ハルたちの武道会⑨
武道会の一回戦は、最初の大道芸対決とは一変、熾烈を極めていた。
ピエールが生み出した三体の炎の獅子が、三方からマリーナを攻める。
もしも第二職業の狩人によるステータス強化がなければ、マリーナは昨日のミルキー同様炎にくるまれ大火傷を負っていただろう。
だが、いくらステータスを強化しているとはいえ、限界があった。
風の弓で射た矢も、炎の獅子には通用しない。
今彼女が撃った風の矢も炎の獅子を吹き飛ばしはするがダメージは全く与えていない。
「なかなかやりまスーネ! デスーガ、私の獅子を倒せないーのはわかったーでしょ? 降参したーラどうですーか?」
「ふん、ほざけ。妙な喋り方をしおって。確かにこの炎の獅子は天敵――だが、ピエール。貴様も限界なのだろう? 追加の獅子を出さないということはそういうことだ。つまり、この三体の獅子を倒せば我の勝ちだ」
「その通りでーす――が、あなたに倒せますーかね? 私の炎の獅子のからくりも見抜けなーいのに」
「ふん、それはとっくに見抜いている。式神に不燃紙を使っている――ただそれだけのことだ」
「…………!?」
ピエールの顔がわずかに歪む。
不燃紙――それは言葉の通り燃えない紙のことだ。特別な薬品に浸すことで耐火性を持つ。
そうすることで超高温の炎を纏い、式神の弱点である炎からも身を守る。残りの弱点は水だが、
「ポーカーフェイスが崩れておるぞ。道化失格ではないか? そこはよくぞ見抜いたと喝采するべきだろう」
「手品の種を言いあてーるのは、いい客とはいえませーんね。それで、アナータに何か策が生まれると? 言っておきますーが、薬液の効果が切れるのを期待しても無駄ですーよ! ワターシの式神は一時間以上も燃え続けますーから」
「そうであろうな――」
とマリーナは笑うが、本音は時間切れを期待していた。
ピエールの言っていることが嘘である可能性は残っているが、真実だろうと彼女の直感は告げている。
だが、逆に光明も見えた。
問題は、それが可能かどうかだった。
(後がない――)
マリーナは今、舞台の端に追い詰められていた。
ここでは三体の炎の獅子の攻撃全てから身を躱すのは不可能。風の矢で炎の獅子を押し返して道を作るしかないはずだった。
だが、彼女は弓を下げた。
その行動に、誰もがマリーナが負けを認めたのだと思った。
「マリーナ、そうだ降参しなっ! あとは私たちがなんとかするから!」
カノンが叫んだ。仲間による降参は認められていないため、マリーナの自主的な降参宣言を促す。
だが、マリーナは静かに笑って、言った。
「ピエール。どうした? 我はここにいる――攻撃しないのか?」
彼女の宣言に、ピエールが急に真顔になる。
「確かに、ショーを中断するのはエンターテイナーの恥――あなたの心意気に敬服し、フィナーレを飾らせてもらいましょう」
さっきまでのおちゃらけた口調とは違う本気の宣言――
「行くのです、炎の獅子よっ!」
と彼が言うと同時に、三体の炎の獅子がマリーナへと襲い掛かる。
と同時に、彼女も走った。ピエールの方へと。
そこでマントの襟元を掴むと、それを放り投げた。
「そんなもので私の攻撃を防ぐつもりですかっ!」
とピエールが叫ぶ、と同時にそのマントを炎の獅子三体が引き裂いた。
が――
「やはりな、炎の獅子に自我はない。何も見えていない――だから炎の獅子という巨大な炎、そしてマントによる死角で獅子の攻撃を躱すことができる」
とマリーナはそう言うと、風の弓をピエールに向けた。
「我の勝ちだ」
ピエールはその風の矢が自分に来るものだと思った。
常に炎の獅子の背後にいて、マリーナからはいままでは攻撃できない位置にいた。
だが――今は違う。
やられる――そう思った。
が、マリーナはピエールに背中を向けると、風の矢を二本、左右の炎の獅子に向かって撃ったのだ。
その攻撃にピエールが出した命令はただひとつ――避けろというものだった。
そして、その命令を彼は即座に後悔する。
風の矢は炎の獅子の僅か外側を狙っていた。それに対して避けろと命令したら、当然二体の炎の獅子は内側にいく。そして、三体の炎の獅子はマリーナを襲おうとかなり近い距離にいたため、結果的に三体の炎の獅子が衝突することになった。
その時、獅子の炎は、互いを食らいあう。
「通常の炎だと一時間は耐えられる貴様の炎の獅子――常に三方からの攻撃は我を追い詰めるためではなく、炎の獅子同士の干渉を防ぐためのものだった。些細な動きの違和感からそのことはすぐにわかった。あとはタイミングを作り出すのみ。命令のミスで自滅するとは、最後に油断したな、ピエールよ。もっとも、貴様が何の命令を出さずとも、我の風の矢が獅子の側面をかすめて内側に押していたがな。さて、ピエールよ。降参することを勧める。この勝負は我の勝ちのようだ」
「……確かに、私にはもうあなたを倒す手段は残されていません。ですが、マリーナさん。私は主より降参することを許可されていません。どうかその風の矢で私を気絶――」
とピエールが言った時、マリーナはそのまま倒れた。
ピエールが何かしたわけでもない。別の誰かから攻撃があったわけでもない。
「……魔力枯渇ですか」
ピエールは静かに呟いた。
そしてピエールは彼女に頭を下げた。
どうして風の矢で自分を攻撃しなかったのか――それは風の矢の威力が強力すぎるから。下手をしたら自分を殺してしまうから。そのことにピエールは気付いていた。
だから、ピエールは悔しかった。
本来なら負けを認めたい。エンターテイナーとして、そして戦士としても自分はこの女性に劣っているとわかっているから。
だが、彼にはそれが許されていない。
「申し訳ありません――マリーナさん」
彼は帽子を取り、深く頭を下げた。
そして、審判により、ピエールの勝利が告げられた。
マリーナは、舞台へと上がったカノンに抱えられて医務室へと向かう。
「よくやったね、マリーナ。偉かったよ」
カノンは涙を流してそう言った。
だが、誰もがマリーナを敗者だとは思わない。
それでも、ステラ陣営にとっての初戦は黒星でのスタートとなった。
成長無職3巻、昨日発売しています
マリーナが大活躍するお話です。こっちのマリーナよりも書籍版のマリーナのほうが少し若いです。
そして、イラストがかなりえっちぃです。書店で見かけたら、ぜひとも表紙をニヤニヤとみてください。