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盗賊アジトからの脱出

 こいつ、今の話を本気で信じたのか?

 確かに、新入りがいるって聞いていたが、どう見てもこの盗賊たちは酔いつぶれたという感じじゃないだろ。

 一人なんて泡吹いて倒れているし。


 だが――山賊の男は本気で信じたらしい。

 椅子に座り、


「おい、新入り達、俺様も酒だ! 酒を持ってこい!」


 と酒を要求してきた。


「えっと、すみません、酒は今は無くて」


 酒があったら酔い潰して逃げられるのに。

 でも、ノルンがいた部屋はベッドがあっただけで他には何もなく、この部屋もさっき漁ったが酒類は無かった。大きな木箱があっただけだ。

 無かったから、新人に買いに行かせたのに戻ってこないと盗賊たちはイラついていたんだろう。

 俺が謝罪すると、盗賊の頭は怪訝な顔をした。


「こいつらは酔いつぶれたんだろ? なら酒があるんじゃねぇのか?」


 げっ、いきなり設定破綻? いや、ここはなんとかごまかそう。

 就職面接でポカをやらかしても平然とした顔をするために身に付けたポーカーフェイスの出番だ!


「すみません、兄貴達が全部飲んじまって、今から彼女が買いに行くところなんです」


 と言って、俺はハルを指さした。

 ……せめてハルだけでも逃げてくれ、そして援軍を呼んで戻ってきてくれ!

 そういう意味で彼女に注目を浴びせたのだが、


「あん? その女、隷属の首輪をしてるじゃねぇか。おい、どういうことだ!」


 ぐっ、バカのくせに無駄に鋭い。あぁ、設定、何か設定を。

 奴隷を仲間として扱ってもおかしくない設定を――。


「へい、実は彼女は俺の恋人でして、悪徳奴隷商に誘拐されたんです。それで、俺はこいつを取り戻すために悪徳奴隷商を殺して彼女を奪い返したのですが、その悪徳奴隷商が実は貴族の権力者とつながりがありやして、俺が指名手配を受けることに。それで名高い親分の盗賊団の一門に加えさせていただけたら、と彼女とここまで逃げのびたわけなんです」


 スラスラとウソを並べ立てる俺だったが、内心焦っていた。

 ……やべぇ! 設定盛り過ぎた!

 

 おいおい、俺はバカか、指名手配を受けているのなら町の中には入れないだろうし、そもそも、一目見れば俺と彼女が恋人同士なんてつり合いが取れていないことまるわかりだ。さらに隷属の首輪って、主人にいろいろ命令されているはずだから、逃亡とかできないはずだし、そもそも、名高い親分って、こいつらのこと誰も知らないだろ。初心者迷宮に盗賊がいるとしか皆知らないんだし。


「……おい、てめぇ、今の話、本気で言ってるのか?」


 山賊の男の目付きが鋭くなる。

 くそっ、ここまでか。


 そう思ったら


「くぅぅ、泣かせる話じゃねぇか。俺様はそういう話には弱いんだ」


 え、本気で泣きだした?

 もしかして、意外といい奴なのか?


 なんて思ったら男は斧を取り、


「にしても俺様の分まで酒を飲むとはふてぇやろう達だ! 一人見せしめに殺しておくか――何、二人仲間が入ったんだから一人殺しても問題ないだろ」


 そう言うと、斧を弓士の首へと振り下ろした。

 血飛沫が飛び散り、男の首が地面に転がる。


 ……ウソだろ、仲間を殺したのか? たかが酒を飲まれただけで?


「がははは、やっぱり人を殺すのはいいな! レベルが上がったぞ!」


 確かに、山賊の男のレベルが15に上がっている。

 一瞬でも意外といい奴、なんて思ったのは大間違いだ。

 こいつ――いかれてやがる。こんなところから一瞬でも早く逃げ出したい 

 だが、先にハルを逃がさなくては――俺も隙を見てノルンを連れて脱出しないと。


「親分、では、こいつに酒を買いに行かせますので」

「あぁ、そうだな、酒か。いや、酒はお前が買ってこい! 見るとその姉ちゃん、随分美人じゃねぇか。セリスロというのがたまに傷だが、まぁいいだろう。俺様が相手をしてやるぜ」

「……えっと、親分、こいつは俺の恋人でして」

「ああん、親分の言う事が聞けねぇっていうのか? お前も死ぬか?」


 ぐっ、作戦失敗だ。


「先に行ってください、私は平気ですから」


 ハルが笑顔で言った。俺が見る、初めてのハルの笑顔だ。

 平気? そんなわけない。

 そんな寂しそうな笑顔で、平気なんて言うなよ。


「ほう、この嬢ちゃんのほうが随分と人を見る目があるじゃねぇか。よし、お前のことは許してやる、急いで酒を買ってこい!」


 ……そうだ、ハルもノルンも殺されるわけじゃない。

 今から全速力で走って、地上にいる憲兵に事情を説明してここに戻ってくれば――いや、その前に残り二人の盗賊が目を覚ますか本当の新人盗賊が帰ってきて俺が盗賊でないことがばれてしまえば、盗賊たちは別の場所に逃げるかもしれないし、ハルも無事では済まない。


 それに、ハルを置いて逃げるなんて俺は嫌だ。


 どうせ、一度失った命だ!


