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ケット・シーの王との謁見

 二匹のケット・シーの案内で、俺たちは一番大きな家の前にたどり着いた。

 そこでは、案内してくれた二匹のケット・シー以上に重装備を着ている見張りの白猫のケット・シーの兵がいた。重そうな鎧だが、それだけにここが重要な場所であることを意味していた。


「止まるニャ! にゃにしにきた、人間族ヒューム!」


 先ほどのなんちゃって門番とは違う強い口調。

 警戒心とともに敵愾心まで見せる。


「あ、キャロは人間族ヒューム小人族ミニヒュムのハーフです」

「私も人間族ヒュームではありませんね」


 場の空気を壊すキャロとハル。

 思えば、純粋な人間族ヒュームはここには俺しかいない。地球人はこの世界では純粋な人間族ヒュームとはいえないだろうが、まぁ、ステータスを見ると人間族ヒュームだからな。


「そ、そうにゃのか……と騙されにゃいニャ! 我々ケット・シー以外は誰も通ったらダメニャ!」


 いや、騙していないんだけどな。


「俺たち、ステラに会いに来たんだ。呼んでくれないか?」

「ステラ様にかニャ? そういえば、あにゃた方からはステラ様の匂いがするニャ」

「そうか、わかってくれたか」


 どうやら、問題なく建物の中に入れそうだ。

 そう思った。

 だが、目の前のケット・シーは動こうとしない。黄色い瞳が俺に向けられている。

 嫌な予感がした。


「…………」

『…………』


 無言が場を支配する。

 その無言を打ち破ったのは、先ほどの双子(?)のケット・シーだった。


「鎧が重くて動けにゃいなら、脱がすのを手伝うニャ」

「動けにゃいのが鎧のせいにゃので、脱がすのを手伝うニャ」

「お願いするニャ。一昨日から動けにゃくて困ってたニャ」


 バカだ。バカがいる。

 そう思ったら一瞬、知人の顏が脳裏をよぎった。

 赤髪の男と青髪の女、つい先日別れたばかりだが、元気にしているだろうか?


 鎧を脱がされて素っ裸になったケット・シーだが、裸でいることは全く恥ずかしいことではないらしく、その白猫は見張りの仕事そっちのけで走っていく。


「トイレに行きたいニャっ!」


 ……三日間も我慢していたのか。

 俺たちはさっきの見張りが戻ってくるまでの間、石段に座って待つことにした。

 さっきまでの緊張感もいまのやりとりで一気に消え去った。


「……平和だなぁ」


 俺は兵が戻ってくるまでの間、空を見上げていると、遠巻きにケット・シーの子供達がこちらを見ていた。子供のケット・シーでようやく普通の猫くらいの大きさだ。可愛らしい。思わずその耳を撫でたくなるが、下手すればマリナの二の舞になる可能性もある。


「……ハル、ちょっといいか?」


 俺は左に座るハルにそう言って手を伸ばした。


「はい、なんでしょうか……あっ」


 ハルがちょっとだけ色っぽい声を上げた。

 俺が左手で耳を急に触ったからだ。

 髪はさらさらだが、耳の内側に指を入れるとハルの体温が伝わってきて温かいんだよな。しかも、脈打つ感じも伝わってくるので、直にハルを感じることができる。


「ちょっとだけ我慢していてくれ。俺が犬派だということを再認識するまで」

「……あっ……あの、ご主人様、私は犬ではなく白狼族なのですが、忘れていませんか?」

「…………ワスレテナイヨ」

 俺が冷や汗を流して言うと、ハルがちょっとすねたように……ほとんど無表情だが、それでもすねたような顔になる。

 この些細な変化がわかるようになった俺を褒めたいと思う。

「イチノ様、右手が空いていますが」

 俺の右側に座ったキャロがそう言って軽く俺にもたれてきた。

 ……キャロには珍しいおねだりの表情。

 俺はそれを見て、微笑み、右手でキャロの頭を撫でることにした。キャロの紫色の髪もハルと同じく艶やかで、撫でているととても気持ちいい。

 そうだ、俺が求めていたのは竜との戦いとか数万匹の魔物との戦闘ではなく、こういう平和なんだよな。


 フェルイトに戻ったら、南の街道の整備が終わるまで、今度こそのんびり過ごすとするか。

 そう思っていたら、さっき遠巻きに見ていた子供のうちのひとりがこちらに来て、


人間族ヒュームの男はどこでも発情するっていうのは本当だったニャ」


 と俺達を見て呟いた。それに急に恥ずかしくなって(俺が悪いのだが)手を下ろした時、先ほどの見張りの白猫が戻ってきた。


「王のもとにあんにゃいするニャ……ニャ? どうしたニャ? 顔を赤くして?」


 その質問に対し、何も答えなかった。頭から湯気が出る思いだった。


   ※※※


 建物の一番奥の部屋。

 白い壁の横に長い部屋にステラはいた。


「ステラ、急に行くなよ……」

「あ、みにゃさん、すみませんニャ。取り乱したニャ」


 その顔には覇気がない。


「いったいどうしたんだ?」

「みにゃさんが見た伝説のマタタビの木は現王が王とにゃったときに植えるものにゃのニャ。そして、王が成長するとともに木も育つニャ」


 ステラは白い壁を見て呟くように言った。


「木の命が残りわずかということは、王の命もにゃがくにゃいニャ」

「……そうか……ステラの父ちゃんだもんな、王様……でもそれならなんでこんなところにいるんだ? 王様に会いに行けばいいのに……」

「え? 今会ってるニャ」


 ステラが言う。

 今会ってる?

 でも、ケット・シーの王の姿はどこにも見えない気がするんだが……と思っていると、白い壁に急に巨大な眼と口が現れた。


 いや、壁だと思っていたのは、巨大なケット・シーだった。巨大なケット・シーが部屋にぴったり収まっている。


「……おぉ、ようこそお客人、このような姿で失礼する。私がケット・シーの現国王、スベロワだ」


 この時俺は驚いた。

 このケット・シー、さすがは王だけあってただ者ではない。

 自分の姿を「このような姿で失礼する」と言ったのだ。たしかに、部屋にぴったり収まってしまって動けない姿など、客人に見せるには無礼だろうが、そこは問題ではない。


「“な”を普通に発音できるのか」

「驚くとこはそこなのですか、ご主人様」


 ハルからツッコミが飛ぶ。


「うん、まずはそこだろ。驚くのは……って失礼しました、国王陛下」


 キャロの視線が「本当に失礼なことを言いましたよ」と言いたげだ。


「いや、よい。私が国王でいるのはもう残り僅かだ。それより、私の愛しい娘が世話になった。王としてではなく、ステラの父として礼を言いたい。ありがとう」


 スベロワはそう言って目を閉じた。


「残り僅かにゃどと言わにゃいでください、王よ」

「いいのだよ、ステラ。見ろ、私の毛を。もともと立派な黒色だったのに、今では全て真っ白になってしまった。ここまで長生きできただけでも十分だ。だが、死ぬ前に、ステラが作ったマタタビ酒を飲みたかったな」

「……お父さん」


 俺はふたりのケット・シーのやりとりを見て、暫く黙っていたが、決心したように言った。


「陛下、暫くお待ちください。俺とステラで、今から陛下のための最高のマタタビ酒を造ってみせます」

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