ハルとともに迷宮へ急げ!
マティアスはハルを呼んできてくれた。
白く美しい髪に見惚れそうになるが、そんな場合ではない。
そして、俺は二人に事情を説明した。
知り合いの女性――ノルンが迷宮から戻っていないこと。
そして、迷宮の中に盗賊が出ているという噂があること。
彼女を探すため、ハルに力を貸してほしいことを告げた。
「確かに、彼女の嗅覚があればその方を探すのは可能でしょう。ですが、そのような危険な仕事なら、奴隷商である私としては彼女を貸し出すのは難しいです。せめて、迷宮に散歩に行くとウソをついてくださったのなら、私も彼女を貸し出したのでしょうが……」
「わかってます」
俺はアイテムバッグから金貨を1枚、銀貨を100枚取り出した。
「2万センスあります。あと、2万センスは、マーガレットさんの服屋に発掘品を売って明日、得られることになっています。合計4万センス、これを保証金にしてください」
「いえ、保証金は2万センスで結構です。ハルワタート、君はどうしたい?」
「私は剣を、私の腕を誰かのために役立てたい。その気持ちは奴隷になった今でも変わりません。ぜひ、イチノジョウ様の手助けをしたいです」
その言葉で、マティアスは折れた。
マティアスが彼女がしている隷属の首輪に触れると、光が次々に灯っていき、合計100個以上の光が灯った。
「108時間の貸し出し設定をしました。レンタル時間としてはこれが最長となっています。それと、ハルワタート、これが君の剣です」
マティアスが渡したのは、鞘に入った、短剣よりは長い、だが普通の剣よりは短い、二本の剣だった。
彼女は二刀流なのか、一本が予備なのかはわからない。
「マティアス様……置いていてくださったんですか?」
「君の出した身請けの条件だと、必要になる日が来ると思ってね」
そして、彼女は二本の剣を腰に差した。
「ハル、鎧とかは買わなくていいのか? ハルなら冒険者ギルドで」
「いえ、私は鎧や兜は着けません。速度が落ちてしまいますので」
「そっか、わかった。じゃあ一緒に迷宮に来てくれ。ノルンさんがいた場所まで案内する」
そして、俺達は夜の町を走って行った。
街灯の光が通りを照らしている。
「ご主人様、その、ノルン様という方はご主人様の恋人なのでしょうか?」
もう少しで迷宮というところで、ハルがそんなことを訊ねてきた。
急になんでだ?
「違う、下宿先が同じで、迷宮で助けてもらっただけだ。名前を知ったのだってついさっきだ」
「なら、何故そこまで必死になって」
「助けたいって思ったからだ! 合理的に動けば俺みたいな素人が自警団の彼女を助けたいなんておこがましいにも程があると思うんだけど、そうせずにはいられなかった」
周りの迷惑を顧みずな無鉄砲な人だとハルは思っただろう。
ハルが俺に気があるのなら、ノルンさんが俺の恋人でないと知ったら、少しは喜びそうなものだが、彼女の表情はその逆――沈んでいた。
こりゃ、恋人としての脈はないな。
街灯の仕組みとか、ハルの気持ちとか、気になることはいっぱいあるけれど、今は全部後回し、迷宮へ急ごう!
迷宮の入り口はノルンとは違う別の男の兵が立っていた。
「すみません! ノルンさんは迷宮から出てきましたか?」
「君は?」
「彼女の下宿先の者です」
「そうか。いや、まだだ。明朝、大規模な捜索隊を――って君!」
悪いがまだだとわかった以上待っていられない!
俺は話も途中だが、ハルと一緒に迷宮の中に入って行った。
そして、迷宮の中――ノルンと別れた場所まで、魔物と出くわすことなく到着する。
「ハル、ここだ。ここで俺はノルンと別れたんだが、わかるか?」
「複数の匂いが混ざっていてなんとも。何かノルン様の匂いだとわかるものはありますか?」
「この薬瓶――、ノルンに貰ったものなんだが」
俺はアイテムバッグから、ポーションの空き瓶を取り出す。
ハルはその薬瓶を受け取ると、匂いを嗅いだ。
「ご主人様の匂いがほとんどですが……わかりました。こっちです」
そう言うと、確かにハルはノルンが去って行った方向に走り始めた。
そこで、コボルト3匹が前方から現れた。
「ご主人様、ここは私が――」
「スラッシュ!」
俺の剣戟が、コボルト3匹を両断――魔石と爪に変わった。
【イチノジョウのレベルが上がった】
【無職スキル:スキル説明を取得した】
無職レベルが40に、見習い剣士レベルが17に、狩人レベルが14に上がった。
スキル説明?
スキル説明ってスキルを調べられるスキルなのか?
と思ったら、
……………………………………………………
スキル説明:鑑定系スキル【無職レベル40】
スキルについて調べられるスキル。
調べられるスキルは本人、もしくは仲間の取得済みスキルに限る。
……………………………………………………
と脳内に情報のみが流れ込んできた。
最上級の詰め込み学習みたいだ。知らないスキルを取得したときは便利そうだ。
フォース職業解放がなかったのは少し残念だな。
そして、俺はハルの先導でさらに走っていく。
「ご主人様、今のスラッシュの威力は――いえ、なんでもありません」
「どうしたんだ? 言ってくれ」
「今のスラッシュの威力は、低レベルの見習い剣士の威力をはるかに超えています。ご主人様は私と同じ剣士なのでしょうか?」
「いや、剣士じゃない。今は説明することはできないけれど」
「そうですか、わかりました。深くはお聞きしません」
ハルはそう言って前を向き、走る。
前方を走るハルを職業鑑定で調べた。
今後、彼女に勝つことを目標にしている俺としてはこの機会に知っておきたいと思った。
【剣士:Lv23】
強いな。さっきのジョセフとエリーゼ、それにノルンよりも遥かに強そうだ。
鞭使いの職業の取得条件はわからないけれど。
「ご主人様、ここから二階層に下ります」
「わかった。あと、ハル、俺の事は主人と思わなくてもいい」
「どうしてでしょうか?」
「白狼族は、自分よりも弱い男に仕えるのは死よりも強い屈辱的なことだと聞いた。だから、今は、俺のことを対等の仲間だとして接してくれ」
俺の申し出に、ハルは首を横に振った。
「いえ、その命令はお受けできません。ご主人様は、強さというものを大きくはき違えています。それより、急ぎましょう、ノルン様が心配です」
ハルはそう言うと、階段を降りて行った。
強さをはき違えている?
ただレベルを上げるだけだと、ハルは俺のことを本当の意味での主人だと認めないってことか?
……いや、考えるのは後だ。
今はハルの言う通り、ノルンを助けることを一番に考えよう。
新年あけましておめでとうございます。
おかげさまで新年早々日間ランキング2位という幸先のいいスタートを迎えることができました。
今年もこの作品を含め、よろしくお願いします。