ハルたちの武道会⑥
ステラが勝利を手にした後の試合の流れは非常にスムーズだった。
「勝者、カノンニャっ!」
「カノンの勝ちニャっ!」
副将戦の終了の宣言が成され、そして、それは一回戦終了の宣言へと移行する。
「「よって、一回戦、ステラ様たちの勝利ニャっ!」」
カノンは黒曜ナイフを鞘に収める。
次鋒戦勝負に続き、ハルワタート、カノンが各々中堅戦と副将戦で勝利をおさめ、大将戦に進むことなく勝敗が決した。
まずはハルワタートたちの予定通りだ。
「カノンは本当に強かったのニャ」
「疑っていたの?」
カノンは笑ってステラに尋ねた。
ステラはもちろん、ハルワタートやマリーナも知らないことだが、カノンの本当の戦闘スタイルは短剣ではなく魔法――しかも闇属性の魔法を得意とする。
ここで魔法を使わなかったのは、マリーナと同様手の内を少しでも隠すためだった。
(もっとも、ヴァルフ将軍があっちにいる時点で、私の手の内はある程度バレているでしょうけど)
カノンはため息をつく。
「どうしたのニャ?」
「ううん、確かに私は強いけど、世の中には上には上がいるのよね」
とカノンが自嘲気味に笑った。
その上というのが誰なのかを知っているノルンだけが苦笑し、
「やっぱり、私は何もできなかったね……」
残念そうに言った。
予定通りとはいえ、善戦をしたマリーナと違い何もできない自分が歯痒かったのだ。
「いいのいいの。ノルンは何もしないことが仕事なんだから」
「それって、捨て駒ってことですか?」
「そうじゃないよ。まぁ、明日になったらわかるかもね」
カノンが含みのある言い方をする中、次の試合がはじまった。
舞台の上にあがるのは、フリオ、スッチーノ、ミルキーの三人。
「……どうして三人が一緒に舞台に上がっているのですか?」
ハルワタートが不思議そうに、誰に言うでもなく尋ねた。それにステラが答える。
「ミッケからの提案ニャ。一対一の試合だと三人が全勝しにゃいといけにゃい。けど、フリオとスッチーノというふたりは大したことがにゃいから、三対五にゃらば可能性があると思ったのニャ。あのミルキーという魔記者はにゃかにゃかの腕前だそうだからニャ」
「……なるほど、それはわかりましたが、なんで相手はひとりしかいないのですか?」
そう、マル側の選手はひとりのみ。
ピエロのような風体の、白塗り、赤いつけっ鼻の男が立っていた。
「……ピエール選手。他の皆さんはどこにいったのニャ?」
「……他の皆さんはどこに行ったのニャ? ピエール選手」
審判のふたりが尋ねると、ピエールと呼ばれた男は、
「おや?」
と呟き、周囲をキョロキョロと見回し、
「うむ、誰もいなーい。つまりここはワターシの独壇場と言うことでーすね?」
ピエールはアハハハと笑う。
「ひとりでいいのニャ? ピエール選手が負けた時点でマル王子のチームの負けににゃりますが」
「ピエール選手が負けた時点でマル王子のチームの負けににゃりますが、ひとりでいいのニャ?」
「別にかまーいません。対戦相手とはいえ観客を楽しまーせるのがピエールの役目でーすから!」
ピエールは笑いながら言った。
そのピエールの発言を聞き、負けを確信していたフリオとスッチーノの目の色が変わり、こそこそと話しはじめた。
「フリオ、あいつひとりなら倒せるんじゃないか?」
「あぁ、スッチーノ。ここであの道化野郎を倒してジョフレの兄貴とエリーズの姉御の仇を討ってやろうぜ」
「いや、あのふたりは死んでいないだろ……ていうか、ギャラリーにもいないし、どこに行ったんだ?」
スッチーノは観客席を見るが、やはりジョフレとエリーズの姿はどこにもない。
そして、ふたりはゆっくりと後ずさり、
「それでは、王位決定武術大会、一回戦、第二試合――」
「王位決定武術大会、一回戦、第二試合、それでは――」
「「開始ニャ」」
と審判の掛け声とともに、
「「頼んだぞ! ミルキー!」」
と同時に言って応援に徹することにした。
ということでひとり戦うことになったミルキーは鼻血を出していた。
フリオとスッチーノが囁き合っている内容は全くミルキーの耳には届かなかったため、彼女はその会話を脳内で勝手に補完した。その結果がこの鼻血である。
「……ふふふっ」
と不気味な笑みを浮かべ、右手親指で鼻血を拭うと、その血で昨晩の間に用意していた札を完成させる。
「何人相手でも戦うつもり」
と言って、彼女はその札を投げた。
すると、札が全部、イケメンの男に変わる。ただし、全員薄っぺらい。
「凄いニャっ! 人間をいっぱい召喚したニャっ!」
「人間をいっぱい召喚したニャっ! 凄いニャっ!」
審判が興奮して叫ぶ中、ミルキーは説明した。
「魔記者の中でも高レベルの技――陣の中に描いた絵を実体化させるスキル“式神召喚”から生み出した奥義“二次元召喚”。ひとりでこれだけ相手にできる?」
「いいぞ、ミルキー」
「やってやれ、ミルキー」
背後からフリオとスッチーノがエールを送る。スキルのエールではなく、ただの応援だ。
「なるほーど、たしかに私ひとりでは難しいかもしれまーせんね」
とピエールが言って、尋ねた。
「ところで、ライオンの火の輪潜りはお好きでーすか?」
「……? 興味ない」
そして、次の瞬間――ピエールは手を前に出し、
「興味がないのなら、ぜひとーも、興味を持ってください! 火の輪潜りに失敗したライオンの出番でーす!」
と炎の獅子が現れる。
ミルキーの顔色が悪くなる。
魔記者にとって最大の弱点は、武器が紙であるということだ。
つまり、水をかけられたら耐久力が下がるし、炎に当たれば――
「……はぁ」
ミルキーがため息をついた。
彼女が徹夜で作り出した二次元のイケメンたちが一瞬で燃え尽きたのだから。
そして、次の瞬間、その炎の獅子はミルキーを包み込む。
「「ミルキーっ!」」
フリオが炎に包まれたミルキーに体当たりし、横倒しにすると、スッチーノが上着を脱いでふたりの上にかぶせて炎を消しながら言った。
「俺たちの負けだっ! これ以上攻撃するなっ!」
こうして、第二試合は開始すぐに決着がついた。
ピエールはどこからともなく取り出したシルクハットを投げると、そのハットは杖へと姿を変える。
彼は杖をついて会場を歩き去った。
「……今の相手が明日の試合相手ですか……一筋縄ではいきそうにありませんね」
ハルワタートは去りゆくピエールを見て言った。
それでも勝たないといけないと彼女は思う。
全ては彼女の主人であるイチノジョウを助けるため。