島を去りし時
「イチノ様、お疲れ様でした」
迷宮の中央にある隠し部屋でキャロが出迎えた。
シーナが言うには現在は夜を過ぎ、朝の七時十分らしい。つまり徹夜で俺は狩り続けたわけだ。
「キャロ、もしかして寝ていなかったのか?」
「ええ。ピオニアさんも船の製作をなさっていますし、せめて皆さんの食事だけはと――ピオニアさんは既に夕食と朝食は終えました。イチノ様も召し上がりますか?」
と言われ、俺はキャロの横のテーブルの上に並べられた朝食を見る。昨日までこのテーブルもなかったはずなんだが、キャロが持ってきたのだろうか? 一応、マイワールドへの扉は開けっ放しにしているからな。
とても美味しそうな料理が並んでいる。
果物がメインだが、肉もあるな。これは精がつきそうだ。
「これはキャロが作ったのか?」
キャロの料理の腕を思い出す。それは少々お粗末なもので、この料理を作る程の腕があるとは思えなかった。
「……いえ、キャロはあまり料理は得意ではないので、三号さんのお手伝いをしただけです」
なるほど、シーナが作ったのか。ピオニアといい、スペック高いんだな。
「そうか。手伝いだけでもありがたいよ。夕食も干し肉を齧っただけだったから、お腹空いてるんだよ」
俺はシーナを見て彼女にも礼を言った。
「シーナもありがとうな」
「いえ、マスターに仕えるのがシーナ三号の務めです。最後にマスターのお役に立ててよかったです」
やはりシーナは諦めモードだった。
まもなくこの島は復活した魔物によって破壊される。
俺はその魔物をどうにかするために修行したが、それはシーナには伝えていない。反対されるのはわかっていたし、さらに自分勝手な理由もある。
(俺は、恐らく自分の命が危険だとわかればこの子を見捨ててしまう)
俺にとってそれが大きな罪悪感だった。
俺が死ぬということは、つまり一緒にいるキャロも死ぬということになる。たとえキャロをマイワールドに送っても、俺がいなければその世界に通じる扉を開くことができない。
キャロだけでない。俺が死ねば奴隷であるハルやマリナもどうなるかわからない。
そして、俺とキャロは朝食を食べる。体力をつけなければいけないからな。できる限り腹に詰め込んでいく。
最後にお茶を飲んでいる時、大きな揺れが食卓を襲った。
「マスター、そろそろこの島を去ってください。もう危険です。船は既に完成しているそうですから」
まだ時間には余裕があると思ったが、
「俺ももう一度聞く。俺の命令でも頼みでも、お前は一緒に来ないのか?」
「はい。グランドマスターの命令ですから」
シーナは間髪入れずに頷いた。梃子でも動かないという意思表示がそこにはある。
魔王ファミリス・ラリテイも余計な命令をしてくれたものだ。彼女は既に死んでいるからその命令を撤回することもできない。
「……そうか。ありがとうな、世話になったよ。何か礼をしたいんだけど、してほしいことはあるか?」
俺が尋ねると、シーナは少し困ったように口を噤む。
そして――
「最後に、マスターに言って欲しい言葉があります――」
「俺に言って欲しい言葉?」
いったいなんだ?
愛の言葉か? いや、そんな雰囲気じゃないよな。
「なんだ?」
「『いってくるよ』と」
「それだけ?」
「はい」
何故、そんな言葉が欲しいのかそれがシーナの望みならばと、俺はシーナに言った。
「いってくるよ、シーナ」
「はい、いってらっしゃいませ、マスター」
シーナはそう言って頭を深々と下げた。彼女のその表情は俺からは見えない。
だが、俺は彼女のその姿を見て、「いってくる」ともう一度呟き、キャロと一緒に迷宮の出口へと向かった。
迷宮の出口で猿たちが木の上から俺たちを見送った。
そして、唯一の出口である水面を見る、温泉のように熱かった水はすっかり冷めてしまっていて、泳ぐのにちょうどいい水温になっていた。この水温はシーナ三号が調整しているらしい。
「そうだった、ここを通らないといけないんだったな。キャロは一度マイワールドの中に戻ってろ。潜るのはひとりで十分だからな」
「はい、申し訳ありません」
俺は引きこもりスキルでマイワールドを展開し、そこにキャロに入ってもらった。
そして、水の中に潜る。
ここに最初に潜った時は、まさかこんなことになるだなんて思ってもいなかった。
地上へと出る。
当然だが、俺が放った氷は既に溶けてなくなっていた。
そして、俺は森の中を真っ直ぐ歩き、海岸へと向かう。
「結局間に合わなかったが……これならなんとかなるか」
海岸に辿り着く直前に自分の職業を確認した。
【無職Lv97 火魔術師Lv60★ 水魔術師Lv56 風魔術師Lv56 土魔術師Lv60★】
火魔術師と土魔術師を極めたのは食事の一時間前のことだった。
シーナからアナウンスにより、暫く魔物が湧かないと言われて水魔術師と風魔術師を極めることは諦めたが、俺の魔法攻撃力は今や天元突破レベル。
この力さえあれば、魔王すら倒してみせるさ。
そう決意し、海岸に辿り着いた。
とても穏やかな海が眼前に広がっていた。