人造迷宮の女の子
まるで、警備員室、いや、制御室みたいな部屋だった。
無数のモニターが迷宮内の映像を映し出している。黒い靄のようなものが固まり、そしてその靄は大きな百足の姿になった。百足がある程度歩いたところで、彼女はボタンを押す。すると、百足の頭上から石壁が落ちてきて、百足を押し潰した。
石壁は元の位置に戻り、百足の姿はもう存在しない。
彼女はそれを淡々と行っていた。
彼女――女の子だ。
床につくんじゃないかというくらいに白く長い髪の女の子はボタンから手を離すと、くるくると椅子を回転させ、そこで俺と目が合った。
見た目14歳くらいの女の子だ。
「…………」
女の子の顏が凍り付いた。いや、もともと無表情だったのだろう。そして俺を見てもその表情に変化はない。
とりあえず俺は、
「どうもお邪魔しています、イチノジョウっていいます」
「……どうやって?」
さて、どう説明したものか。
壁に潰されると思った直後、壁に潰される直前、俺は引きこもりスキルを使って自分の世界にキャロとともに脱出し、出口を閉じた。
そして、すぐに出口を開いたところ、ここに通じていた。
出口だった場所が何かに封じられた場合、そこからもっとも近い場所に出口は開く。
それが、地図の未確認領域であるここだったのだろう。
「それにしてもまさかこんなに機械があるとは思わなかった……これ、魔道具なのか?」
「978-4ー7753」
「え?」
「お答えください。正しい答えが出ない限りマスターとは認められません」
抑揚のない声で彼女は言った。
どうやら、数字に対応する数字を言わないといけないらしいが、当然俺はそんなものを知らない。
「マスターではない方がこの部屋に入ってきた場合、ゲスト扱いになります。何か質問はございますか?」
「……敵対するわけではないんだな。壁を使って殺そうとしたのは君だろ?」
「はい。迷宮に入ってきた者を始末するのは私の役目ですが、ここに来られた方をもてなすのも私の役目ですから」
そういうものなのか。罠の可能性も考えたけれど、んー、問題ないだろうな。
「……君は人間なのか?」
「いいえ、私は作業人形417号です。名前はありません」
人形? 彼女が?
まるで本当に生きているみたいだ。いや、彼女のような存在を俺は知っている。
ピオニアだ。
きっと、彼女はピオニアと同質の存在なのだろう。
「えっと、仲間を連れてくるけど、攻撃したりはしないよな?」
「一度この部屋に入った方、もしくはその方と同行している人は攻撃の対象外です」
「わかった。ちょっと待っていてくれ」
俺はマイワールドへの扉を開き、キャロを呼びよせた。
「978-4ー7753。お答えください。正しい答えが出ない限りマスターとは認められません」
先ほどと同じ数字が飛んでくるが、キャロは当然それに答えられない。
それで、キャロもまたゲストとして認められた。
「この施設はなんなんだ? 迷宮のようだが」
「ここは魔王ファミリス・ラリテイ様によって作られた人造迷宮です」
「魔王が作った迷宮? 迷宮って教会が作るものなんじゃないのか?」
「教会の手の回らない場所にはここのような人造迷宮が作られます」
「じゃあ、お前のマスターは魔王なのか?」
「いいえ、違います」
彼女は首を振った。
「96512時間前に変更になりました」
「えっと、何年くらい前?」
「約11年前です」
魔王が死んだのってもう少し前だったよな。
ということは、魔王が死んでから誰かが来てこの迷宮を乗っ取った?
