プロローグ
前のプロローグがあまりにも不評のため、変更しました。
南の谷の土砂の撤去作業は遅々として進んでいないらしい。
あのあたりは頻繁に魔物が出没し、魔物が出るたびに戦えない作業員が避難壕に逃げるためだ。
騎士を派遣し、護衛の下撤去作業を行うということも検討されていたのだが、先日の騒動の後始末のためそれもできない始末。
冒険者に依頼をするという手段も残っていたが、町の外から来た冒険者の大半は、魔物から逃げ出す商人の護衛を兼ねて町の外に行き、町の中に残っていた僅かな冒険者は町の護衛という依頼を受けている。
あれだけの騒ぎだ。
戦える人間のほとんどがいなくなるというのは町の人にとっては不安なのだろう。
そのため、現場の護衛に赴くことになったのが鈴木達だ。
あの騒動の二日後、俺達はフェルイトの近くに住んでいるある部族の首長の家を訪れた。
もともと国民の九割以上が遊牧民族であり、多くの部族が暮らすダキャット。
その部族の中で最も力のある一族の領主の家だ、さぞ立派なものなのだろうと思ったら、組み立てと解体が楽な組み立て式の家だった。
正直、全員で入ったら少し窮屈だった。
鈴木達は今回の騒動における手柄のほとんど全てを放棄した。
今回の件で最終的に町を守ったのは、アレッシオであり、自分ではない。
そして、騎士が魔物達に敗れたという情報が世間に広がれば、ダキャットの国力が疑われ、国内に大きな混乱を招きかねないと言って。
ジョフレとエリーズ、俺達もそれに賛同。
フリオはジョフレに従うといい、ミルキーは最初から興味がないようだ。
スッチーノは報奨金が貰えるのなら名誉なんていらないと言って周囲から顰蹙を買っていたが、それでも金で済むのなら安いものと、領主から金貨一〇枚もの褒章をいただいていた。
そして、南の谷の問題を聞き、鈴木達とジョフレ、エリーズ、フリオが立ち上がった。
スッチーノは渋っていたが、あの辺りには金鉱山があったが土砂に全て流されてしまった。
もしかしたら土砂の中に金が混じっているかもしれないという話を聞いたらスッチーノも立ち上がった。
スッチーノが持っていた、最後に女神像の術式を解除し、正常に戻した謎の玉。
あれを彼に託した依頼人はフェルイトの中にはいなかったので、結局報酬は貰えなかった。
詐欺だと騒いでいた。
だが、冒険者ギルドなどの施設を通さない交渉で騙されても、彼を助けてくれる人は誰もいなかった。
金羊毛は貴重品で高値で売れるのだが、それを高く買い取る行商人が全員国の外に出てしまい、今売っても安く買いたたかれるとキャロがスッチーノに教えたため、彼はそれすらも換金できずにいた。
だから、彼は今、金が欲しいのだろう。
ちなみに、その依頼を俺達は丁重にお断りした。
鈴木達が行くのならそれ以上の人が必要でないのは明白だ。
無職だから働くのが嫌だとかそういうのではない。
他の人がいたらできないこともいろいろあるからな。
例えば、スキル「引きこもり」、マイワールドの検証も全然終わっていない。
暫くはフェルイトの宿屋でゆっくりさせてもらおう。
※※※
フェルイトに魔物が攻めて来てから五日が過ぎた。
もはや自分の家のように思えてきたフェルイトの宿屋の一室。
「お……お……お……」
謎の声が聞こえてきた。
壊れた目覚まし時計だろうか?
「お……おは……おは……お……」
本当に壊れているんじゃないか?
