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ミリの冒険⑤

 冒険者ギルドの扉を開けると、お通夜のような雰囲気だった。

 ミリが冒険者ギルドの中に入ると、その視線は一気に驚愕へと変わった。

 ここが本当にお通夜の会場だとするのなら、まるでその死者が生き返った、そんな視線だ。


「いったい、何があったの?」


 もちろん、一緒についてきたノルンもその違和感には気付いた。

 そして、当然、そんな雰囲気に気圧されるミリではない。

 彼女はビクビクする茶狐族の冒険者ギルドの受付嬢の元へ真っ直ぐ向かうと、


「……お待ちしておりました、ミリュウ様、裏の闘技場でカッケ様がお待ちです。あの、ミリュウ様。お願いですから、舞台には上がらないでください。あそこに上がってしまえば――」

「冒険者ギルドの舞台の上は同意の決闘の場、そこで何があっても冒険者ギルドは預かり知らぬ、だったわね」

「はい、その通りです」


 ミリはそれだけを聞くと、真っ直ぐ舞台の方へと向かった。カチューシャや一部の冒険者たちがミリとノルン、ふたりの後に続く。

 そして、ミリとノルンが気付いた。

 冒険者ギルドにいた人達が何に怯えていたのかを。


「うっ……」


 その光景に、ノルンは思わず嗚咽を漏らし、視線をずらした。

 そこにあったのは死体の山だった。


 ローブを纏って、杖が転がっているところを見ると、全員魔術師のようだ。

 そして、血に染まった舞台の上で、ひとりのスキンヘッド、義足の男がほくそ笑んでいた。


「よう、待っていたぞ。お前があのイチノジョーとかいう奴の妹か」

「イチノジョーじゃなくて、イチノジョウよ。訂正して」

「そんなもんはどっちでもいいだろ」


 どうでもよくない。

 ただでさえ兄の名前が間違った名前で伝わっているというのに、その名前をさらに間違えるのは兄への侮辱だ。許したくない。


「殺すわよ」


 ミリの殺意を感じ取ったが、男はとても嬉しそうに笑った。


「はっ、さすがはあいつの妹だな。いいさ、訂正してやるよ。お前がイチノジョウの妹だな?」

「そうよ。おにいの情報があるって聞いたの。教えなさい」

「ああ、そのためにこいつらをここに連れて来たんだからよ」


 男はそう言って立ち上がると、既に事切れた魔術師の身体を蹴った。


「いいか? こいつらは俺と一緒にお前の兄貴を殺そうとした奴らだ。前回の屈辱を晴らすため、あの男の妹を手籠めにすると言って集め、ここで全員殺した。ここでなら殺しても罪に問われることはないからな」


 くっくっと笑う男に対し、ミリは奥歯を噛みしめた。

 兄を殺そうとした。

 その言葉を聞いた瞬間から、目の前に広がる魔術師たちへの同情心は消え失せ、ただ中央に立つ義足の男への殺意だけが込み上げる。


「なんで殺したの! 仲間だったんでしょ!」


 ノルンが後ろで声をあげた。

 恐怖で足が震え、立っているのがやっとという感じだ。


「仲間だった、だ。あいつと戦ったあの日、俺だけが足を切られ、こいつらは全員無傷で生かされた。それが俺には許せない。次の日、昨日は災難だったなと笑い合うこいつらが俺は許せなかった。最初はオレゲールにあの男を倒してもらおうと思った。そうしたら、少しは溜飲が下がると思った。だが、オレゲールは怒った。そんなことは頼んでいないと。彼は誠実で素晴らしい男だったと」


 そして、男は足を大きく上げ、振り下ろした。

 石の床が砕け、穴があく。


「ふざけてやがるっ! だから、俺は決めた。奴に復讐できるのは、俺しかいないとな。そのために、まずはこいつらを殺した。こいつらを殺して、レベルを上げさせてもらったよ。次はお前の番だ。お前を殺したと知ったら、奴がどんな顔をするのか、楽しみだなぁ」


 男はそう言って、杖のような義足の血で赤く染まっているカバーを外し、その血を舐める。

 そして、そのカバーの中にあったのは、杖ではなくレイピアのように尖った剣だった。


「本当はこれで最初に奴を突き殺すつもりだったんだが、奴を殺す前に奴の妹を殺すのも風情があっていいよなぁ、おい」


 男が邪悪な笑みを浮かべると、ノルンはミリの前に移動した。


「ミリュウちゃん、絶対に舞台に上がったらダメよ。舞台に上がらなければ彼も手を出せないんだから」


 ノルンが言うと、男は邪悪な笑みを浮かべ、


「はは、いいか? 俺がこいつら雑魚魔術師たちを殺したのは、お前が来るまでの時間ここにいるためだ。いいか? 俺はすでに拳闘士じゃねぇ、人を殺してデスウォーリアーになっているんだからよ」