「誰がマスターなんですか?」
キャロが尋ねた。
「ゲストの方にお答えすることはできません」
と答えが返ってくる。守秘義務のようなものが存在するらしい。
「その方は何のためにここのマスターになったんです?」
「ゲストの方にお答えすることはできません」
「男の人ですか? 女の人ですか?」
「ゲストの方にお答えすることはできません」
キャロの質問には何も答えないという意志を示す417号。
どうやら、現在のマスターに対する情報開示はかなり規制されているらしい。
そこで俺は方向性を変えてみた。
「好きな食べ物は?」
「ブドウです」
今のは冗談だったんだけど、ブドウが好きなのか。
と、俺はアイテムバッグからブドウを取り出す。
ワイン用のブドウだから、日本人の俺からしてみれば甘みが抑えらえていて好きではないんだけど、でもこの世界では普通に食べられているブドウだ。
「これをやるから今の質問に答えてもらうことは?」
「できません」
「……そうか……はぁ、食べていいよ」
俺はブドウを417の前に置いた。
417は少しブドウを見たのち、一粒むしりとって、口の中に入れた。
種も入っているはずなのだが、そのままかみ砕いて飲み込む。
「なぁ、417って呼びにくいから別の名前で呼んだらダメか? 数字で人を呼ぶってのも変な感じだし」
「命名はマスターのみ可能です」
「マスターって、さっきの数字に対する答えを言ったらいいのか?」
「はい」
はぁ、暗号の答えか。
こういう答えって、実はどこかにヒントがあって、それを元に答えたりするんだけど、これまでヒントや手がかりすらなかった。
魔王の傍にいたハルなら何か知っているのかもしれないが。
「一体、答えはなんなんだよ」
誰に言うでもなく呟いた答えに、
「1417-3です」
417は答えた。
「……え? 1417の3?」
「暗証番号を確認しました。これよりマスターをイチノジョウに設定します。設定完了しました」
「……俺がマスターなの?」
「はい、マスター。なんなりとご命令ください」
抑揚のない声で417は答えた。
……ポンコツすぎるだろ、こいつ。
「さすがです、イチノ様。そんな裏技を発見なさるとは」
「いや、これは裏技というよりかはバグ技だと思うけど……えっと、今……じゃない、前のマスターって誰なんだ?」
「ダイジロウ様です」
「ダイジロウさん!? マジか、ダイジロウさんが前のマスターだったのか」
ここで登場した恩人の名前に俺は驚愕した。
あの人、本当に凄いな。魔王を倒した勇者の仲間で、同人誌を作っていて、この417の元マスター、つまりはこの人造迷宮も攻略したのか。
「ダイジロウさんは何を頼んだんだ?」
「今から96500時間前に、温泉の温度を上昇させ、55度に設定しました」
「……ダイジロウさんはここには誰も入ってほしくなかったのか」
「それと、これを預かっています」
彼女がボタンを押すと、床の一部が開いた。
そして、そこから現れたのは――きれいな水晶玉だった。
「ダイジロウ様から伝言を預かっていますのでお伝えします。『この宝玉はある者を封印するためにここに封じておかなければならない。もしも偶然この宝玉を見つけたのなら、頼む。これを再封印してくれ』……以上です」
そう頼まれて、俺は断ることはできなかった。
417に再封印するように頼むと、宝玉は再び床の下へと吸い込まれていった。
※※※
さかのぼること数分前。
ミリたちはコラットの飯屋でささやかな祝勝会を開いていた。
「いやぁ、まさかあの王子様が黒幕だったとは思いませんでした」
「わかりやすい伏線はあったと思うけどね」
「……食事中くらい静かにできない?」
少し興奮気味のノルン、落ち着いた様子のカノン、少し不機嫌なミリ。
彼女達はコラットの国を、果ては世界を揺るがしかねなかった大事件を解決したのだが、それを語ると長くなるのでいつの日か語ることとする。
野菜ばかりの料理にミリが飽きた時だった。
彼女は感じ取った。南の方角からの些細な魔力の流れの変化――自分を封印している力が解放されたのを。
ただし、三分ほどで再びミリの力は封印される。
その三分で十分だった。封印の場所を確認できた。
「……ノルン、カノン、一週間暇を与えるわ。行かないといけない場所ができたの……それと」
ミリは闇の鍵を作り出して、ふたりの胸に突き刺した。
「え?」
ノルンは声をあげるが、カノンはそれが何なのか理解してたようで素直にそれを受け入れた。
「私のことを他の誰にも言えないように、心に鍵をしたわ。念には念を入れてね。もしもあっちの輩がきたら、カノン、しっかり対処しなさい」
「はい、行ってらっしゃい、ご主人様」
「お金、あんまり無駄遣いするんじゃないわよ」
ミリはそう言うと、ここの食事の代金と暫くの食費を置いて、飯屋を出た。
そして、フェンリルを呼び出し、南へと駆け出していった。
「お久しぶりです、ノルンさん、カノンさん」
ハルワタートが飯屋に入ってきたのは、それから30分後のことだった。