町への帰還
道中は、ジョフレの持っていた魔物避けのお香とやらを焚いていたので、魔物に襲われることもなかった。
迷宮の一階層に到着したところで、背中の感触が変わった。
「ん……あれ? ここは?」
「ノルンさん、目を覚ましたのか」
「え? あれ? お兄さん、一体、何があったの? あれ?」
ノルンはどうやら、自分が盗賊に捕まっていたことも知らなかったようなので、彼女を下ろし、俺がマーガレットさんの店で下宿をしているところから順番に事情を説明した。
そして、全てを聞き終えた時には、顔色が悪くなったが、盗賊の話から服は脱がされたが手出しはされていないことに安堵しているようだった。
「これ、ノルンさんの槍です。すみません、鎧は見当たらなかったです」
俺はアイテムバッグから槍を取り出して彼女に渡した。
「ありがとうございます、お兄さん。……あぁ、盗賊については私がお兄さんに注意したのに、私が捕まっちゃうなんて恥ずかしいですね」
ノルンは頭を擦って恥ずかしそうに槍を受け取った。
さて、ノルンが起きたのなら、もういいかな?
俺は前を歩く二人を呼び止めた。
「そういえば、ジョフレにエリーズ、お前たち、盗賊の新入りだろ」
俺は前を歩く二人にそう尋ねた。
すると、二人はこちらを向き、
「ななな、何を言ってるんだい? 初心者、僕がそんな大それたことをするわけないだろ」
「そそそ、そうよ、初心者くん、こんな美男美女を捕まえて、盗賊はないんじゃないかしら?」
いや、その動揺っぷりが何よりの証拠だろ。
ていうか、この二人が盗賊でない理由がないだろ。
ボスは男女の新入りが入ったって言ってたし、何より、背中に背負ったリュックサックから、酒瓶の先が見えている。
ハルも当然気付いていたようだったが、俺がノルンを背負っている以上、ハル一人だと山賊を運ぶことはできないから、利用させてもらった。
こいつらのレベルなら、不意を突かれても俺達が倒されることはなさそうだし、一応念には念を入れて前を歩かせていたからな。
例え山賊が目を覚まして、2対3になったとしても、山賊の腕の腱は切っておいたから戦力にはならないと踏んでいた。
「そそそ、そうだ、初心者、その証拠に、この盗賊を冒険者ギルドに突き出して得られた賞金、8割を君にあげよう。どうだ? 本当は山分けのつもりだったが、8割も君に渡そうって言うんだ。こんな太っ腹な盗賊がいるわけないだろ?」
「きゃぁ、流石はジョフレ、太っ腹!」
盛り上がる二人。
「………………」
その二人をじっと見つめる俺達。
「な、納得いっていない? そうか、ならば9割だ! 9割が君で僕達は1割で構わない。それで手を打とうじゃないか」
「んー、もう、ジョフレったらあなたは神? 神なの? そこに痺れる憧れるわ」
最高潮に盛り上がる二人。
「………………」
その二人をじっと見つめる俺達。
「わ、わかった。9割5分、いや、全部君に渡すから許して下さい」
「ジョフレ、やめて! 謝らないで! あなたは義賊になって多くの人を救うため、盗賊に弟子入りしたんじゃない!」
ジョフレが土下座をして、エリーズがそれに寄り添った。
無言でじっと見ていたら、自白を始めた。やっぱり少し、いや、かなりウザイけど、それでも面白い奴らだ。
土下座する時に山賊が頭から倒れていたが大丈夫だろうか?
「ノルンさん、どうします?」
二人を見て、ノルンは頭を抱えていた。
「ええと、ジョフレとエリーズといえば、この町では知らないものがいない――小悪党です」
「小悪党ってどんなことをしたんだ?」
「例えばリンゴ泥棒3回」
「盗んだんじゃない、落ちるのを待って、落ちてきたところを貰ったんだ。落とし物を貰っただけだ」
「そうよ、泥棒なんて最低よ!」
泥棒を最低と揶揄する人間が盗賊団に入るな。
あと、リンゴってこの世界にもあるんだ。アップルパイとか食べたいな。
「泥団子の無断販売」
「知らなかったんだよ、泥団子の販売に錬金術ギルドの許可がいるなんて」
「子供が1センスで買ってくれたわよね。ぴっかぴかのやつ」
んー、販売許可がいるのは確かに俺でもわからないと思う。
泥団子を子供に売る発想がまずないけれど。
「壁の落書き」
「落書きじゃない! あれは僕のサインだ!」
「ジョフレのサインなら、将来は絶対この町の観光名所になるわ!」
あぁ……納得した。
つまり、こいつらは――、
「ただのバカなのか?」
「はい……」
ノルンが嘆息混じりに言った。
そりゃ、捕らえる気も失せるよな。罪状を聞いただけでも全部厳重注意レベルだ。
盗賊の部下になったといっても、ボスの顔も知らないレベルの新入りだったようだし。
「まさか盗賊の部下になっているとは思いませんでしたが……とりあえず、今日は留置所で一晩明かしてもらおうと思います」
うん、それは任せたよ。
「とりあえず、早く留置所から出たかったら、この男を運ぶのを手伝ってください」
「わかった、冒険者ギルドまででいいな?」
「いえ、迷宮入り口の詰め所までで」
「わかった。行くぞ、エリーズ!」
「ええ、ジョフレ」
二人は元気に、未だに伸びている山賊を運んでいった。
「ノルンさん、手慣れてますね」
「……ええ、私が配属されてから、彼らの事件は3日に1度、上がってきましたから。囚人にするのも税金が勿体ない、犯罪奴隷にしても買い手がつかない、極刑にするには罪状が足りないの三拍子ですからね。とりあえずは迷宮の安定化のために迷宮の強制探索を命じていたんですが、まさか迷宮の盗賊と仲良くなってるなんて」
「……お疲れ様です」
そして、俺達はジョフレとエリーズを先頭に、ようやく迷宮から脱出した。
迷宮の入り口では槍を持った男が待っており、
「ノルン、無事だったのか?」
「はい、すみません、盗賊に捕まっていたようで、彼に助けられました。この男が盗賊のボスだそうです」
「ん……おぉ、そうか! おい! こいつを詰め所に運ぶ! 手伝ってくれ! ところで、ジョフエリはどうしたんだ?」
男もジョフレとエリーズに関しては見慣れているようで、もはや二人纏めてジョフエリと略している。
「彼らは盗賊と意気投合して仲間になっていたようです。とりあえず、留置所に連れて行こうと思います」
「そうか、それは俺達がしておく。ノルン、君は家に帰れ、マーガレットさんが心配しているぞ。詳しい話は明日聞く」
そして、男は俺の方を向き、
「君、ノルンを助けてくれてありがとう。自警団を代表して礼を言う。この男に賞金がかかっていたら、その支払いがある。明日、冒険者ギルドへ来てくれ」
「……じゃあ、俺達は一度マーガレットさんの店に寄ってから、マティアスさんの店に戻ろうか」
「いえ、マティアス様の店はもう閉店していますし、明日の朝に参りましょう」
あぁ、確かに今行ったら迷惑か。
心配しているかもしれないから報告に行こうかと思ったが、言われてみれば確かにそうだな。
「そうか……なら、今日はマーガレットさんに部屋を貸してもらおうか」
部屋はまだ余っているだろうからな。
ジョフレとエリーズが盗賊だとバレバレすぎて焦った。
いや、バレバレなんですが。