 その言葉に、激震が走った。

 職業、デスウォーリアー。

 その力は拳闘士の比ではない。人を殺すことに特化した最上級の職業だ。


「闘士が罪なき人を殺した時に女神により堕とされる最上級の職業ね。ということは、魔術師たちを不意打ちで殺したのはデスウォーリアーのレベルを上げるためかしら?」

「待ってください! その話が事実ならカッケさん、あなたは既に冒険者ギルドの保護下にありません。皆さん、すぐに自警団を集めてください! 彼を取り押さえます」

「いいのか、カチューシャさんよぉ、今の俺に敵う人間がこの町にいるとでも思ってるのか? 今じゃ碌に上級迷宮にも行くことのできない雑魚冒険者ばかりのこの町によ。せいぜい集めてくれよ。全員俺の経験値にしてやるぜ。あの男を殺すためのな」


 男が笑った、その時だった。

 ミリは前を塞ぐノルンを押しのけ、前に出た。

 そして、舞台に上がる。


「そうか、まずはお前から死にたいのか。いいな、さすがはあいつの妹だ」


 顔を大きく歪めて笑うカッケ。

 だが、ミリは何も言わない。

 ただ、彼女の殺意はすでに満ち満ちていた。


「ダーク」


 ミリが呟くと、彼女の影から闇があふれ、触手のように伸びていった。


「ほぉ、闇の中級魔法か。やるなぁ。でも、そんなものは――あん?」


 ミリの放った闇の触手が、倒れていた血まみれの魔術師に突き刺さった。

 一瞬、その体がびくんと震え、そしてまた動かなくなる


【ミリュウのレベルが上がった】


「ひとり殺し忘れていたわよ」


 まるで、ゴミをひとつ拾い忘れていたとでもいうように、ミリは静かにそう言った。


 ――ゾワリ。


 カッケに対してとはまた違う、底知れぬ恐怖が場を支配した。

 その恐怖に誰もが動けなくなる。

 カッケを除いては。

 何かぶつぶつと呟くミリに対し、カッケは称賛するように手を叩いた。


「ははは、さすがはあいつの妹だ。いや、容赦のなさは兄貴以上か? 俺は今でも忘れねぇ。あいつが最後に俺に見せたあの同情の眼差し、今思い出すだけでも吐き気がする。あんなお人好しな兄貴に比べたら、お前の方がよっぽど好感を持てるぜ」

「ダーク!」


 今度は十本の触手が、カッケ目掛けてのびていった。

 だが、カッケもさすがは最上級職といったところで、次々にその攻撃を避けていく。


(速いっ!)


 ノルンは驚愕した。

 カッケのその動きを、ノルンは目で捉えることができないでいた。

 これなら、下手をすれば彼女の必殺技、暗黒の千なる剣ダークサウザンドソードをも全て避けるのではないか?

 そう思ってしまう。

 彼女が暗黒の千なる剣ダークサウザンドソードを使い、それを避けられた場合、魔力切れを起こして動けなくなるのは明白だ。


 カッケはミリの攻撃を次々と避け、前に、前にと進む。

 そして、カッケの義足がミリの胸を貫いた……かに思えた。


 だが――


「何!?」


 避けたのだ。

 ミリが、カッケの攻撃を。


 そして、次の瞬間、ミリの掌底がカッケの顔を殴っていた。


「は?」


 何が起こったのかわからない、カッケは吹き飛ばされながら思った。

 手に入れた情報によれば、彼女の職業は闇魔術師。

 脅威ではあるが魔法を除けばカッケが負ける要素はなにもないはずだ。


 だが、ミリは虚ろな瞳を浮かべ、前に飛んだ。


「ダーク」


 今度は十本の触手とともに、ミリの拳が同時に攻める。

 十本の触手を躱し、一安心したカッケの鳩尾にミリのさらなる打撃が加わる。


「がはっ」


 カッケは口から血を吐き、上空へと飛ばされた。

 そして、そこに待ち構えていたのはミリから伸びた触手だった。

 ミリが舞台に上がってから、時間にして約一分の出来事だった。

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