 やれることをやってやる!

 不意の一撃で殺せないだろう。元の世界なら兎も角、ここは異世界。

 ステータスが大きな影響が出る世界。首を斬り落とす勢いの攻撃でも、俺の攻撃力だと攻撃が通じない恐れもある。

 ならば――


「では、親分、急いで酒を買ってきます!」


 俺はそう言うと山賊とすれ違い様に剣を抜いて倒れていた盗賊の首を斬り落とした。

 こいつはさっきのハルの攻撃を受けてだいぶ弱っていたから可能かと思ったら、やっぱり倒せた。


【イチノジョウのレベルが上がった】

【無職スキル:第三職業設定が第四職業設定に上がった】

【職業:剣士が解放された】

【職業:弓士が解放された】

【自動的に第四職業を平民Lv15に設定しました】


 平民を剣士レベル1になるように念じる。


 ……俺は今、人を殺した。


 そして、次も――


「あぁ、お前、何をしてやが――」

「スラッシュ!」


 俺のスラッシュが、剣士レベル9の男の胴体を切り裂いた。


【イチノジョウのレベルが上がった】

【見習い剣士スキル:剣術強化(小)を取得した】

【狩人スキル:解体が解体Ⅱにスキルアップした】

【剣士スキル:剣装備が剣装備Ⅱにスキルアップした】


 これでレベルアップはできた。


 見習い剣士がレベル25になったのはわかるが、他の職業レベルを確認している暇はない。

 ましてや、人を殺したことに動揺している暇もない。

 剣から滴り落ちる血を見て、俺の顔に浴びせられた返り血の鉄臭い匂いのせいで嗚咽しそうになるが、そんな暇すらない。


 なぜなら、山賊の男はこちらを睨み付けていたから。

 もう勝負から逃げることはできない。


「てめぇ、俺様の部下になりたいって嘘だな」

「あぁ――嘘だよ!」

「俺様を倒してこの盗賊団を乗っ取るつもりか! んなことさせねぇぞ!」


 そんなつもりはねぇよっ!

 とツッコミを入れられない。山賊の男は俺に対して斧を斜に構えてこちらに走ってきた。


 逃げて時間を稼ぎたいという思いもあるが、スラッシュのような遠距離攻撃が斧にないとは限らない。

 ならば、やはりこちらも離れすぎるのは危険だと判断した。


 俺は咄嗟にアイテムバッグからノルンの槍を取り出してそれを投げた。

 スムーズな動きは平民スキルの投石スキルのおかげか――いや、関係ないか。石じゃないし。その槍はいとも簡単に、斧を振り上げられることによって弾かれてしまった。


 くそっ、やっぱり強い!


「死にやがれ! この盗賊団は俺様のものだ!」


 その時だった――ハルが素早く山賊の後ろに跳びかかり、その首に対して剣を斬りつけた。


 だが――


「いてぇなぁ!」


 山賊はそう言うと、斧の側面でハルを殴りつけた。

 ハルの細い体が背後へと跳ぶ。


「てめぇの相手は後でしてやるから、そこで寝てやがれ!」


 貴様、ハルをよくも!

 背中を向ける――首から血が出ているが、致命傷には程遠いようだ。

 これで倒せるのなら、ハルも勝てないと言わないだろう。


 だが――俺は今は強い!


 剣士だろうが、山賊だろうが関係ない!


 無職の底力、見せてやる!


 俺はそう決意を込めて、鋼鉄の剣を抜き、走りながらその剣を振り下ろした。

 だが――山賊は斧でその剣を受け止めてほくそ笑む。


「良い動きだ! 俺様の下で働いていりゃ、俺様の右腕にはなれたかもな」

「そりゃどうも!」


 俺はそう言って、先ほどゴブリンの攻撃では失敗した金的攻撃をするべく足を上げ、


「スラッシュ!」


 そう叫んだ。

 手刀ではない、蹴り攻撃によるスラッシュ!

 手でもできるのなら足でも――そう思ったらできた。


「い……いでぇぇぇぇぇぇぇっ! な、なんだ、お前、足でスラッシュを使うなんて聞いたことないぞ! 何をしやがった!」

「聞いたことがない? でも実際にできたんだし、お前がバカなだけじゃないのか?」

「俺様がバカだと!? ふざけるな! 俺様はな、俺様は文字を書くことができるんだぞ!」


 それを唯一の自慢にしているところがバカだって言うんだよ!

