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Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
番外編
6/13

Professor〜おともだち〜1.出会い

”Strange of strangers”の前日譚です。







 あまりの悔しさに、涙がにじむのを止められない。


 くそっ!


 珍しいものを見るようなあまたの視線が、脳裏によみがえる。


 姫宮倫太郎は、力任せに、ブランコをこいだ。


 と、行儀悪く踵を潰して履いているスニーカーが、すっぽりと脱げて、みごとな放物線を描く。


「あっ」


 勢いのついていたスニーカーは、遠心力やらなにやらで、思いも寄らぬ飛距離を見せた。


 そうして、その落下予測値点に、倫太郎より年上らしい少年が歩いてくる。


「ごめんなさい」


 開いた本のページにちょこんと落ちてきた片方のスニーカーを見て、少年は、目を丸くしていた。


 真っ赤になって、謝ってくる倫太郎に、クッと、喉の奥から噛み殺しそこねたらしい笑い声が、弾け出す。


 腰を折り曲げて笑っている少年に、倫太郎の頬が、大きく膨らんだ。


「そんな、わらわなくったっていいじゃん」


「ああ、すみません、シンデレラ?」


「誰がじゃ」


 噛みつくように反応を返してくる倫太郎に、心持ち下がり気味の目尻に溜まった涙を指先でぬぐう。


「ぼくは、一条貴之といいます。君は? シンデレラ」


「まだ言うか~」


「だって、ねぇ。ほら」


 倫太郎のスニーカーが名乗った一条という少年の指先で揺れている。


「片方のクツが降ってきましたからね」


 それはもう、みごとに。


「姫宮倫太郎だよ。だから、それ、返して」


「おや、ご同郷」


 日本から遠く離れたイギリスの小さな公園で、こうして、倫太郎と一条とは出会ったのだ。


「ほら、履かせてあげますよ」


「いいって」


「そんな履きかたしてたら、靴は痛むんですよ」


「もう、ぼろだからいいの!」


 じゃあ――と、しゃがんだ一条が、倫太郎の足元に、スニーカーを置いた。


 隣り合ったブランコに並ぶように腰かけて揺らしながら、


「なにかあったの?」


 一条が倫太郎にささやいた。


 気になっていたのだ。ふっくらと健康そうな丸みを帯びた頬に、涙の跡があった。


 ちらりと、金色に近い一条の目を見上げ、倫太郎は、頬を膨らました。


「もう、やなんだ」


「なにがです?」


「うん……」


「言葉にしてみるだけでも、ずいぶん、気持ちは楽になりますよ」


「変な顔しない?」


「変な顔?」


「珍しいモルモット見るみたいな顔だよ」


「そんな顔、しませんよ」


「……じゃあ、約束だかんな」


 小指を差し出す倫太郎に、一条は、自分の小指を絡めた。


「オレ、今、大学に通ってんだ」


 倫太郎が口にしたのは、誰もが知っている有名な大学の名前だった。


 一条の目が大きく瞠らかれる。


 一条の目の前にいるのは、自分よりも四、五才ほど年下に見える、せいぜい、五つか六つ、日本なら小学校一年ほどの、男の子だ。


「けど、もう、やなんだ」


「ああ。わかりますよ。回りが遠巻きにしてくるんですよね。放っておいて欲しいのに、放っておいてくれない。でも、こちらから近寄ると、遠ざかるんですよ。その距離感が、とても、うざい」


 しみじみとした口調に、倫太郎の目が大きく見開かれ、頬が、真っ赤に染まる。


「いちじょー?」


「僕も、同じです」


 医学部ですけどね。


 そう言って見せたのは、先ほど倫太郎のスニーカーがのっかった、本である。分厚い革表紙に金字でタイトルを刻印されているのは、なるほど、たしかに、医学書だった。


「うわ、難しそう」


「そうでもないですよ。倫太郎くんならすぐ理解できると思いますけど? 読んでみます?」


「いいの?」


「ええ」


 どうぞ、と、差し出された分厚い専門書を、倫太郎は、嬉しそうに抱きしめた。


「できるだけ速く読むからね」


「焦らなくていいですよ」


「でも、いちじょー、まだ読んでないんじゃ?」


「読み返してただけですよ」


 まだ、次の本が届いていないのでね。


「でもさ……」


 何か言いたそうに、けれどうつむいたままで、足元を蹴っている倫太郎に、


「本なんか関係なく、友達になりますか?」


 一条の提案に、倫太郎の顔が泣き笑いに近いものになる。


「僕もね、友達が、欲しかったんですよ」


「いちじょーも?」


「ええ」


 満面の笑みをたたえて、


「じゃあ、オレたち友達だよ」


 倫太郎が、叫ぶように、確認する。


 そんな倫太郎を眺めながら、一条が、やわらかく微笑んだ。








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