と目を覚まし、俺は横を見た。
黒髪の女性が正座をしてベッドの上に座っている。
長い前髪が目元を隠しているが、頬が赤く染まっていて、恥ずかしがっているのがまるわかりだ。
「おは……おはよ……」
着ている服は絹の服。
金に余裕があるため、俺が全員分買い揃えた服だ。
えりぐりの広い服のため、隷属の首輪がいつもより目立って見える。
「……おはようございます」
「……あぁ、おはよう、マリナ……やっぱりキャロかハルに代わってもらった方がよかったか?」
俺が訊ねると、マリナは首を大きく横に振った。
昨日、俺がキャロとハル、どちらと同じ部屋で寝るかという話になった。
昨日はキャロと同じ部屋で寝たので、順番で言えばハルと一緒に寝る番だろう。
だが、昨日一日、ハルの剣術稽古に付き合った。
レベルが上がればステータスも上がるが、剣の腕というのは技術や経験も物を言う。
だから、たまには対人戦をしないと腕が鈍るというハルの言い分に賛同した。
そして、帰ってきたら、
「イチノ様は今日はお疲れですから、キャロと同じ部屋で寝ましょう。ハルさんとご主人様が同じ部屋になると疲れがとれませんから」
と、夜に俺達がしていることを知っていて、そんなことを言ってきた。
正直その通りなので本当に断ることはできない。
そう思ったら、マリーナが、
「否、今日は我とともに永遠の眠りにつこう」
などと言ってきた。永遠の眠りにはつきたくない。
「もちろん仮面は外す。いい加減、マリナにも男への耐性を付けさせなくてはいけないと思っていたところだ。ただし、手を出すんじゃないぞ?」
とマリーナが提案してきた。
彼女がそんなことを言うのは初めてのことなので、結局、ハルもキャロもそれに従わざるをえなかった。
だが、仮面を外してからのマリナは常に緊張していたな。
夜中に変な声が聞こえて目を覚まし、耳を澄ましてみると、
「羊が七二九一匹、羊が七二九二匹、羊が七二九三匹」
と、羊を数える声が聞こえてきたのには驚いた。
一秒で一匹としても二時間羊を数えていたことになる。
羊を数えるというのは、ただ「羊」と「寝る」が似ているから眠くなるらしいので、英語になじみの薄い日本人である俺達が羊を数えても眠くはならないと思うのだが、ここで声をかけたら余計に緊張して眠れなくなると思うので、静かにしていてあげた。
羊が途中で聞こえなくなったのは、マリナが眠ったからなのか、俺が眠ったからなのかは今でもわからない。
ただ、彼女の顔を見ると、眠気より緊張のほうが勝っているようだ。
「……仮面つけるか?」
「あ……朝ごはんを食べるまでは……このままでお願いします」
「そうか……」
「……はい」
その後、沈黙が部屋を支配した。
外から誰かが移動する音が聞こえてきたから、これじゃ逆沈黙の部屋だな、とバカなことを考えていたら、マリナが口を開いた。
「あの……着替えたいんですが……」
「わ、悪い!」
俺はそう言うと、後ろを向き、
「すぐに出ていくから」
「あ、いえ……後ろを向いていてもらえたら……」
「わ……わかった」
なんだ、この緊張感。
衣擦れの音が聞こえてくる。
今、何を脱いだんだ?
いや、俺にどうしろって言うんだよ。
どうすれば……そうだ、鷹の目……あれを使えばマリナに気付かれることなく後ろを見ることができるんじゃ
……って何を考えているんだよ、俺。
覗きなんて最低だろ。
そもそも、俺には、俺のことを好いていてくれるハルとキャロがいるじゃないか。
ここでそんなことをしたら、彼女達からの信頼も無くすことになるぞ。
でも、なんだろうな。
普段、中二病みたいなことを言っている彼女だが、仮面を外すとビクビクして男の人がちょっと怖い、でも俺には少し心を開いていて歩み寄ろうとしている、そんな風にも見て取れ、なんとなく萌えるシチュエーションだったりするんだけどな。
って、本当にバカか、俺は。
いつからハーレムを目指すようになったんだよ。
そもそも、今考えているのは覗きをするかどうかだろうが。
って、あれ? なんで覗きをすることに検討の余地あるみたいなことを言っているんだ?
「イチノさん、着替え終わりました……どうしたんですか?」
壁に頭を叩きつけていた俺に、マリナは心配そうに訊ねた。
俺は彼女を見て苦笑しながら言った。
「いや……なんだろ……うん。やっぱりマリナはその服が一番似合ってるな」
「あ……ありがとう……ございます」
顔を赤らめて少し俯く彼女はどこまでも恥ずかしがり屋だった。
別に今章がマリナルートってわけではありません。