表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
奇妙な客人
1/13

エリクシル・ヴェジタル







 薄暗い室内を、外からの陽射しが、照らしている。


 天井に近い箇所に作られた、換気用の小さな窓から、外に生えている植物越しの光がふりそそぐ。


 光は、ガラス製らしい巨大な円筒形の容器を、薄闇の中に照らし出す。


 他には壁際に木製の棚とテーブルがあるだけの、広い部屋である。


 透明な容器の中では、ひとりの少年が、眠りを貪っていた。


 こぽこぽと音たてて泡が湧き上がっている液体の中、直接の陽射しを知らない白い肌は、青くさえ見える。


 長い黒髪が、少年のなめらかそうな肌のまわりで、ゆらめいていた。


 肌の白と髪の黒とのコントラストは、強烈で、どこか、この光景を現実味のない不確かなものへと変えてしまっていた。


 音をたてて、黒い鉄の扉が開かれた。


 衣擦れの音を響かせながら、男がひとり、入ってくる。


 褐色に金糸で刺繍をほどこした丈の長い着衣の裾が、惜しげもなく床を掃く。


 テーブルの上に、手にしていた濃い緑の布を置いて、男が少年を振り返った。


「我が被造物よ」


 ガラスに掌を押し当て、男が、つぶやく。


 と、深い眠りにあった少年の透けるような瞼が、動いた。


 瞼の下の眼球のかすかな動きに、男の静かな表情に、満足そうな色が刷かれた。


 期待に満ちた黒いまなざしが見守る中、ゆったりと、少年の瞼が押し開かれてゆく。


 現われたのは、褐色の一対だった。


 いまだなにものにも汚されていない、二粒の玉めいた瞳が、戸惑うように、揺らいだ。


 不思議そうに、少年は自らの両手を見、全身を見下ろす。顔のまわりに漂う髪の毛を見、そうして、無垢なまなざしが、男を捉えた。


 刹那、少年は、ふわりと、見るものが誘われるような笑顔になった。


 ゆるやかに、男が、口角を弛める。


「時は満ちた」


 男のことばに、少年が首を傾げた。


「混沌の世界に、歓迎しよう」


 男が言い終えた瞬間、ガラスの上半分が、まるで蝋燭のように、ぐずりと溶け落ちた。


 ざばりと水音をたてて、容器内を満たしていた液体が流れ出る。しかし、あふれると同時に、液体は、蒸発でもするのか、消えてゆく。ガラスの容器の半分にだけ残った液体も、じわりと嵩を低くしていた。そこに、まるで水桶に浸かるかのさまで、少年が、蹲る。喉を押さえて震えている。


 男が、背中をさすると、少年の口から、こもった音をたてて、液体があふれ出した。


 咳きこむ音が、しばし、地下室に響いた。


 衣擦れの音をたてて、男が壁際の棚へと近づく。


 カチャカチャと、硬いもの同士が触れ合う音がした。


 小皿の上の小指の先ほどの白い塊に、男が懐から取り出した小指ほどもないガラス容器から何かを数滴落とした。


 強い刺激臭と、芳しい薬草の香が、男の鼻腔をくすぐった。


 じわりと、透明な液体が、白い塊に染みてゆく。


 かすかに蒸気が立ちこめる中、少年は、喘いでいた。


 ほとんど水分のなくなった容器から、男が、少年を抱きかかえ、テーブルに乗せた。


 緑の布をまとわせ、


「口の中でゆっくりと溶かしてゆけ」


 薄く開いているくちびるに、湿った塊を、押し当てた。


 目と鼻を射る臭気と、ひんやりとした刺激の後にくる熱に、少年が、藻掻く。


「エリクシル - ヴェジタルはおまえに、永遠の命を約束しよう」


 人さし指で、男は、白い塊を、少年の口腔へ押し込んだ。


 塊が溶けてゆくのだろう。


 嫌がっていた少年が、ぼんやりと、男を見上げた。


「甘いか。砂糖だからな。まだ欲しいか?」


 口を開ける少年に、喉の奥で笑いながら、男は別の塊を、少年の口元へと運んだ。


 少年は、それが何か知らぬままに、口にする。


 やがて、霊薬を染み込ませた最後の欠片を口にすると、少年は、糸が切れたように頽おれた。


「今しばらくはまどろんでいるがいい」


 少年の乱れた長い髪を手櫛で一本に梳き集め、男は、やわらかくささやいた。


「憂いのない眠りにな」


 男は少年を抱き上げると、地下室を後にした。


 鉄の扉の立てる音が、しばらくの間地下に響いていた。








 エリクシル・ヴェジタル……実在するお酒らしいですが、そちらとは関係ありません。念のため。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