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Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
番外編
7/13

      〜おともだち〜2.仲良し

ありがちのお話です。







 教授と話してると、ちりちりと、視線が痛い。


 んなに、珍しい――んだろーなぁ。


 いろんな国からの国費留学生や王族貴族の子弟なんかも珍しくないって大学なのに、オレってやっぱり浮いてるらしい。


 ま、な。


 どうあがいたって、オレはたかだか六才のガキンチョだ。けどさ、ここって、大学の中なんだぞ。街中の、近所のガキンチョじゃないんだからさぁ、やめて欲しいと思ったってかまわないだろ。なにを? 遠巻きにしてこっちを珍しそうにじろじろ見ることとか、いろいろ。珍獣とかならまだしも、目や口を大きく開いて果ては指差しされたうえで知り合いを呼んだりひそひそなんてやられっと、オレはUMA(Unidentified Mysterious Animals 未確認生物)、の域かよ? ――と、やさぐれたくなっちまう。たくさんの視線がめちゃくちゃ鬱陶しいんだ。


 はぁ―――吐いた溜め息が、白く空に上ってく。


「どうしたね、ミスター・姫宮」


 見下ろしてくるのは、灰色の柔和な目だ。


「なんでもないです。教授」


 困ったことがあったらなんでも相談するんだよ――なんて手を振って去ってゆく、気のいい教授の後姿を見送りながら、オレは琥珀色の目を思い出していた。


 背中に背負ったリュックの中には、一条に借りた三冊目の医学書が入ってる。


「……忙しいかなぁ」


 オレに向けられる、やわらかな、こだわりのない視線が嬉しい。


 一条と一緒にいるときが、オレが今一番好きな時間なんだ。


 一条は今、十才で――もっと年上かと思ったんだけど、四っつっきゃ違わないんだって――、医学部にいる。医学部は、こっから、大学構内を突っ切った、ほぼ正反対の端っこにある。


 会いたいなと思ってしまうと、もう駄目だ。足が勝手に医学部のほうに向かってる。


 オレって、ほんと、我慢きかないタイプだよな。


 ま、いっか。今日は、もう、オレの取ってる講義はないしさ。


 散歩。さんぽ。


 一条を探すって決めちまうと、不思議に他人の視線が気にならなくなる。こういうのが集中力ってヤツかぁと、なんか実感しちまう。講義中って、んなこと意識しないんだけどな。やっぱり、集中力にも、種類があるってことなんだろうか。


 しっかし、広いよな。


 森林公園の中の、石造りの大学だ。


 歴史も、半端じゃない。


 あらためて、感心しちまう。


 けど、同時に、うんざりもしてしまう。


 移動するのが面倒だ。


 もう少し基礎体力をつけないと――って、さっきの教授がオレにいつも口を酸っぱくして忠告してくれるんだけどさ、本気で考えたほうがよさそうかな。


 体力づくりなら、同年代の友達と鬼ごっことかして遊ぶのが一番だ――なんて、しみじみ言われてもさ、いねーもんな。


 後頭部をぼりぼりと引っ掻きながら、オレは、んなことを考えてた。


 オレの友達って、一条しきゃいねーもん。


 家の近所のガキンチョは、オレが近づくと、「リンタローがきたぞー」とかって言って逃げちまう。


 あいつらにとって、オレは、どうも、エイリアンとかグレイ(宇宙人のことな)とかゴブリンとか、マンイーターとかと同類項らしい。


 あちこちで遊んでたガキンチョが消えた公園って、めちゃくちゃ、淋しい場所に変わるんだ。


 ぽつんと公園にいると、遠くの車の音や自分の耳の奥に聞こえる鼓動の音や血流の音なんかが、静寂をいっそうのこと強調する。


 悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、その辺の木の葉をむしったり、池の鳥に石を投げたりしてしまう。その後には、後悔だけが、しんしんとオレを苛むんだ。


 あんなことするのって、ほんと、ヤなんだ。


 あんな目に合うのヤだ。


 あんなのって、もう、ヤなんだ。


 けど、もう、オレにだって、友達がいる。


 そう。


 頭の中に、一条の、利口そうな白い顔が浮かび上がる。


 大好きな、大切な、友達だ。


 足の裏の痛いのなんか、忘れてしまう。


 気がついたら、いつの間にか、医学部の門をくぐってたみたいだ。


 と、


「倫太郎君っ!」


 ドンピシャなタイミングで、大好きな声がオレを呼んだ。そうして、オレの手を取ると、


「逃げよう」


と、引っ張ったんだ。


「え? え? な、なにっ」


 目の前の白い顔が、悪戯そうに笑っている。


「今日の実習、いやなんだ」


 一条がこんなこと言うなんて、オレは、びっくりした。


 後ろを振り返ったのは、


「単位落としたいのか」


「進級できないぞ」


って、教授らしい男の声が聞こえてきたからだ。


「い、い……の?」


 どれくらい手を引っ張られて走らされたのか、木の根元にへたり込んで、オレは、息ひとつ乱してない一条を見上げた。


 少し乱れた前髪を、一条が手櫛で掻き上げている。

 

「かまわない」


 少しして返ってきたのは、硬い声だった。


「進級できないなら、学部替わったっていいんだ」


「だって、医者になりたいんだろ?」


「なりたいよ。けど、いくら必要だからって、犬や馬の解剖は、したくない」


「実習って、解剖――だったんだ」


「そう」


 頬のあたりが、硬く強張ってる。


「いちじょー。すわろ」


 オレは、隣を掌でぺちぺちと叩いた。


 膝を抱え込んだ一条は、まるで、オレよりも年下に見えた。


「いちじょー」


 前に回りこんで、オレは、一条の顔を覗き込んだ。


「じゃあさ、じゃあ、オレんとこに来ない?」


 一条と一緒に勉強をするのは、楽しそうだった。


「倫太郎君のところ?」


 うっそりと顔を上げた一条の金みたいな目が、オレを見返してきた。


「うん」


 常識なしって言われるかなって、心配だった。だって、一条は、人間のためとか医学のためとかで、無辜の生きものを殺したくないって理由で、悩んでるんだろ。なのに、オレって、一条と勉強するの楽しそうだからってだけで、誘ってんだ。嫌われたらどうしようって、不安だった。


「いいですね」


 けど、一条は、やわらかく笑ってくれたんだ。






 結局、一条は、単位を落とさずに済んだけど。


 四冊目の医学書を返しに行った日、ちょうど最後の解剖実習の対象が、人間だったからだ。


「人間だったら、死後、献体になる同意書が提出されているはずですからね」


 そう言った一条の笑顔が、あんまりにもきれいだったので、オレは、なんて答えればいいのか、わからなかった。








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