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Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
番外編
12/13

      プロフェッサーにはかなわない







「おい、あれっ」


 真崎の声に、他のふたりが反応する。


「あ」


「プロフェッサー!」


「しーっ。声がでかいって」


 須藤の口を押さえながら、真崎が言う。


「どこ行くんだ」


「あいかわらず、美人だよなぁ」


 溜め息交じりで見惚れるのは、池田だ。


 春休みである。


 まぁ、春休みにつるむのがやっぱり学友というあたり、淋しいというか、溜め息物ではあるが、気心が知れてるだけに気楽で楽しいというのも否めない。ひとしきり春休みの一日を満喫して腹ごしらえに出かけてもう一遊びと若者の特権を享受していた彼らは、暮れなずみはじめた町で見かけてしまったのだ。


 人でにぎわう街角で、それと知れる黒のコートの後姿。


 すれ違いざまに足を止める男女が多数。男女の差なく頬を染めているのは、ご愛嬌か。


「フェロモン垂れ流しだよなぁ」


 池田が、つぶやく。


「その気になったら、たらせない相手なんていないだろ」


「っつーことは、あれでもセーブしてるってことになんないか?」


 だよなぁ………。


 うらやましい。


 それが本音だろう。


 さすがに大学ともなれば、彼女のひとりやふたり、ほしいと思ってしまう。


 別に、彼らだとて見てくれはそう悪くないと思うのだが。ついでに言えば、難関を突破した、医大生なのだが。


「なんで、俺らには、彼女ができないんだろうなぁ………」


 はぁ――と、盛大に溜め息をつく三人である。


 溜め息をつきながら、三人はなぜかプロフェッサーのあとをつけている。


 なんとなく、ふらふらと――それは抗いがたい、誘惑ではあった。


 ウィンドウに映るプロフェッサーは、あいかわらず整った顔立ちで。心持ち持ち上がっている口角と少し垂れた目尻、弧を描く細い眉が、なぜだかいつもよりも数倍色っぽい。教壇では氷の美貌と呼ばれるクールフェイスは、どこに行ってしまったのか。


「待ち合わせ?」


 須藤が、首を傾げた。


「かもな」


「デートかぁ」


 池田が、空を仰ぐ。


 頭の中では、美男美女の構図が踊っているのだろう。


「おーい、イケっ」


「戻って来いって」


「そうだ、おまえは、重大なことを忘れてる」


 少し前の交差点での出来事を、真崎も須藤も覚えている。いや、記憶から消そうにも、消せないのだ。


「プロフェッサーの相手は、高校男子だ」


 掌への、キス。


 公道で周囲を綺麗に無視しておこなわれた求愛行動に、いろんな意味で鳥肌が立った。


 求愛行動―――――


 あれから何かで知ったのだが、掌へのキスは、


『あなたがほしい』


という、意味なのだそうだ。


 ということは、あの冴えない高校男子に、プロフェッサーが求愛しているということで。彼らの思考は、あの時以上に、一時停止したのだった。


「じゃ、じゃあさ、待ち合わせの相手は、あの高校生?」


 現実に立ち返ってきた池田が、


「真崎の後輩の、緑陰館の生徒かぁ?」


 ぼそりとつぶやいた。


「落ちたかな?」


「落ちたっしょ」


「相手は、プロフェッサーだぜ」


 ある意味怖いもの見たさだった。


 三人の大学生は、距離をとって、プロフェッサーの後をつけている。


 と、やがてのんびりと、しかし、流れるように優雅な動きで、プロフェッサーは一軒の店の扉を開けた。


 軽やかなベルの音。


 店員の心地好い、接客の声。


 しかし、三人は、強張っている。


 店に入っていないのに――だ。


「プロフェッサー………」


「さすがというか」


「今日って」


「なぁ………」


「バレンタインだったよな」


「勇気ある」


 固まった三人の頭の中からは、彼がイギリス育ちであるという事実が綺麗さっぱり消え去っている。なんといっても、この時期である。当然とばかりにプロフェッサーが入ったのが、ショコラティエの腕前が売りの、有名なパティスリーという現実は、一般的な男子学生にとって、衝撃だったに違いない。


 明るくおしゃれな店内が、大きな一枚ガラスのショウウィンドウから素通しだった。


 さんざめいていた店内が、微妙に静かになっているような気がするのは、思い込みだろうか。


 プロフェッサーは、ショウケースは無視して、店員に、何か話しかけている。


 にっこりとうなづいた店員が奥に消えたと思えば、しばらくして、包みを持って現われた。


「もしかして………」


「特注?」


「だな」


 やがて店から出てきたプロフェッサーは、やっぱり、雰囲気が、やわらかい。


 あれで、告白されたら、誰だって、瞬殺にちがいない。


「俺らなにやってんだ?」


「デバガメ」


「だよな」


「でもさ」


「ああ」


「ここまで来たら意地だよな」


 三人は、やっぱり、プロフェッサーの後をつけるのだった。


 そうして、


「うわ~」


「なんか」


「お約束というか、ベタというか」


 彼ら三人には今のところ無縁な、某有名どころの老舗ホテルのロビーで、彼らは、ソファにへたりこんでいる。


「俺ら、かんっぺき、浮いてるって」


「う~ん。あっちもこっちもカップルばっか」


 仲むつまじそうなカップルから、不倫か? と、疑いそうなカップル。たまには、同性でもしかしたらカップルかもと思えるような二人連れもいたりして。


「一人身には、こたえるねぇ」


 その日何度目かの溜め息をついて、三人は肩を落とした。


「おい、あれ」


 やっぱり、それに気づいたのは、真崎だった。


「ああ~」


「ビンゴ」


「落とされちまったか」


 セーターにジーンズ、それに、ジャケットにマフラーという何の変哲もない格好で、あの日見た緑陰館の生徒が自動ドアを潜り抜けた。


 どこか憮然とした表情なのが、微妙かもしれない。


 きょろきょろと、ロビーを見渡して、視線がプロフェッサーを捉える。

 

 一瞬の、躊躇。


 しかし、コートを手に近寄ってきたプロフェッサーに、それも消える。


 にっこりと微笑まれて、少年が、真っ赤になった。


 三人が見守る中、ふたりは、ゆっくりと、エレベーターホールに消えていった。




「あ~あ」


「気づかれてたとはねぇ」


「ほんっと、ひとが悪い」


 彼らのソファの脇を通り過ぎざま、


『君たち、そんなに暇なら、課題を出しましょうか』


と、プロフェッサーにささやかれたのだ。


「ま、しょせん、俺らは、パンピーだからな」


「そうそう」


「プロフェッサーさまには、かないませんって」


 三人はソファから立ち上がり、ホテルを後にした。


「あー寒い」


「ほんと」


「一人身が身に染みるねぇ」


 とっぷりと暮れた夜の街に、三人は、まぎれていった。




 バレンタインの夜の出来事だった。








 青少年なんとかに引っかかりそうなプロフェッサーですが、ま、フィクションですのでご理解くださいね。

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