに切ってくれ」

 と俺はテーブルに浄化クリーンをかけ、

「はい」

 とピオニアは返事をすると、自分の右手を包丁に、左手をまな板に変化させ、そして動かなくなった。

 何をしているんだ? と思うとピオニアは思いついたように口で干し肉を咥えようとし、

「だぁぁぁ、包丁に変形した右手を元に戻せばいいだけだろっ! 両手が塞がって肉をまな板の上に置くことができないのならそう言え。というか、その状態だと肉を押さえることもできないし」

「それは盲点でした」

「どんだけでかい盲点なんだよ」

「マスター、大きな盲点は存在しません。盲点というものはそもそも片目を閉じたときに視界の中にある小さな点が見えなくなるものを指すので――」

「わかってるよ」

 紙の上に小さな点を二個書き、片方の点を集中して見ながら紙を前後に動かすと、別の点が見えなくなる時がある――みたいな感じだよな。

 ミリに昔教えてもらったことがあるからそのくらい知っている。

 ピオニアと話しているとたまに疲れるな。

 ……シーナともこんな風に会話を楽しむことができただろうか?

 もしもこれから戦う敵がシーナの言う通り強敵で、俺なんかが太刀打ちできるような相手じゃないのだとしたら、本当は俺はもっとシーナと会話するべきだったのかもしれない。そんな風に思ってしまう。

「マスター、魔王ファミリス・ラリテイが製造したオートマターのことをお考えですか?」

「……あぁ、ちょっと……な」

「それでしたら、考えるだけ意味ありません。オートマターの一番の望みは、主君の望みをかなえること。確かに現在、マスターがあのオートマターのマスターかもしれませんが、彼女の本当の望みはファミリス・ラリテイの願い通り、あの島を守ることでしょうから。その望みを曲げてオートマターを救い出したいというのなら、それはもうマスターのエゴとしか言えません」

「……えらくキツイ物言いだな」

「謝罪します」

「……そして、優しいな――」

 ホムンクルスなのに。

 その言葉を俺は飲み込んだ。というか言葉にできなかった。

 俺の中のホムンクルスやオートマターと人間の境界が曖昧になりすぎてしまったから。


 それから、俺たちはスープを飲み、少し休んだ。

 残ったスープと使った食器の後片付けはピオニアがしてくれるそうだ。

「キャロ、行こうか」

「はい、イチノ様」

 真剣な表情でキャロは頷いた――が緊張している様子はない。

 少しは彼女の度胸を見習いたい。

「キャロは危ないと思ったら絶対に避難してくれよ」

「もちろん、その時はイチノ様も一緒ですよ」

「わかってるよ。じゃあ、ピオニア――夕食はでっかい魔物の肉でお祝いでもしようぜ!」

 俺はそう言って扉を開け、船を持ち上げた。

 重い――がなんとか動かせる。

 俺は扉の外に船を出した。

「はい、マスター。焼く準備をしてお待ちしております」

「焼き専門なんだ」

「たいていの食材は火を通せば食べられますから」

 それはどうやらピオニアの持論らしい。

 俺としては焼きよりも煮込みのほうがいいと思うんだがな。

 そんなことを思いながら、俺たちは海岸に戻った。


 海はとても穏やかで、波の音も静かだった。

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