 まぁ、この世界の文字を書くことができない俺が言うことじゃないけど。


「俺様をバカにしたやつは無事では済まさん! 死にやがれ!」

「死ぬのはお前だ!」


 俺と山賊の男、二人が迷宮の通路で交差した。

 そして――


「……い、いてぇぇぇっ! ポーション、ポーション!」


 と俺は叫んでいた! 腕を、腕をやられた! うわ、鋼鉄の剣が折れてるじゃないか。

 俺は慌ててアイテムバッグからポーションを取り出して飲み干す。

 そんな俺を見て、山賊の頭は――


「がははははっ……ぐはっ」


 大笑いしたと思ったら、その場に倒れた。

 腹には大きな切り傷が残っている。


 なんとか勝ったけれど、よくあるフィクションの物語みたいに、勝った方が膝を突き、その後に敵が倒れる――みたいなかっこいい演出は俺には無理だ。ただ、レベルが上がっていないところを見ると、山賊はまだ生きているということか。


 そっと近づき、斧を回収、アイテムバッグに入れる。

 あと、人を殺しておいて残酷どうのこうのも言うつもりはないが、右腕の腱も切っておいた。

 悪いな、目を覚まされて殴られたらたまったもんじゃないし。


 ハルは無事だろうか?

 さっき男に蹴られて跳んでいったが。


「ハル、大丈夫か! 返事をしろ!」

「ご、ご主人様、逃げてください」

「もう大丈夫だ、山賊の頭は倒した。ポーションを飲め」


 俺はハルにポーションを差し出して、飲ませた。

 ポーションを飲んだハルは、痛みが回復したのか、起き上がる。

 そして、俺はアイテムバッグから武器の手入れのために購入した布を取り出し、剣と顔の返り血をふき取る。

 さて――あの山賊はどうするか……殺すか、それとも――


「ん、おいおい、どういうことだ、エリーズ、大きなボスがあんなところでお昼寝してるぞ。」

「本当ね、ジョフレ。迷宮の中は暖かいけど、あんなところで寝るのかしら?」

「ははは、知ってるか? エリーズ、遠い国の言葉に、カホウは寝て待てって言葉があるんだぞ! つまり彼はああしてカホウを待ってるのさ」

「そうなの? ねぇ、ジョフレ、カホウって何?」

「そりゃ寝て待つものといったら夜明けしかないだろ! 世界の夜明けをああして待っているのさ」

「じゃあ、彼は革命家なのね! まるでジョフレみたいね」

「おいおい、僕は革命家になった覚えは一度もないぞ」

「何言ってるの、ジョフレ。あなたはいつも私の心をいつも幸せに作り替えてくれてるじゃない」


 そして、抱き合う金髪の男女。

 甘い空間が二人を包み込む。


「………………………………スラッシュ」


 俺のスラッシュがジョフレとエリーズの足元に命中した。

 って、あれ? 俺は何をしてるんだ? 体が勝手に動いていた。


「うわっ、何をする……って、おや、君はこの前の初心者ルーキーじゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」

「何をするのよ……あら、本当にこの前の初心者ルーキーね。ここは危ないわよ。盗賊も出るらしいから早く帰ったほうがいいわ」


 あぁ……面倒だ。殺してもいいかな。


「すまない、あと、こいつがその盗賊の親分らしい。今、二人で倒したところなんだが――」


 俺がそう言うと、エリーズとジョフレは驚き、そして顔を合わせて何やら呟きあった。

 そして、満面の笑顔で俺を見て、


「そうかそうか、初心者ルーキーに倒されるとは、盗賊も大したことがなかったんだな。ところで、そいつはどうするんだ?」

「んー、生かしておく理由もないし、殺そうかと思ってるんだが」

「おいおい、そんな勿体ないことをするのか? 弱いとはいえ、盗賊の頭を冒険者ギルドまで連れて行けば賞金が貰えるんだぞ」

「よかったら私達が一緒に運ぶのを手伝うわ! その代わり、賞金の分け前は貰うわよ」


 んー、じゃあその言葉に甘えるか。

 一人じゃどっちにしても運べないし、盗賊を倒したという証拠を渡したら地上の皆も安心するだろう。俺はハルに耳打ちすると、ハルも自分の考えを俺に伝えてくれた。


 俺は盗賊のアジトに戻り、とりあえず、ノルンの横にあった、何が入っているかわからない木箱はアイテムバッグの中に入れ、未だ眠らされているノルンを背負った。死体は消えていた。

 背中に伝わってくる二つの感触がとても心地よい。

 ハルの見立てでは、ノルンは薬で眠らされているが、危険な状態ではないそうだ。


「よし、じゃあ町へ凱旋だ!」


 こうして、俺達は町へと戻って行った。

日間1位になれました。

信じられない気持ちで胸がいっぱいです。ありがとうございます。

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