表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/448

エピローグ

 下拵えを終えたマタタビとワイン酵母を混ぜたものを発酵させ、花の蜜を足して混ぜて、さらに発酵させる。

 途中で目を覚ましたステラも一緒に手伝わせる。


「ステラ、さっきはマタタビを持っただけで酔っぱらっていたのに、マタタビワイン造りの手伝いをしても平気なのか?」

「マタタビの酔いと、マタタビ酒の酔いは違うニャ。飲まにゃければ大丈夫ニャ」


 喋り方は既に酔っ払いっぽいが、どうやら大丈夫のようだ。

 ステラが蜜を加える作業を買って出たため、俺がすることはほとんどなくなってしまった。

 時間を進める作業はピオニアがしているしな。


「イチノさんはどうして、私のためにここまでしてくれるのニャ?」


 ステラがマタタビワインをかき混ぜながら尋ねた。


「この世界のことはイチノさんにとってかにゃり重要にゃ場所のはずニャ」

「ん? あぁ、マリナの友達だし、それに理由が理由だからな」

「理由? 王のためニャ?」

「いや、父親を想うステラのためだよ」


 俺は語った。俺たちの父親のことを。詳しい事情は伏せてはいるが。

 俺もハルもキャロも、父親は既に他界していて、特に俺とキャロは父親の死に責任を感じているし、そしてハルも父の最期を見届けることはできなかった。

 マリナの父親についてはあまり知らないが、仮に存命だとしても、彼女がこの世界に転生した時点でもう二度と生きて会うことはできない。


「だからな、ステラには後悔して欲しくないんだよ」

「……そうにゃのニャ……ありがとうニャ」

「礼は全部終わってからにしろ」


 俺がそう言うと、


「礼の必要はありません。マスターイチノジョウは何もしていませんから」


 ピオニアが余計な事を言ってくれた。一体、誰のMPで植物の成長を早めてると思ってるんだ。ってこれじゃあ、まるで「誰の金で飯が食えてると思ってるんだ!」とか言うダメ亭主じゃないか。

 ステラは、そんな俺たちを見て、「ニャハハハ」と笑い、樽をかき混ぜた。

 そして、完成した。マタタビワインが。

 途中でマリナが追加のマタタビを持ってきたため、結果二樽分もできあがった。

 もちろん、一樽は俺が造った。何もしないマスターと言われたくないからな。


「一口貰おうか」


 ピオニアお手製の柄杓で酒を掬い、まずは匂いを嗅ぎ、そして口に含んだ。

 マリーナに聞いた話では、本来のマタタビ酒は早熟のものをホワイトリカーに漬けこみ加糖はしない製法で、正直薬みたいな味だと聞いた。だがこれは完熟マタタビを使って、しかも花の蜜を加えている。その味はとても飲みやすい。


   ※※※


「よし、じゃあ行くか。ピオニア、マリナを頼む。絶対に外に出すなよ」

「かしこまりました」


 マリナは、とりあえず柱に縛っておいた。

 俺たちが扉を閉じたら縄を解くことになっている。


「ステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさんステラさん」


 涙を流してステラの名を連呼するマリナを見ると罪悪感がこみ上げるが、こんな状態のマリナを外に出したら悪魔の再臨となってしまい大騒ぎになるからな。

 ステラも半分以上びくついて、マリナの顔を見ようとしない。


「あぁ、全部終わったら、事情を説明して、マリナが隠れ里に入る(リード付き)ことを検討するように頼んでみるからな」

「本当ですよ! 絶対ですよ! ウソついたらハリセンボンを海で捕まえて来てそのままイチノさんに食べさせますからね」


 ウソをついて飲むのは、針を千本であって、決してふぐ目ハリセンボン科の魚の総称ではない。あと、沖縄では普通に食べられる魚だそうなので、本当に持って来たらぜひ食べてみたいものだ。

