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俺の世界の新たな住人

「では、ご主人様、すぐに買ってきますので」

「イチノ様をお待たせするようなことはしません」

「わ……ワタシ、ココ、マモル」


 ハルとキャロのふたりで買い物に行ってもらうことにした。

 本当は俺も一緒に行きたかったのだが、たまにはふたりで買い物に行ってもらうのもいいだろうということで、俺はマイワールドに移動することにした。

 もちろん、俺の世界への扉が開いている間、部屋を無人にするのは怖いので、マリナに留守番をしてもらうことに。


 俺達の憩いの場となるはずのマイワールド。

 そこに思わぬ珍客が訪れていた。

 というか、勝手に居座っていた。


「……何をなさってるんですか?」


 俺はその少女の姿をしたお偉い様の名前を呼んだ。


「トレールール様」


 そう、俺の世界に訪れていたのはトレールール様だった。 


「妾がどこにいようと勝手だろう。まったく、誰のせいでこうなったと……おっと、これは言うなとコショマーレに言われておったのじゃった」


 享楽と怠惰の女神であるトレールール様はライブラ様の作っていた天文台のような建物の前にいつの間にか用意されたキングサイズのベッドの上で横になっていた。

 引きこもりという名前のスキルのはずなのに、こうも女神様が訪れていては引きこもることもできるわけがない。

 そのうち、女神様が集まるリゾート地になってしまうのではないか?

 そうなったら俺からしたら不幸でしかない。


「そういえば、トレールール様、今日はツインテールじゃなくてオールバックなんですね。とてもよくお似合いですよ」


 女神像でも普段もツインテールだったトレールール様の髪型がガラスのヘアバンドを使ったオールバックに変わっていたのだ。おでこが丸見えだ。

 長い髪が背中の辺りまで伸びていて、そこで左右に広がっている。

 子供っぽい髪型のツインテールが彼女には似合っていたが、それは黙っておく。


「決して妾が奴と被っていることを恐れて髪型を変えたんじゃないぞ……と主に言っても意味はないか……はぁ……悪いが妾は少し疲れておるのでな。あんな厄介な日本人の相手をさせられたうえに、他の女神との話し合いが幾日も続き、疲れておるのじゃ。言っておくが、半分はお主のせいじゃぞ。まったく、とっとと転職すればよいものの、いつまでも無職でいるからこうなったのじゃぞ」

「う……すみません」


 元はと言えばトレールール様が俺の話を最後まで聞かずに必要経験値1/20を授けてくださったのが原因なんだけど、それはもちろん黙っておく。


「さっきから心の中で言いたい放題のようじゃが、妾もコショマーレ同様心の中くらい読めるのじゃぞ」

「え……すみません」

「まぁよい。にしても主の世界は本当に何もないな。せめてカジノくらい用意せぬか」


 いや、無茶ですよ、それ。

 カジノといえば、ベラスラのルーレットやスロットマシンあたりが有名だろうが、それを作るのも一苦労だ。


「大恩あるトレールール様の願いとあらばカジノを作りたいのですが、なにしろこの世界に入ってこられるのは俺を含め、仲間四名のみのため、未だ自分の家すら作れないのです」

「女神の望みのものより自分の家を優先するとは、ラコント教会の信者に聞かれたら異端者として宗教裁判にかけられてしまうぞ」


 おそらく、トレールール様は冗談で言っているのだろう。


「ならば命令を聞く人形でも作ればよいじゃろう」

「命令を聞く人形?」

「うむ、人間が言うところのホムンクルスという奴じゃな」


 ……ホムンクルスか。

 もちろん、実際には見たことがない。

 ただ、俺の世界での話になるが、ホムンクルスは錬金術によって作られる生命のことだ。

 フラスコの中に人間の精液と血液を入れて作られる存在であり、生まれながらにして全知の存在である。

 フラスコの中の小人とも呼ばれ、人間よりもはるかに小さく、そしてフラスコの中でしか生きることができない。


「こんな世界を作れるのじゃ、ホムンクルスくらい作れるじゃろ?」


 作れません!

 いろいろとスキルは覚えていますが、命を作ることなんて神様の領域です。


「命を作るのではない。簡単な命令を聞くことのできる人形を作るようなものじゃ。お主の世界で言うところの人工知能ロボットといったところじゃ」

「どっちにしろ、そんなもの作れませんよ」

「そうなのか。それなら、妾のホムンクルスをやろう」


 そう言って、トレールール様はステンレス製の試験管立てと、試験管を渡してきた。

 試験管の中には、小さな卵のようなものが入っている。


「これが、ホムンクルスですか?」

「うむ、蓋を開けて地面に落とせば、勝手に成長して人の姿を取る。あとは……そうじゃな。前にコショマーレが妾に押し付けた説明書を読むとよい。妾は一度も読んだことがないがの」


 トレールールはそう言うと、


「うむ、お代は貰っていくからの」


 そう笑い、ベッドのシーツを捲った。

 すると、そのシーツの中には大量のトマトが入っている。

 トレールールはそのトマトを一齧りし、


「うまいのぉ。他人が作り、労せず手に入れた果実というのは美味じゃの」


 快活に笑って、その姿を消していった。

 俺は試験管立てを抱え、畑へと走っていく。


 すると、そこにあったのは、トマトの実が全てもぎ取られた畑だった。

 畑の下には小さな足跡が無数についていた。

 トレールール様のモノではない。それよりももっと小さい。

 これがホムンクルスの足跡なんだろう。


 ……まぁ、トマトならアイテムバッグのなかにもあといくつかあるから、それを植えたら元通りになるか。


 ホムンクルスの値段が大量のトマトだったとするのなら、まぁ安上りだな。


 そう思い、俺は試験管を一本取り出し、ひっくり返した。

 液体と一緒に、零れ落ちた白い卵。

 それが徐々に膨らんでいき、人の姿を形どる。


 ってあれ?

 トマトの周りの足跡をみると幼稚園児くらいの子だと思っていたのに、目の前の子はどう見ても小学生というか、中学生というか……女子高生?


 そして、文字通り生まれたままの姿である。

 胸はハルよりは小さく、キャロよりは大きい……マリナくらいだろうか?

 そして、視線はさらに下へと向かっていく。


「あ……あ……あの」

「おはようございます、マスター」


 金髪ボブカット髪の少女は、無表情のまま金色の瞳をこちらに向けてきて、抑揚のない声で俺にそう言った。

 その質感はどう見ても生きている女の子で……


「ご主人様、そちらの方はっ!?」

「イチノ様……また新しい方ですかっ!?」


 ハルが尻尾を逆立て、キャロが驚き布袋を落としてしまった。


「ちが、違うから! そんなんじゃないからぁぁぁっ!」


 俺の世界で俺の声がこだまとなって響き渡った。

 その声がどこに消えてくのか、世界を作った俺ですらわからない。   

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