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Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
番外編
9/13

      再 会







「なぁ、姫宮。おまえってば、最近絶好調じゃん」


 ヘッドロックをかけて言われても嬉しくない。


「くるじぃ」


 目に涙を溜めてばたばたと騒ぐ倫太郎の髪を、もうひとりのクラスメイトがくしゃくしゃに掻き混ぜた。


「ほら、ロープロープ」


 そんな三人の様子を眺めていた少年が、冷静に、


「本気で殺す気か」


 助け舟を出す。


 ヘッドロックがはずされて、倫太郎は咳きこみながら、ぐるりと三人の悪友を見やった。


「なーにが、絶好調じゃい!」


 幼いラインの頬を、膨らませる。


「え~だって、英語数学科学に生物……おまけに世界史まで、ほぼ満点だったんじゃん」


「ツバメの低空飛行が毎回のおまえになにがあったのかって――ガリ勉連中目ぇむいてっぞ」


「面白かったけどさ」


「ふんっ、さんざん、カンニングだって騒がれて、センセーに呼び出し喰らってさ、はては、口頭試問だぜ」


 倫太郎が「げ~」とばかりに、舌を出して顔をゆがめる。


「うわっ」


「そこまでされたのか」


「そりゃヘビーな体験だよな」


 うなづいてくれる三人を、


「わかってくれる?」


 うるうるお目々で、見上げてみれば、


「でも、姫宮の場合」


「ほとんど」


「自業自得だよな」


 うんうんと、三人だけで世界を作ってたりする。


「なんでよ」


「常日頃、点数悪すぎ」


「で、受験間近になっていきなり点数上げたって」


「なぁ」


「疑ってくれって言ってるようなもんでしょう」


 丸い頬が、ますます丸く膨らんで、


「どーせっ」


 ぷいっと横を向いた倫太郎に、


「まぁまぁ、姫宮、機嫌直せって」


「そうそう。でもって、ほんと、なにがあったんだ?」


「さくさく喋っちまえって」


 学ラン姿の中学生四人が塊になって歩いている図は、微笑ましいというより鬱陶しい。まだグラウンドだからいいようなものの、学校の敷地から一歩出れば、間違いなく、歩く障害物以外の何物でもない。


「え~」


「ほら」


「げろっちまえって」


「楽になるぞ」


「それがさぁ」


 うんうん――――と、期待に満ちた顔を寄せる。


「なーんも覚えてないんだ」


「はぁ?」


「いや、オレ、試験の時、風邪気味でさ、どうも、熱出てたみてーなんだよな。だから、試験内容なんか、ぜんぜん記憶になくって、こりゃ追試だな――って、覚悟決めてたんだぜ」


 ははは――と、笑う倫太郎の肩に、


「ひめみや~」


「おまえ」


「試験の時は、風邪ひいとけ」


 クラスメイトの手が乗せられた。


「でもさ、まじ、おまえ最近変」


「なにがよ」


「え~だってさ」


「今日の英語、先生目が点だったじゃん」


「ネイティブの発音だって、呆然自失しながらだったけど褒めたのは、教師根性に尽きるのかも知んないけど」


「数学だって」


「すらすら解いてたし」


「実は、内緒でかてーきょうしつけたとか?」


「でもって、美人のおねーさんだったりして?」


「それは、羨ましい」


「ぜひとも、拝見させてくだせーまし」


「おまえら、ドリーム見すぎ」


 深い溜め息をついて、倫太郎は、そういえば――と、思い返す。


 最近、夢見がしんどくて、寝た気がしないのだ。でもって、悪友達が言う英語やら数学の時間というのは、ぼんやりしすぎていて、自分でもなにをしたのか覚えていなかったりする。気がつけば、教師がびっくりした顔をして、次いで慌てて、褒めことばを口にしている――そういうパターンが続いたのだった。


 ぼんやりと悪友達と歩いてると、


「おい」


 腕をつつかれた。


「ん?」


「見てみろよ」


「すっげー美人」


 促されて向けた視線の先に、ひとりの美人が歩いていた。


「でも、男? 女?」


「女に決まってるって」


「ばかだなぁ、胸ないじゃん。男だよ男」


 言われてみれば、確かに、暗色のシャツの胸元はふくらみに乏しく寂しい。


「う~ん」


「男だな」


「残念」


 そう思ってしまえば、もう、男にしか見えないから不思議である。


 黒い髪が、チャコール系のジャケットが、時折りの風に煽られている。


 白い顔は、これ以上ないくらいに整っている。通った鼻筋や、細い弓なりの眉。口角の持ち上がっている、赤いくちびる。


 なぜだろうか。倫太郎の心臓が、ドキンと、震えた。


 視線をはずすことができない。


 まるで、呪縛されたかのようにその場に立ち止まった倫太郎を、悪友達が不思議そうに見ている。


 と、美人が、倫太郎に気づく。


 整った造作の中、なによりも印象的な琥珀のまなざし。色っぽさを強調しているかのような、少々目尻が下がり気味の目が、倫太郎を捉え、大きく見開かれた。


 ふわり――とでも表現すればいいのだろうか。


 白皙の表情が、やわらかな笑みをたたえて、倫太郎を見た。


「え?」


 戸惑う倫太郎に、シャープな動きで、近づいてくる。


 気圧された悪友達が道を空け、三対の瞳の先で、倫太郎は、琥珀のまなざしと邂逅した。


「姫宮、倫太郎、くん」


 語尾を跳ね上げた、それでいて、確信に満ちた声は、響きのいいテノールだった。


「?」


 自分を凝視するとても切なそうな琥珀のまなざしが、倫太郎の脳を直接ノックする。


 そんな、錯覚にとらわれた。


「え~と……」


 人差し指で頬を掻きながら、「どなたさん?」と、訊こうとして、倫太郎は、固まった。それは、他の三人も同様のことで……。


 なぜなら倫太郎は件の人物に抱きしめられ、そのうえ、キスされていたのである。


 倫太郎の脳が状況認識をするまでの数瞬の間、青年の赤いくちびるが、倫太郎の幼いくちびるを堪能する。


 そうして、ようやく状況を理解した倫太郎が慌てだしたころになって、


「失礼。あまりにも懐かしくて」


と、彼は、倫太郎を、解放したのだった。


 懐かしいとキスすんのか、あんたは! ――というのは、その場に居合わせた四人の思考だったろうが、幸いなことに、それは、声にはならなかった。


「まさか、今日、君と会えるなんて、驚きです。ああ、この後、どうしても抜けられない用さえなければ………」


 赤く染まりはじめた空を見上げて、乙女のように手を合わせる。


「スミマセン、僕はこれから用がありますので。また、日を改めて、お会いしましょう。それまで、お名残惜しいですが」


 そう言って、去ってゆく後姿を、毒気を抜かれて見送っていた彼らの耳に、


「お母さまによろしくお伝えください」


 青年の最後の言葉が、届いた。




 その青年の正体を倫太郎が思い出すのは、もうしばらく後のことである。


 ともあれ、四人の少年達は、ぼんやりと、家路に着いたのであった。









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