 さらにいえば、頼んでみると言ったが、確実に許可を貰うとは言っていない。


 最悪、檻にでも入れて連れて行けばいいか。ということで、俺はピオニアとマリナを置いて、里に戻った。


 樽は俺とハルが持っている。

 本当は二つとも俺が持ちたかったが、ハルが頑なにそれを拒否した。

 ちなみに、キャロも奴隷として自分が持つべきだと申し出たが、持ち上げようとしても全く持ちあがらずに諦めた。


 俺たちはステラとともに、王のいる場所に向かったが、何か様子がおかしい。

 見張りのケット・シーが誰もいない。

 何があったのかと思っていると、「王が大変ニャ!」と騒いで宮殿の中に入って行く。


 俺たちは顔を見合わせて頷くと、全力で走った。


「陛下っ!」


 先ほどの王のいる部屋にいくと、そこでは里中のケット・シーが集まっていた。

 そして、王の横にいたのは、医者と思しき、白衣を着た茶毛のケット・シーが聴診器を当てていた。


「お静かニィ……」

「先生、陛下は無事にゃのですかニャ?」

「あとニィ時間が山ですニィ。話があるならいまのうちニィしておくといいニィ」

「そんにゃ、あと二時間だにゃんて……」

 泣き崩れかけるステラの後頭部を、俺は軽く押した。

 あと二時間あるのなら、お前が今することはわかっているだろ?

 そう言うと。

 ステラは涙を拭き、頷いた。


「陛下! マタタビのワインが出来たニャ! ぜひ陛下に飲んでほしいニャっ!」


 病人に飲酒を勧めるのは普通はダメだ。だが、あと二時間が山だという王のためにステラが今できることはこれしかない。それを知って、彼女を止める者は誰もいない。


「……ステラ……そこにいるのか。もう目も開かない」

「はい、ステラはここにいるニャ! マタタビのお酒ができましたニャ!」

「そうか、酒ができたのか……私に飲ませてくれないか?」

「はい、陛下……」


 ステラは樽の蓋を開け、柄杓でマタタビワインを掬った。


「陛下、口をお開けください」


 彼女の言葉に、王はゆっくりと口を開けた。

 そして、ステラは王の口にマタタビワインをゆっくりと流し込んだ。

 その時だ。


 大地が揺れた――地震か……と思ったら、今度は白い壁が……いや、王の身体が動いた。


「王が――」「王が――」「王が――」「陛下が――」「陛下の身体が――」


 誰もが次々に口走る。

 徐々に部屋が広くなっていく。


 違う、部屋の大きさは変わらない。王の体が後ろへと下がっていくのだ。


「王の身体が――抜けたっ!」

「王宮の自室に顔を突っ込んだまま抜けなくなった王の顔が抜けた!」


 誰かが叫んだ。

 って、王宮の後ろの壁は穴が空いていたのか! ちょっと糞尿の処理はどうしているのかと心配だったが、謎も解けた。


 王はお尻で座り、前足を舐めながら言った。


「うまいにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 あ、「にゃ」って言った。


「ステラ、我が娘よ! よくやったニャ! ステラ、マタタビワインはあとどれだけある?」

「はい、陛下。二樽ありますニャ!」

「これより、国民全員でマタタビワインの試飲会をするニャ!」


 とても、先ほどまであと数時間が山だと言われたとは思えない程大きな声で、彼はそう宣言した。


 それから夜が明けるまで、国民全員でマタタビワインの試飲会という名の宴会が行われた。

 酒だけではなく、川魚料理も多く振る舞われ、俺たちも舌鼓を打った。


 夜中に俺は王に呼び出された。


「ヒュームのお方よ……感謝する。最後にとてもうまい酒が飲めた」

「最後って、まだまだ元気そうですけどね」

「うむ、このワインがあればまだまだ長生きしたいと思う。それにしても、其方からは不思議な匂いがするな」

「不思議な匂い? もしかしてマタタビの匂いがついてますか?」

「そうではない……魔王ファミリス・ラリテイを知っているか?」

「名前だけは……」

「私は彼女に一度だけ会ったことがある。その時に嗅いだ匂いと其方の匂い……魂の匂いが似ている」

「……あぁ……そうですか」


 それはきっと、ハルの主君が魔王だったからじゃないだろうか? とは口には出さない。


「まぁよい。其方に頼みがある……王として最期の頼みだ」


 俺はその後、王から最期の頼みというのを聞いた。

 翌朝、ケット・シーの王、スベロアは民に囲まれてひっそりと息を引きとっていた。

 数百年もの長きの間、ケット・シーを見守っていた王。その死の瞬間を誰も気付かなかったことに彼らは悔やんだ。

 だが、仕方がないと俺は思う。

 何故なら彼の顔はまるで幸せな夢を見て眠っているかのように、穏やかなものだったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