ミリの冒険④
「あの、ミリュウちゃん、本当に無茶しないで……」
「大丈夫よ。あのオーク女神から貰ったスキルのおかげでMP切れになる心配が一気になくなったから」
冒険者なら、無謀な階層に行き死ぬのはその冒険者の責任だ。
だが、ミリ――ノルンにとってのミリュウは、命の恩人であるイチノジョウの妹であり、彼女をひとりにすることはできないというのが彼女なりのイチノジョウへの恩返しであった。
そのため、今朝にはパーティーを組んで、一緒に中級迷宮に行こうと誘ったのはノルンからだった。
だが、ノルンの言う中級迷宮とは、あくまでも中級迷宮の浅い階層のことであり、まさか……いきなり九十階層からスタートすることになるとは思いもしなかった。
ノルンにとっては初めてくる場所である。
彼女が怯えるのは無理からぬことなのだが、それでも彼女がミリと行動するのは、彼女が倒れたときに背負って逃げられるのは自分しかいないと思ってのことだった。
ミリのプチダークによる触手が魔物達を絞め殺すたびに、スキル【MP吸収】が自動的に発動する。完全とはいえないものの、MP切れの心配が無くなったミリにとって、中級迷宮などただ迷宮踏破ボーナスを手に入れるための施設でしかない。
【ミリュウのレベルが上がった】
魔竜を倒した時以来、初めてのレベルアップだ。
ミリはMPを確認するが、やはりMPはほとんど上がっていない。
魔攻だけは調子よく上がっているが、やはりMPだけは何故か上がりにくくなっている。
ミリはちらりと後ろをついてくるノルンを見た。
パーティーを組んでしまったため、経験値が1/4奪われているが、万が一MPが切れた時のための保険としては悪くはない。
MPがある時なら暗殺者の操り人形で操ればそこそこ使えるだろう。
暗殺者の操り人形は、標的の信頼している仲間を操り、確実に標的を殺すために作られたという闇魔法だ。
そして、操られた相手は、使用者の意のままに動く。
その時の動きは、人間が本来抑えている潜在的な力までも解放し、100%の力で動くことができる。
もっとも、そんなことを続けたら全身筋肉痛どころじゃ済まない後遺症が残ってしまうので、簡単に使うことはできない。なので万が一のことがない限り、ノルンに使うつもりはない。
万が一のことがあったら使うけれど。
「ボス部屋に到着。ここにいるのは確か、恐竜みたいな魔物だったわね」
地球でいうティラノサウルスに似ている、二足歩行の巨大な爬虫類型の魔物だ。
その力は、昨日の朝に倒した魔竜には劣るので、
「じゃあ、行きましょうか」
ボスなのに一瞬シルエットを見せただけで、
「暗黒の千なる剣!」
瞬殺されてしまった。
ミリとノルンが見たのは、緑色だったというのと、大きかったということくらいだ。
ノルンのレベルも上がったそうだ。見習い槍士レベル18になっている。
あと2つレベルが上がったら、槍士に転職できるレベルだ。
ボス部屋の奥には女神像があった。
髪の長い、整った顔立ちの女神であり、女神の中で一番まともな姿をしているとミリは思う。
彼女の名前はライブラ。秩序の女神だ。
ライブラは良く言えば真面目、悪く言えば融通が利かない女神だ。
ノルンが女神像の前に立ち、目を瞑り跪いた。
そして、ミリはその場に立ち、その時を待った。
(よし)
跪き、祈りを捧げる。ただし、その祈りは、
(ライブラ、私に迷宮踏破特典を渡しなさい。私への迷宮踏破特典についてはコショマーレから聞いたでしょ?)
と、神への敬服など一切含まないものだったが。
【称号:迷宮踏破者が迷宮踏破者Ⅱにランクアップしました】
【クリア報酬スキル:ステータス偽造を取得した】
またも狙っていたスキルを手に入れた。
純粋な偶然ではないとはいえ、このスキルをここで手に入れられたのは大きい。
ステータス偽造は、ステータスの数値を表面上だけ変更するスキルだ。
この世界に置いて、相手の力を見抜く力というのはほとんど存在しない。
だが、例外としてパーティーを組んだ時、そのパーティーメンバーが見ようと思えば簡単に職業だけでなくほぼ全ての情報を見ることができる。
国によっては、入国の際にあえて入国審査官がパーティーを組み、相手の職業などを確認する土地もあった。
その時のことを考えると、 このスキルは絶対に入手しないといけないと思っていた。
ちなみに、このステータス偽造は自分だけでなく、パーティーのステータスも偽造できる。
(おにいが理由あって無職のままだって言うのなら、このスキルは後々も必要になる)
ミリはとりあえず自分の職業を適当にいじった。
「やった、三段突きのスキルを手に入れたわ。ミリュウちゃんは何のスキルを貰ったの?」
「帰りましょ」
「え? ちょっと、ミリュウちゃん?」
「脱出」
ノルンの言葉を無視して脱出した。
ふたりは、転移陣の上にいた。
中級迷宮はこの町で一番人気の迷宮のため、相変わらず凄い列が連なっていた。
でも、ミリにとってはもう用はない。
レベルアップをするだけなら上級迷宮のほうが効率がいいからだ。
この場を離れようとすると、
「あの、あなたがミリュウさんでしょうか?」
ミリに声を掛ける若い自警団の男がいた。
「ん? バンくん、どうしたの?」
ノルンが声を掛ける。バンくんと呼ばれた彼はノルンの同僚だった。
「あ、ノルンさん。この手紙をミリュウというツインテールの女の子に渡すように頼まれまして」
「私に?」
訝しく思いながらも、ミリは手紙の入った白い封筒を受け取った。
差出人は書かれていない。
それなら、いったい誰が?
この町で名前を名乗ったのは、ノルンとマーガレットを除けば冒険者ギルドの中だけだ。
ミリの頭の中に、冒険者ギルドから出て言った男の顏が浮かんだが、それなら都合がいいと思い、封筒の中身を取り出した。
【お前の兄について話がある。冒険者ギルドにこられたし】
と書かれていた。
そして、そう書かれていたら、ミリには冒険者ギルドに行かないという選択肢はもう存在しなかった。