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ハルたちの武道会③

「誰かに襲われて、大怪我をなさったと聞きましたが――」


 ケット・シーの村にある宿屋の一室。

 ジョフレとエリーズが大怪我をしたと聞いて向かったその部屋で、ハルワタートが見たのは、談笑しているジョフレたちと、怒っているミッケの姿だった。


「冗談じゃにゃいニャ。お前たちが強いと言ったから頼んだのに、こんにゃんじゃ出られにゃいニャ! ステラ、お前の仕業じゃにゃいよニャ?」

「私はにゃにもしていにゃいニャ!」


 ミッケの八つ当たりにも近い疑いの眼差しに、ステラは力強く否定する。


「そもそも何があったんですか? 見たところ、足を怪我しているようですが」


 ジョフレとエリーズ。ふたりの足には包帯がぐるぐると巻かれている。

 ポーションを飲んだことからも、怪我をしたというのはわかる。ポーションは飲めば回復を促すが、骨折などの場合、完全に治療できるまで数日かかる。

 どうしてもすぐに治療したい場合は、法術師に回復魔法をかけてもらう必要があるのだが、法術師は担い手がとても少ないうえ、ケット・シーの間ではさらに成り手が少ない。現在は第一王子、つまりはミッケとステラの兄。彼の付き人――もとい付き猫をしているひとりだけなのだそうだ。

 見習い法術師になるには、平民のレベルを上げないといけない。平民の経験値を得るには魔物を倒すか、税金を納めることが必須。ただし、ケット・シーの村の中にはそもそも税金という概念が存在しないうえ、働き手も少ないから平民として遊ばせておくケット・シーはいないそうだ。

 

「テーブルの下敷きになってよ。いやぁ、参ったよ。テーブルって意外と重いんだな。骨折して全治三日だとよ」

「本当に吃驚したよね。吃驚してシャックリ止まっちゃったよ。私は全治二日」


 あっけらかんとした口調でふたりは何があったのか説明した。

 ハルワタートはちょっとだけ気になった。ケット・シーの村のテーブルは木製だ。木製のテーブルの下敷きになったからといってこれほどの怪我をするだろうか? と。


「そもそも、テーブルが倒れた原因は? 誰かに襲われたということですが、テーブルに切れ目が入っていたんですか?」

「いや、そうじゃない。俺たちの大会を応援してくれるという人から、豪華な料理を貰ったんだ。それで、ふたりで食べようと思ったら、外からケンタウロスが入ってきて――」

「テーブルの上に乗っちゃってね。ケンタウロスって重いからテーブルの脚が折れちゃったの」

「それで俺たちの脚の骨も折れたってわけだ」


 つまらないギャグを言うジョフレに、ハルワタートは何も言わない。ステラは嘆息をつき、


「明らかに私たちのせいじゃにゃいニャ。それより、マル兄ちゃんに頼んで、治療してもらったらどうニャ?」

「頼んだニャ。でも、ポッチは明日と明後日の大会で回復魔法の仕事があるから、休ませないといけにゃいって言って回復してくれにゃかったニャ……はぁ、これでこっちは最初から三人ににゃってしまった……もう無理ニャ」


 ひとりだけお通夜のムードになっているミッケだったが、


「でも、問題はそれだけじゃにゃいニャ。ふたりに用意された食事――検査した結果、料理のにゃかに致死量の数百倍の、それこそ竜をも殺す毒が含まれていたニャ。料理を運んできたケット・シーを調べたところ、どうも催眠魔法をかけられているようだったニャ。これは明らかに殺人未遂ニャ。犯人がステラ側の選手だったら、それを理由に失格にできるニャ!」


 と不敵な笑みを浮かべた。


「私たちはそんにゃことはしにゃいニャっ!」


 と怒鳴るステラだが、ハルワタートははっとなった。


「それじゃあ、その料理を食べたケンタウロスさんは――っ!」


 この状況になって、はじめて大声を上げたハルワタート。たとえ、ロバとはいえ、彼女とは一緒に迷宮攻略をした仲であるとハルワタートは思っている。


「あぁ、あのロバは――」


 ミッケは、心底疲れたようで、深い息を漏らした。

 その姿に、最悪の想像が脳裏をよぎった。

 そして、ミッケはその重い口を開く。


「料理の大半を食べた後、宿の裏で草でも食べてるニャ。一体、どういう胃袋をしているのか、解剖して調べてみたいニャ」


 と言って笑った。それはもうヤケクソのような笑いだった。


(もしかしたらケンタウロスさんは、ジョフレさんとエリーズさんのピンチに駆け付けたのでは……いいえ、料理を食べたかっただけでしょうね)


 とハルワタートは考察していたが、真実はケンタウロスにしかわからないだろうと思った。

 そして、ハルワタートは言った。


「私たち決してふたりに毒を盛っていません。そちらのふたりは私たちにとっても知り合いですから」

「ふむ。それに、我等の主はそのようなことを望まぬからな」


 いつの間にか仮面を着けていたマリーナが言う。

 マリーナの言う主とは、ステラのことではなくイチノジョウのことだ。


「そして、ふたりを害する理由はそちらにもない。となれば、犯人は、もう一組の参加者。そのマルさんなのでは?」


 ハルワタートがそう言うと、


「「マル兄ちゃんはそんにゃことしにゃいニャっ!」」


 とステラとミッケが声を揃えて言うのだった。


   ※※※


 一方その頃。

 ケット・シーの村に入ったノルンとカノンは、闘技場の建設予定地に来ていた。

 闘技場といっても、だだっ広い砂地に観客席を作るだけのようで、舞台のようなものもない。

 現在、ケット・シーたちが急ピッチで建設を進めている。


「行かなくてよかったの? ジョフレとエリーズ、知り合いなんでしょ? 私は、偽物の武器を売った手前、あんまり会いたくないんだけどね。ニヒヒ」

「私もいい思い出はありませんから――」


 歯切れが悪い言い方をするノルン。彼女がふたりの元に行かなかったのは、ジョフレとエリーズに会いたくないからというわけではない。カノンをひとりにしておくのが不安だった、それだけだ。

 ノルンは心のどこかで、彼女に何か秘密があると思っている。


 一方、カノンもノルンに自分の正体まではさすがに看破されていないが、それでも普通の人間でないことは薄々勘付いているであろうと理解しつつ、それを楽しんでいた。

 マリナは何年も一緒に旅をしていながら、全く自分の正体に気付くことはなかったから。


「ん? あそこのケット・シー。人間と一緒にいますね。例のマル王子でしょうか?」


 ノルンが見つけたのは、三人の人間と一緒にいるケット・シー。

 カノンもそれを見て、そのうちのひとりの男と目が合った。不敵な笑みを浮かべる男。

 それに、カノンが凍り付く。


「カノンさん、どうかしたんですか?」


 ノルンが尋ねても、カノンは返事ができない。

 なぜなら、そのマル王子らしきケット・シーと一緒にいた人間のうちのひとりが――

 いや、彼は人間ではない。


「なんで……あいつがここにいるの」


 そこにいたのは、魔王軍第三将軍、吸血鬼のヴァルフだったから。

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