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魔王の小道

 ケット・シーの王が死んで一週間が過ぎた。

 今でも王城の前に行くと多くのケット・シーが肉球を合わせて黙祷を捧げている。本当に慕われていた王様だったんだと実感させられる。

 俺も少し話をしただけだが、あの人……いや、猫の存在感の大きさは目に焼き付いている。本当に山のようにでかかったからなぁ。


 現在、王城の中は誰も住んでいない。毎日掃除をしているそうだが、次の王が決まるまでは主の居ない城になるそうだ。

 まぁ、もともとあの王様のために後ろに穴があいていたからな。新たな王が決まればリフォーム工事も必要だろう。


 ステラは自宅兼マタタビ酒用の工房を持っていて、今はそこにふたりで住んでいる。


「ステラさん、もうちょっと、もうちょっとだけモフモフさせてください! あぁ、この感触たまらない!」


 ……マリナと。

 建物の外にまで聞こえてくるマリナの元気な声、かつては……いや、現在進行形で内気な性格のため、人と接することが苦手だったが、ようやく俺たちとも打ち解けて来て、簡単な雑談もできるようになったあのマリナの大きな声が、俺の耳に届いて来た。


 そのマリナが、こうしてケット・シーの隠れ里に住むことを許可されているのも、ひとえにステラの犠牲のおかげだろう。

 マリナが興奮するたびに、彼女の相手をステラがひとりで受け止めていたから。


 声は裏の玄関からではなく、工房から聞こえるようなので、勝手だとは思ったが、俺たちは工房から中に入ることにした。


「……マリナ、いい加減にするニャ……抱き着かれたら仕事ができにゃいニャ」

「あぁ、ステラさん、意地悪言わないでくださいよ……ほら、手伝いますから」

「手伝うことにゃんてにゃいニャ。今は湿度と温度のチェックをしているだけにゃのニャ。持ち上げられると温度計が正しく読めにゃいニャ」


 マリナが抱きしめてステラを頬ずりをし、ステラが少し辟易とした顔で呟いていた。


「まだやってるのか……マリナ、いい加減にしろよ」

「……あ、イチノさん、すみません、あまりじっと見られると……少し恥ずかしいです」

「……マリナの羞恥心の有り処に関してあとでゆっくりと話したいが……ステラ、俺たちに用事ってなんだ?」

「用事はふたつあるニャ……ひとつめにゃんだが」

「あぁ、わかった。そろそろマリナを俺の世界に閉じ込めるわ……さすがに迷惑だよな?」

「それは早急に頼みたいけど、そうじゃにゃいニャ……これを受け取ってほしいニャ」


 ステラが俺に渡したのは小袋だった。

 一体何だと思って、中身を見てみると、


「っておい、これ、宝石じゃないか」

「すくにゃいけど、御礼ニャ」

「依頼料って、報酬はギルドから受け取ることになってるだろ?」


 依頼を達成した報告書を持って行けば、冒険者ギルドから報酬が貰える。

 ステラはすでにその報酬をフェルイトの冒険者ギルドに支払っているから、今、ここで報酬を受け取ると報酬の二重取りになってしまう。


「依頼料じゃにゃくて、マタタビワインを作ってくれたお礼ニャ。王が喜んでいたのを見て、みんにゃが是非あにゃたにと用意したニャ」

「……そっか。そういうことならありがたくもらっておくわ」


 俺は宝石を受け取り、懐にしまった。


「それで、もう一つの用事っていうのは?」

「王の――父の最期の頼みについてニャ」

「……あぁ、あれか……悪い、キャロ、ハル。マリナを連れて外に出てくれ」

「かしこまりました」「はい、イチノ様。いきますよ、マリナさん」

「あ、ちょっと待って、もうちょっとだけ」

 

 ハルとキャロに引きずられ、マリナが退場。俺とステラのふたりきりになる。

 そして、俺は思い出していた。

 ケット・シーの王――彼の最期の言葉を。


『魔王に――彼女に会ったら伝えてほしい。すまなかった……と』


 死ぬ直前だったため、記憶が混乱していた可能性は高い。

 なぜなら、魔王はすでにこの世にはいない。勇者によって討伐されたのだから。

 だが――俺はそうは思えなかった。


 なぜ、王は俺なんかにそんなことを言ったのか、その真意はわからない。俺の中に魔王の匂いがあると言っていたが。

 このことはハルにも話せない。

 ハルは魔王のことを慕っていた。下手に希望を持たせるのも忍びないからな。

 それでも、王の最後の言葉だからと、俺はステラにだけは相談した。

 彼女は何か心当たりがあるのか、少し思い悩んで、時間を設けてほしいと俺に頼んだ。

 その答えが聞けるのか?

 と思った。


「裏口から出るニャ……ついてくるニャ」

「あぁ」


 彼女は詳しい説明をせずに、俺を裏口――住居側の玄関に誘導し、王無き城へと入っていく。

 そして、廊下を抜け、地下へと続く階段にたどり着いた。


「ここは?」

「ここはケット・シー族に代々伝わる秘密の抜けあにゃニャ。一部のヒュームも知っているがニャ」

「秘密の抜け穴……あの王様だと抜けるどころかつっかえるだろうな」

「にゃはは、たぶんそうにゃるニャ」


 ステラは乾いた笑いを浮かべ、そして鉄の扉を開けた。

 そこで俺が見たのは――青く輝くふたつの魔法陣だった。


「転移陣……か?」


 一度見たことがある。あれはフロアランスの中級迷宮でのことだ。それがなんでここに?


「迷宮に通じているのか?」

「違うニャ。ひとつは南のダキャット国境付近に、もうひとつはさらに南の国に通じているニャ」

「……そんな便利なものがあるのか……」

「まぁ、便利にゃのも問題だけどニャ。こんにゃものがあるのが一部のヒュームに知られたら戦争の道具に使われるのが目に見えてるからニャ」

「そうだよな……俺に話してよかったのか?」

「イチノさんにゃら安心できるニャ。それに、私もイチノさんの秘密を教えてもらったから、これでアイコニャ」

「そう言って貰えると助かるけど、これはハルやキャロ、あとマリナにも言っていいのか?」

「もちろんニャ。自由に使ってもらっていいニャ」


 そうか、それは嬉しいな。

 こうやって信頼を得て、認められ、秘密を共有できるっていうのは。


「それで、この転移陣の先に魔王の秘密があるのか?」

「そうじゃにゃいニャ。この転移陣そのものが魔王様の秘密にゃのニャ」


 ステラは語った。魔王は闇魔法と空間魔法を何よりも得意とし、その力は絶大。

 魔王が空間魔法で転移すると、そのあまりもの強さに転移陣ができてしまうそうだ。

 通称「魔王の小道」と呼ばれ、そのほとんどは世間一般には公表されていないが、世界中に多々存在するそうだ。


「数年に一度はこの里を訪れて、いろいろな物を譲ってくれたのニャ。初代ケット・シー王の友人だったためニャ。でも、三十年前ヒュームとの戦いが激化して、王は言ったのニャ。もう来にゃいでくれと……王は――」


 ステラは頭を振った。


「父はずっと悔いていたニャ。魔王様を突きはにゃしたことを」

「そうだったのか……」


 何を悔いていたのかは少しわかった気がする。

 でも、なんで俺にそれを告げたのか? その答えを、ステラは知らないのだろう。


 結局答えはわからず仕舞いだったが、こんな大切なことを教えてくれたステラに感謝しないとな。

 それと、南の国に繋がっているということは、転移陣を使えば、土砂崩れがあった道を通らずに港町に行けるんじゃないか?


 と思った時だった。転移陣の光が強くなり、


「ついたぞ、エリーズ! 猫の村だ!」

「ついたね、ジョフレ! 猫の村に!」


 バカふたりが現れた。

 ……おいおい、こいつらは一番秘密をばらしたらいけないやつじゃないのか?


 ていうか、俺への信頼って、こいつらと同じ程度なのか?

 何か腑に落ちない気持ちの俺だった。

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